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アドルフ・ブッシュ(Adolf Busch)|J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲第6番変ロ長調 BWV1051
J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲第6番変ロ長調 BWV1051
アドルフ・ブッシュ指揮 ブッシュ・チェンバー・プレイヤーズ 1935年9月9日~17日録音
J.S.Bach:Brandenburg Concerto No.6 in F major BWV 1051 [1.Allegro]
J.S.Bach:Brandenburg Concerto No.6 in F major BWV 1051 [2.Adagio Ma Non Troppo]
J.S.Bach:Brandenburg Concerto No.6 in F major BWV 1051 [3.Allegro]
就職活動?

順調に見えたケーテン宮廷でのバッハでしたが、次第に暗雲が立ちこめてきます。楽団の規模縮小とそれに伴う楽団員のリストラです。
バッハは友人に宛てた書簡の中で、主君であるレオポルド候の新しい妻となったフリーデリカ候妃が「音楽嫌い」のためだと述べていますが、果たしてどうでしょうか?
当時のケーテン宮廷の楽団は小国にしては分不相応な規模であったことは間違いありませんし、小国ゆえに軍備の拡張も迫られていた事を考えると、さすがのレオポルドも自分の趣味に現を抜かしている場合ではなかったと考える方が妥当でしょう。
バッハという人はこういう風の流れを読むには聡い人物ですから、あれこれと次の就職活動に奔走することになります。
今回取り上げたブランデンブルグ協奏曲は、表向きはブランデンブルグ辺境伯からの注文を受けて作曲されたようになっていますが、その様な文脈においてみると、これは明らかに次のステップへの就職活動と捉えられます。
まず何よりも、注文があったのは2年も前のことであり、「何を今さら?」という感じですし、おまけに献呈された6曲は全てケーテン宮廷のために作曲した過去の作品を寄せ集めた事も明らかだからです。
これは、規模の小さな楽団しか持たないブランデンブルグの宮廷では演奏不可能なものばかりであり、逆にケーテン宮廷の事情にあわせたとしか思えないような変則的な楽器編成を持つ作品(第6番)も含まれているからです。
ただし、そういう事情であるからこそ、選りすぐりの作品を6曲選んでワンセットで献呈したということも事実です。
- 第1番:大規模な楽器編成で堂々たる楽想と論理的な構成が魅力的です。
- 第2番:惑星探査機ボイジャーに人類を代表する音楽としてこの第1楽章が選ばれました。1番とは対照的に独奏楽器が合奏楽器をバックにノビノビと華やかに演奏します。
- 第3番:ヴァイオリンとヴィオラ、チェロという弦楽器だけで演奏されますが、それぞれが楽器群を構成してお互いの掛け合いによって音楽が展開させていくという実にユニークな作品。
- 第4番:独奏楽器はヴァイオリンとリコーダーで、主役はもちろんヴァイオリン。ですから、ヴァイオリン協奏曲のよう雰囲気を持っている、明るくて華やかな作品です。
- 第5番:チェンバロが独奏楽器として活躍するという、当時としては驚天動地の作品。明るく華やかな第1楽章、どこか物悲しい第2楽章、そして美しいメロディが心に残る3楽章と、魅力満載の作品です。
- 第6番:ヴァイオリンを欠いた弦楽合奏という実に変則な楽器編成ですが、低音楽器だけで演奏される渋くて、どこかふくよかさがただよう作品です。
どうです。
どれ一つとして同じ音楽はありません。
ヴィヴァルディは山ほど協奏曲を書き、バッハにも多大な影響を及ぼしましたが、彼にはこのような多様性はありません。
まさに、己の持てる技術の粋を結集した曲集であり、就職活動にはこれほど相応しい物はありません。
しかし、現実は厳しく残念ながら辺境伯からはバッハが期待したような反応はかえってきませんでした。バッハにとってはガッカリだったでしょうが、おかげで私たちはこのような素晴らしい作品が散逸することなく享受できるわけです。
その後もバッハは就職活動に力を注ぎ、1723年にはライプツィヒの音楽監督してケーテンを去ることになります。そして、バッハはそのライプツィヒにおいて膨大な教会カンタータや受難曲を生み出して、創作活動の頂点を迎えることになるのです。
これこそがドイツの音楽だ
戦前の古い録音を辿っているとどうしてもナチスとどのように関わったのかと言うことは避けては通れません。それは、芸術と政治は別だろうと言う、一見すれば正当に思える主張などを吹っ飛ばしてしまうほどの出来事だったからです。
おそらく、ナチスほど政治的目的を実現するために芸術を利用した集団はいないでしょう。そして、困ってしまうのは、その政治が目的とした現実が、戦後のドイツ政府でさえ「永遠に国際社会から許してもらえなくても仕方がない」と言わざるを得ないほどの酷いものだったと言うことです。
ですから、ナチス支配下のドイツに留まって純粋に芸術活動を行っただけだという主張は、客観的に見れば、非人道的という言葉でさえも足りないナチスの行いに消極的であっても荷担したことを自白するようなものなのです。
ですから、そのままドイツに残ろうと思えば残れた立場であるにもかかわらず、ユダヤ人の排斥を隠そうともしないナチスの振る舞いに抗議の意志を示して亡命を決意したドイツ人芸術家がいたことは、民族としての道義をギリギリのところで守ったとも言えるのです。
しかし、その様な存在は戦後のドイツにおいてはこの上もなく目障りな存在になったことも事実です。
何故ならば、民族としての道義を辛うじて担保した彼らの振る舞いは、そのままドイツに残った己の不甲斐なさ、さらに言えばより積極的に犯してしまった自らの犯罪的行いを照らし出す存在となるからです。
そう言えば戦後ドイツに復帰したエーリヒ・クライバーに対して好意的な態度を示したのはフルトヴェングラーだけだったと言われています。私はこの一点において、フルトヴェングラーの偉大さを確信しました。
しかし、それでもエーリヒはその事に深く傷ついて、戦後の活動の拠点をアメリカに据えてしまいますし、ヨーロッパでの活動はコンセルトヘボウが中心になっていきました。
言うでもなく、アドルフ・ブッシュこそは輝けるドイツを代表する純粋アーリア人(そんなものがあるとすれば・・・ですが)のヴァイオリニストでした。
しかし、彼の娘婿であるルドルフ・ゼルキン、さらには弦楽四重奏団の仲間はユダヤ人でした。彼らとの縁を切ってドイツに残れば輝かしい地位が約束されていたのですが、彼は仲間を選び、1935年にスイスに亡命します。
おそらく、このブランデンブルグ協奏曲の録音はスイス亡命後のものだと思われるのですが、まさにヨーロッパを代表するソリストを糾合した録音となっています。
ところが、この第6番だけがソリストのクレジットがありません。
それもそのはずで、この第6番は「協奏曲」といいながら、独奏楽器群と合奏楽器群の区別がないのです。つまりは、形としては協奏曲というよりは管弦楽曲と言った方が良い音楽だからです。
おまけに、その楽器編成にヴァイオリンを欠くという、常識では考えられない構成になっているのです。
伝えられる話では、バッハはヴィオラを演奏しながら指揮を行い、主人であるケーテン侯はガンバのパートを演奏して楽しんだと言うことです。
バッハの「ブランデンブルグ協奏曲」というのは結構恐い音楽であって、下手をすればいとも容易くBGMのような音楽に変身してしまいます。いや、BGMのような音楽になってしまっている録音の方が多いようにさえ思えるほどです。しかし、このアドルフ・ブッシュが中心となった録音は何処を探してもそう言う安易なBGM的な雰囲気はありません。
かといって、わざとらしい荘重さや重さもなく、何ともいえない気高さを感じる音楽がそこにはあります。そして、それこそが「これこそがドイツの音楽だ!」というナチスへの抗議であり、アドルフ・ブッシュの魂だったのでしょう。
とりわけ、ヴァイオリンを編成に含まないが故に、なんとのいえず渋くてひなびた第6番をこのように演奏できる指揮者はそれほど多くはないでしょう。
この演奏を評価してください。
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