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J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲第5番ニ長調 BWV1050

アドルフ・ブッシュ指揮 (P)ルドルフ・ゼルキン (Flute)マルセル・モイーズ ブッシュ・チェンバー・プレイヤーズ 1935年9月9日~17日録音



J.S.Bach:Brandenburg Concerto No. 5 in D major, BWV 1050 [1.Allegro]

J.S.Bach:Brandenburg Concerto No. 5 in D major, BWV 1050 [2.Affetuoso]

J.S.Bach:Brandenburg Concerto No. 5 in D major, BWV 1050 [3.Allegro]


就職活動?

順調に見えたケーテン宮廷でのバッハでしたが、次第に暗雲が立ちこめてきます。楽団の規模縮小とそれに伴う楽団員のリストラです。

バッハは友人に宛てた書簡の中で、主君であるレオポルド候の新しい妻となったフリーデリカ候妃が「音楽嫌い」のためだと述べていますが、果たしてどうでしょうか?
当時のケーテン宮廷の楽団は小国にしては分不相応な規模であったことは間違いありませんし、小国ゆえに軍備の拡張も迫られていた事を考えると、さすがのレオポルドも自分の趣味に現を抜かしている場合ではなかったと考える方が妥当でしょう。

バッハという人はこういう風の流れを読むには聡い人物ですから、あれこれと次の就職活動に奔走することになります。

今回取り上げたブランデンブルグ協奏曲は、表向きはブランデンブルグ辺境伯からの注文を受けて作曲されたようになっていますが、その様な文脈においてみると、これは明らかに次のステップへの就職活動と捉えられます。
まず何よりも、注文があったのは2年も前のことであり、「何を今さら?」という感じですし、おまけに献呈された6曲は全てケーテン宮廷のために作曲した過去の作品を寄せ集めた事も明らかだからです。
これは、規模の小さな楽団しか持たないブランデンブルグの宮廷では演奏不可能なものばかりであり、逆にケーテン宮廷の事情にあわせたとしか思えないような変則的な楽器編成を持つ作品(第6番)も含まれているからです。

ただし、そういう事情であるからこそ、選りすぐりの作品を6曲選んでワンセットで献呈したということも事実です。


  1. 第1番:大規模な楽器編成で堂々たる楽想と論理的な構成が魅力的です。

  2. 第2番:惑星探査機ボイジャーに人類を代表する音楽としてこの第1楽章が選ばれました。1番とは対照的に独奏楽器が合奏楽器をバックにノビノビと華やかに演奏します。

  3. 第3番:ヴァイオリンとヴィオラ、チェロという弦楽器だけで演奏されますが、それぞれが楽器群を構成してお互いの掛け合いによって音楽が展開させていくという実にユニークな作品。

  4. 第4番:独奏楽器はヴァイオリンとリコーダーで、主役はもちろんヴァイオリン。ですから、ヴァイオリン協奏曲のよう雰囲気を持っている、明るくて華やかな作品です。

  5. 第5番:チェンバロが独奏楽器として活躍するという、当時としては驚天動地の作品。明るく華やかな第1楽章、どこか物悲しい第2楽章、そして美しいメロディが心に残る3楽章と、魅力満載の作品です。

  6. 第6番:ヴァイオリンを欠いた弦楽合奏という実に変則な楽器編成ですが、低音楽器だけで演奏される渋くて、どこかふくよかさがただよう作品です。




どうです。
どれ一つとして同じ音楽はありません。
ヴィヴァルディは山ほど協奏曲を書き、バッハにも多大な影響を及ぼしましたが、彼にはこのような多様性はありません。
まさに、己の持てる技術の粋を結集した曲集であり、就職活動にはこれほど相応しい物はありません。

しかし、現実は厳しく残念ながら辺境伯からはバッハが期待したような反応はかえってきませんでした。バッハにとってはガッカリだったでしょうが、おかげで私たちはこのような素晴らしい作品が散逸することなく享受できるわけです。

その後もバッハは就職活動に力を注ぎ、1723年にはライプツィヒの音楽監督してケーテンを去ることになります。そして、バッハはそのライプツィヒにおいて膨大な教会カンタータや受難曲を生み出して、創作活動の頂点を迎えることになるのです。


これこそがドイツの音楽だ

ルドルフ・ゼルキンと言えばいかにも「お爺さん」という姿が思い浮かぶのですが、アドルフ・ブッシュはさらにそのゼルキンの義父に当たりますから、本当に古い時代の人なんだと再認識させられます。(^^;

ゼルキンと言えばドイツ音楽の正当な継承者と言われるのですが、出自はユダヤ系のロシア人です。幼い頃にウィーンに移り住んでピアノと作曲を学ぶのですが、そんなゼルキンの才能を見いだしたのがアドルフ・ブッシュでした。
ゼルキンはわずか17歳の時に「偉大なドイツのヴァイオリニスト」であるアドルフ・ブッシュのデュオの相手として抜擢され、18才の時にバッハのブランデンブルク協奏曲の第5番で大成功をおさめます。

そして、その縁でブッシュの娘だったイレーネと結婚することになるのです。
しかしながら、その事がナチスが政権を握ると大きな災いのもととなるのですが、ブッシュはユダヤ人への敵視を隠そうとしないナチスに対して反旗を翻しドイツを去ることになります。

この一連のブランデンブルク協奏曲の録音はその様な経緯でドイツを離れてスイスに亡命した頃の録音です。
その事を振り返ってみれば、この二人の結びつきを確固たるものとした音楽であると同時に、まさにドイツそのもの音楽でもあるブランデンブルク協奏曲を選んだのはブッシュの意地のようなモノを感じます。
後には「ドイツ音楽の正当な継承者」と言われるようになるユダヤ人のゼルキンと、そのユダヤ人の娘婿を守るためにともにドイツを去った「偉大なドイツのヴァイオリニスト」が協演して録音を残すというのは大きな意味があったのでしょう。

とは言え、ここでのゼルキンは通奏低音を担当しているだけなので、地味と言えば地味な存在ではあります。
にもかかわらず、その通奏低音を「ピアノ」で演奏しているがゆえに「うるさく感じられる」という人もいるようです。世の中には色んな人がいるものです。

さらにもう一つ、この録音にもマルセル・モイーズが参加しています。
第4番のところで紹介したように、フルート演奏者にとっては「神」のごとき存在であり「近代フルート奏法」の確立者です。
そう言う意味でも、この一連のバッハ録音はスイスに亡命をしたアドルフ・ブッシュが中心となって、当時のヨーロッパを代表する錚々たるソリストを糾合した録音となっているのです。

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