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ミュンシュ(Charles Munch)|チャイコフスキー:幻想序曲「ロメオとジュリエット」
チャイコフスキー:幻想序曲「ロメオとジュリエット」
シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団 1961年4月3日録音
Tchaikovsky:Romeo and Juliet(Overture-fantasia)
音楽によって一編の戯曲を堪能できる

この作品はチャイコフスキーの初期を代表する管弦楽曲と言ってもいいでしょう。と言うか、彼の初期作品の中で、今も演奏会で頻繁に取り上げられるのはこの作品だけかもしれません。
おそらく、その理由は「分かりやすさ」でしょう。
「ロミオとジュリエット」は誰もが知っている悲劇の物語だけです。その、誰もが知っている物語をものの見事に音楽で表現しきったのがこの作品です。
冒頭の教会音楽を思わせるようなメロディは修道僧ロレンスを表現しています。しかし、その静かな音楽はシンバルの強打とシンコペーションを活用した音楽によって、場面は一転して皇帝派のモンタギュー家と教皇派のキャピュレット家との血で血を洗う抗争が表現されます。音楽がもつれ合い、そのもつれが次々と積み重なっていくことによって両家の深刻な対立が見事に描き出されていきます。
このあたりの手際は実に見事です。
そして、このもつれ合いが一段落すると、それに変わってロミオとジュリエットの愛の調べが流れてきます。
この二つが作品の基本でして、やがて展開部にはいるとこの二つの主題が交差していきます。そして、ヴァイオリンが壮麗に愛の調べを奏するのですが、それも一瞬にして葛藤のテーマが断ち切ってしまいそのまま終結部へとむかってなだれ込んでいくような風情となります。
しかし、その葛藤もティンパニーの一撃で沈黙させられ、人々は取り返しのつかない悲劇が起こったことを知らされます。
音楽は今までの葛藤の騒がしさから一転して静けさの中に沈み込み、ロミオとジュリエットの愛のテーマが切れ切れに聞こえてきます。そして、やがてその愛のテーマは木管群によって美しく奏され、ハープのアルペッジョによって二人の魂は天上へと登っていくことを暗示して静かに曲は閉じられます。
要は、葛藤のテーマと愛のテーマさえつかんでしまえば、そして「ロミオとジュリエット」のあらすじを知っていれば、まさに音楽によって一編の戯曲を堪能できるのです。
実にもって、これぞ「標題音楽」とも言うべき分かりやすい作品です。
音楽の背景からは絡み合う男女の体臭のようなものを漂ってくる
この作品はチャイコフスキー初期の管弦楽曲なのですが、モンタギュー家とキャピュレット家の深刻な対立が、音楽のもつれ合いとして、さらにはそのもつれが次々と積み重なっていくことによって見事に描き出されていきます。
そして、そのもつれ合いの中からロミオとジュリエットの愛の調べが流れてきて、音楽は取り返しのつかない終結部へとなだれ込んでいきます。
それは、クラシック音楽というものが主張したがる「精神性」などというものからは最も遠い場所で成り立っているがゆえに、そのドラマをどのように処理するかは指揮者によって随分と異なってくることに気づかされます。
それは、ミュンシュ&ボストン響による録音を聞いた後に、ついでのようにマゼールとベルリンフィルによる57年の録音を聞いたからです。
このマゼールの録音は残念なことにモノラル録音なのですが、それでもこの二つの録音を聞き比べてみると嫌でも「世代の違い」のようなモノを感ぜずにおれません。
それから、余談ながらモノラル録音と言うことが気に入らないのであれば、65年にマゼールはウィーンフィルとも録音しています。オーケストラがベルリンとウィーンというのは実に豪勢な話であり、それなりのオケの特性による違いのようなものはあるのですが、マゼールのアプローチはほぼ一貫しています。
ですから、逆に言えば、その二つの録音はベルリンとウィーンの二つのオーケストラの気質の違いのようなものを浮き彫りにしてくれます。
ミュンシュのような世代の指揮者にとっては、こういうチャイコフスキーの標題音楽というのは「つまらない」とまでは思っていなかったかもしれませんが、それでも喜んで取り上げてみたくなるような作品でなかったことは間違いありません。しかし、レーベルにしてみればそれなりに人気のある作品であり、レーベルの看板の一つである「ミュンシュ指揮ボストン響」によってカタログを埋めたかったことは容易に想像は出来ます。
なので、ミュンシュは、この標題音楽がもっている標題性に寄りかかって、聞き手から文句が出ない程度にアンサンブルは整えて、後は一篇の男と女のドラマとして仕上げています。率直に言って、このコンビによる演奏としては上々の部類にはいるとはいいがたいものでしょう。しかし、ミュンシュ自身ももそれほど乗り気とも思えないのですが、それでも彼が作り出した音楽の背景からは絡み合う男女の体臭のようなものを漂ってきます。
それと比べれば、マゼールの方は実に丁寧に、そしてスコアもしっかりと読み込んでそれを精緻に再現する中で、チャイコフスキーが意図したドラマ性が自然と浮かび上がってくるように演奏しています。
マゼールは1930年生まれですから、この録音を行ったときはわずか27歳という事になります。
確かに、マゼールは早熟の天才でした。9歳でストコフスキーの招きでフィラデルフィア管弦楽団を指揮し、11歳でNBC交響楽団の夏季のコンサートを指揮台に立ちました。そして、10代半ばまでには全米のほとんどのメジャー・オーケストラの指揮台に上がっているのですが、ベルリンの指揮台ともなればまた意気込みも緊張感も異なるものがあったでしょう。そして、彼がその様な早熟の天才であり得たのは、言ってみれば「指揮台の超絶技巧家」だったからであり、その超絶技巧を使って何の苦もなく極めて自然な形でチャイコフスキーのスコアから一篇のドラマを導き出して見せたのです。
しかし、そのドラマからはミュンシュのような「体臭」は「不要な不純物」であるかのごとく見事なまでに脱臭されてしまっています。そして、今さら指摘するまでもなく、時代はミュンシュからマゼールのような指揮者の時代に変わっていったのです。
しかし、そう言う「体臭」のようなものが本当に「不要な不純物」だったのかと言う疑問はわいてくるのです。
もちろん、ミュンシュのようなスタイルからマゼールのようなスタイルへの移行は一つの必然であったことは理解しているつもりではあったのですが、こうして半世紀以上も立ってから2つ(ウィーンフィルとの録音も勘定に入れれば3つ)の録音を聞き比べてみれば、そう言う変化(そして多くの人がそれを進化と信じた)の中で取りこぼしたものもたくさんあるのではないかと思わずにはおれないのです。
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