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ベートーベン:弦楽四重奏曲第6番 変ロ長調 OP.18 No.6

ブダペスト弦楽四重奏団 1945年4月2日録音



Beethoven:String Quartet No.6 in B-flat Major, Op. 18, No. 6 [1.Allegro con brio]

Beethoven:String Quartet No.6 in B-flat Major, Op. 18, No. 6 [2.Adagio, ma non troppo]

Beethoven:String Quartet No.6 in B-flat Major, Op. 18, No. 6 [3.Scherzo. Allegro - Trio]

Beethoven:String Quartet No.6 in B-flat Major, Op. 18, No. 6 [4.La Malinconia. Adagio - Allegretto quasi Allegro]


前期の6作品

ベートーベンの創作時期を前期・中期・後期と分けて考えるのは一般的です。ハイドンやモーツァルトが築き上げた「高み」からスタートして、その「高み」の継承者として創作活動をスタートさせた「前期」、そして、その「高み」を上り詰めた極点において真にベートーベンらしい己の音楽を語り始めた「中期」、やがて語り尽くすべき己を全て出力しきったかのような消耗感を克服し、古典派のスタイルの中では誰も想像もしなかったような深い瞑想と幻想性にあふれる世界に分け入った「後期」という区分です。

ベートーベンという人はあらゆるジャンルの音楽を書いた人ですが、交響曲とピアノソナタ、そして弦楽四重奏はその生涯を通じて書き続けました。とりわけ、弦楽四重奏というジャンルは第10番「ハープ」と第11番「セリオーソ」が中期から後期への過渡的な性格を持っていることをのぞけば、その他の作品は上で述べたそれぞれの創作時期に截然と分類することができます。
さらに、弦楽四重奏というのは最も「聞き手」を意識しないですむという性格を持っていますから、それぞれの創作時期を特徴づける性格が明確に刻印されています。
そういう意味では、彼がその生涯において書き残した16曲の弦楽四重奏曲を聞き通すと言うことは、ベートーベンという稀代の天才の一番奥深いところにある心の内面をたどることに他なりません。

<前期の6作品>


弦楽四重奏曲という形式を完成させたのは言うまでもなくハイドンでありモーツァルトです。彼らは、単なるディヴェルティメント的な性格しか持っていなかったこの形式を、個人の心の内面を語る最もシリアスな音楽形式へと高めていきました。ベートーベンがこの形式の創作のスタートラインとしたのは、このハイドンやモーツァルトが到達した終着点だったのです。

ベートーベンがこのジャンルの作品を初めて世に問うたのは30才になろうとする頃です。この時までに、彼は室内楽の分野では多くのピアノ・トリオと弦楽三重奏曲、三つのヴァイオリン・ソナタ、二つのチェロ・ソナタ、さらに様々な楽器の組み合わせによる四重奏や五重奏を書いています。ですから、作品番号18として6曲がまとめられている最初の弦楽四重奏曲は、その様な作曲家としての営為の成果を問うものとして、まさに「満を持して」発表されました。

弦楽四重奏曲第1番 ヘ長調 OP.18-1
全6曲の中ではおそらく2番目に創作されたものだと言われています。しかし、第1楽章の堂々たる音楽を聞けば、何故にベートーベンがこの作品を「第1番」とナンバリングしたのかが分かります。
最初の2小節で提示される動機を材料にして緊密に全体をくみ上げていく手法は後のベートーベンのすすみ行く方向性をはっきりと暗示しています。
また、深い情緒をたたえた第2楽章も「ぼくはロメオとジュリエットの墓場の場面を考えていた」と述べたように、若きベートーベンの憂愁をうかがわせるものであり、まさにこのジャンルのスタートを飾るに相応しい作品に仕上がっています。

弦楽四重奏曲第2番 ト長調 OP.18-2「挨拶」
全6曲の中では3番目に完成されたものだと言われています。第1楽章の主題がまるで「挨拶」をかわしているかのように聞こえるために、それが作品のニックネームとなっています。

弦楽四重奏曲第3番 ニ長調 OP.18-3
ベートーベンが完成させた最初の弦楽四重奏曲だと言われています。全6曲の中では最も明るさと幸福感に満ちた作品ですが、それは、ウィーンに出てきて音楽家としての新たなスタートを切った青年ベートーベンの希望に満ちた心象風景の反映だろうと言われています。

弦楽四重奏曲第4番 ハ短調 OP.18-4
作品番号18の6曲の中では最も最後に完成された作品だと言われています。そして、最後だからと言うわけではないのですが、疑いもなくこの全6曲の中では最も高い完成度を誇っているのがこの作品です。
モーツァルトにとってト短調というのが特別な意味を持った調性だったように、ベートーベンにとってはハ短調というのは特別なものでした。
ベートーベンがこの調性を採用するときは音楽は劇的な性格の中に悲劇的な美しさを内包するものとなりました。そして、おそらくはこの調性に彼が求めていたものを初めてしっかりとした形で実現したのがこの作品だったと言えます。

弦楽四重奏曲第5番 イ長調 OP.18-5
全6曲の中では4番目に作曲されたものですが、聞けば分かるようにモーツァルトの音楽を連想させるような音楽で、とりわけ第2楽章のメヌエットはまるでモーツァルト聴いているかのような錯覚に陥ります。
そういう意味では最もベートーベンらしくない作品なのですが、聞いていて実に楽しい気分させてくれると言うことでは悪くない作品です。

弦楽四重奏曲第6番 変ロ長調 OP.18-6
全6曲の中では5番目の作品というのが通説ですが、番号通り最後の作品と見る人もいます。
全体としては初期作品に共通する「明るさ」が全曲を支配しているのですが、第4楽章の冒頭に「ラ・マリンコニア(メランコリー)」と題された長大な序奏がつくのが特徴です。


ブダペスト弦楽四重奏団の「全体像」を愛でようと思えば古いSP盤の録音も視野に入れる必要がある

ブダペスト弦楽四重奏団が残したベートーベンの弦楽四重奏曲の録音は、クラシック音楽の20世紀の録音史に輝く金字塔であることを否定する人はいないでしょう。ただし、彼らのどの時代の録音をもって「金字塔」とするかに関しては意見が分かれるかもしれません。
一般的には、1958年から1961年にかけてステレオ録音された「全集」を持ってその業績を代表するのでしょうが、1951年から1952年にかけてモノラルで録音された全集の方を高く評価する人もいるでしょう。

確かに、この二つの録音は性質がかなり異なっています。
モノラル録音の方はカミソリのごとき切れ味でベートーベンを造形していて、そこでは「峻厳」という言葉ですらも物足りないほどの厳しさと切れ味が魅力です。それに対して、ステレオ録音の方にはそこまでの峻厳さは後退して、それよりはゆったりとした余裕を感じさせる音楽に仕上がっています。
モノラル録音を評価する人からすればそれは「緩い」と感じるでしょうし、ステレオ録音を評価する人からすれば、モノラル録音はあまりにも肩に力の入りすぎた窮屈さを感じるのかもしれません。
しかしながら、ベートーベンの音楽は様々なアプローチを許す巨大な存在であり、そう言う存在に対して異なったアプローチによって頂を目指したカルテットというのは他には思い当たりません。ですから、モノラルかステレオかなどと言う了見の狭い「価値判断」はひとまずは脇において、その様な様々なアプローチでベートーベンに迫ったブダペスト弦楽四重奏団の全体像をこそ愛でるべきなのかもしれません。

ただし、彼らがステレオによる全集を完成させた60年代というのは、ジュリアード弦楽四重奏団に代表されるような、より即物的で機能的な演奏スタイルへと変わっていった時代でした。
ですから、おかしな話なのですが、モノラル録音よりもステレオ録音の方がスタイル的には古さを感じさせ、結果としてはその「古さ」のようなものが、他に変わるもののない魅力を持った演奏になっているのです。

実は、あのステレオ録音を紹介したときには、個人的にはモノラルの方を高く評価していたので「このステレオによる録音ならば、これに変わる演奏はいくらも思い当たります。4人の奏者が対等な関係で音楽を築いていく演奏は今では常識ですし、これ以上に緊密なアンサンブルを成し遂げているカルテットはいくつも存在するでしょう」などと書いてしまいました。
率直に言って、これは己の不明を恥じねばなりません。
もちろん、この時代にファースト・ヴァイオリン主導の古いスタイルの演奏が聴けるはずもないので、ここで言っている「古さ」とはその様な類のものではありません。そうではなくて、このステレオ録音によるブダペスト四重奏団の演奏では、楽器の響きも、そして、それが描き出すラインも何処か丸みを帯びたスタイルになっているのです。
そこを、かつての私は「緩さ」と感じたのですが、考えてみればそれこそがこの「全集」が持っている「他に変わるもののない魅力」だったのです。つまりは、即物性と機能性ではこれを上回る演奏はいくらでもあるのですが、それとは違うところで彼らはもう一度ベートーベンの弦楽四重奏曲を見つめ直したのであって、その意義を正確に聞き取ることが出来ていなかったのです。

そして、そう言うブダペスト弦楽四重奏団の「全体像」を愛でようと思えば、もう一つ、1940年代の前半に録音された古いSP盤の録音も視野に入れる必要がある事にも気づかされます。
今さら言うまでもないことですが、このカルテットは1936年以降はほぼメンバーが固定しています。


  1. ファースト・ヴァイオリン:ヨーゼフ・ロイスマン(Josef Roismann):1932年 - 1967年

  2. セカンド・ヴァイオリン:アレクサンダー・シュナイダー(Alexander Schneider):1932年 - 1944年&1955年 - 1967年

  3. ヴィオラ:ボリス・クロイト(Boris Kroyt):1936年 - 1967年

  4. チェロ:ミッシャ・シュナイダー(Mischa Schneider):1930年 - 1967年



セカンド・ヴァイオリンのアレクサンダー・シュナイダーが途中で10年ほど脱けているので、モノラルの全集ではジャック・ゴロデツキーに変わっている程度でしょうか。往々にして、カルテットというのは頻繁にメンバーが替わりますから、それを縦の時系列で比較しても意味のないことが多いのですが、ブダペスト弦楽四重奏団に関しては縦の時系列で比較することに意味があるのです。

すでに、あちこちでも触れているのですが、著作権法の改訂で向こう20年にわたって新しくパブリック・ドメインとなった音源を追加することがなくなってしまったのですが、その見返りとして、今まではフォローしきれなかったこのような古い録音にも手が回るようになりました。もちろん、そんな古い録音なんか願い下げだという人もいるでしょうし、それによって愛想づかしもされるかもしれませんが、なあに、そんなことは知ったことではないのです。(^^;
どんなに古い録音でも、紹介する価値があると信じるものはどんどん紹介していくのです。

このSP盤による録音を聞いてすぐに分かることは、彼らはすでにファースト・ヴァイオリン主導の古いスタイルから抜け出していることです。そこでは、すでに4人の奏者が対等な関係で音楽を築いていくスタイルが確立されています。これは、同時代のカルテットと較べてみると画期的なことだったはずです。
しかし、モノラル録音による全集のような切れ味抜群の音楽にはなっていません。そう感じる一番の理由は、個々の楽器の響きがSP盤の時代に相応しい妖艶さも湛えているからでしょう。しかしながら、その演奏スタイルはステレオ録音の時のような丸みをおびた余裕のある造形とは異なっています。ならば、モノラル時代のスタイルに近いのかと言えば、基本的にはその通りなのですが、作品によっては何処かギクシャクとした感じがつきまとう「不思議なスタイル」なのです。具体的に言えば、歌えるべき場所、もしくは歌うべき場所が今ひとつ歌いきれていない雰囲気が拭いきれないのです。

そうなってしまった理由として、SP盤の時代によくあった「時間合わせ」という制限がよく指摘されます。リーダーのロイスマンも40年代の録音では時間あわせのために苦労したと述懐しています。
SP盤というのは片面に5分程度しか収録できませんから、その時間内におさまる小品以外はその切れ目の部分を上手く処理する必要がありました。そして、その「処理」は時には音楽的必然性よりも優先されることが多かったのです。
例えば、あるフレーズが終わったところで盤面を切り替えたいときには、そのフレーズが盤面におさまるように演奏を切り上げる必要が生じてしまうのです。SP盤時代の録音を聞いていると、時々とんでもないテンポ設定の演奏に出会うことがあって、それを爆裂演奏として珍重される方もいるのですが、種を明かせばただの時間あわせに過ぎないと言うこともよくあるのです。
言うまでもないことですが、その様な「時間合わせ」を優先すれば、音楽的には何処かギクシャクとした感じになってしまうのです。

しかしながら、例えば第6番のように、そう言う不自然さをほとんど感じない演奏もあります。この第6番のアダージョ楽章は7分近くかけて演奏しているのですが、この演奏時間はSP盤的に言えばかなり不都合な演奏時間です。50年代に入ってテープ録音によるカッティング技術が生み出されて6分を超える収録が可能になるのですが、それでもこの7分近い演奏を片面に収めるのは不可能だったはずです。そして、そのゆったりとしたアダージョは、それに続くスケルツォ楽章との兼ね合いで言えば、そのテンポ設定はどちらもピタリとツボにはまっています。
そして、終楽章は8分を超える演奏なのですが、こちらはほぼ中間部で「La Malinconia. Adagio → Allegretto quasi Allegro」と切り替わりますので、時間制限からは全く自由に演奏できていることは明らかです。

ところが、それが14番のような大曲になると、何とも言えず収まりの悪いぎこちなさを感じるのです。ただし、第6番では収録時間との兼ね合いで不都合が生じそうな歌い回しを行っている場面もありますから、ここでも同じ事がやれたのではないかとも思えるので、それは不思議と言えば不思議です。勘ぐれば、この時代の一つのチャレンジとして取り組んだ、機械的とも言えるほどの即物的な演奏に対する申し開きとして、後になってからロイスマン「時間合わせ」と言うことを持ち出したのかもしれません。

とは言え、注目すべきは、20世紀の前半において彼らがすでに後の時代の主流となる新しい演奏スタイルを身につけていて、それを意味あるものにするだけの機能性も身につけていたという事実です。
つまりは、あの恐ろしいまでの、時代の制約をはるかに超えたようなモノラル録音による「全集」は突然変異のようにあらわれたわけではなかった事を、このSP盤時代の録音は教えてくれるのです。

そして、もう一つ思い出しておきたいのは、第2次大戦下においても、アメリカは敵国ドイツの音楽を躊躇いもなく演奏し、録音していたことです。そして、国民の多くはその事に何の疑問も感じることなくレコードを購買していたのです。
その懐の広さは同時代の日本と較べてみれば、そしてユダヤ人の音楽を徹底的に排除したナチス・ドイツと較べてみても、十分に称賛に値するものです。

その様なアメリカが、今や自国第一主義を声高に叫んで懐の広さを失いつつあるのは実に残念な話です。もちろん、日本もまた同じような偏狭さにとらわれているわけですから他人のことは言えたものでもありません。
攻撃的な「偏狭」さは時には勇ましく思えるのですが、結果としてその様な勇ましさは、穏やかで理知的な「寛容」さを凌駕することは出来ないのです。

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