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アドルフ・シュルツ=エヴラー:ヨハン・シュトラウスの「美しく青きドナウの主題によるアラベスク」

(P)バイロン・ジャニス 1952年8月20日録音

Adolf Schulz-Evlers:Arabesken uber "An der Schonen Blauen Donau" von Johann Strauss


膨大な装飾音符の中からあの有名なメロディが浮かび上がってくる様子がモスクの幾何学模様を思い出させる

シュトラウスの音楽をピアノに編曲した作品は数多くありますが、その中でももっとも有名なのがこの「アドルフ・シュルツ=エヴラー(Adolf Schulz-Evler)」による「美しき青きドナウ」の編曲版でしょう。
シュルツ=エヴラーはカール・タウジヒの弟子です。そのタウジヒはリストの弟子であり、わずか14歳でリストの演奏旅行に同行することを認められたと言うことですから、まさに直弟子と言えるでしょう。
そして、「リスト→タウジヒ→シュルツ=エヴラー」という系譜を辿ってみれば、そこに「トランスクリプション」という図が浮かび上がってきます。

リストは世間で話題となった音楽を片っ端からピアノ音楽に編曲しました。
ベートーベンの交響曲から始まってシューベルトの歌曲やオペラのアリアに至るまで、その数は膨大な量になります。そして、その弟子のタウジヒはわずか29歳でこの世を去るのですが、その短い生涯の間に数多くの絢爛豪華なピアノ編曲を残しています。
そして、その弟子のシュルツ=エヴラーが残したのがこの「美しく青きドナウの主題によるアラベスク」でした。

シュトラウス作品のピアノ編曲はタウジヒなども残しているのですが、それほど話題になることはありませんでした。
それが、一躍注目されたのがこの「美しく青きドナウの主題によるアラベスク」でした。1904年に「美しく青きドナウの主題によるアラベスク」が出版されると瞬く間に大きな話題となり、それが一つのきっかけとなって数多くのシュトラウス作品がピアノ編曲されるようになりました。

とは言え、コンサートで腕自慢のピアニストたちが今も積極的に取り上げるのはこのシュルツ=エヴラーの「美しく青きドナウの主題によるアラベスク」くらいのものでしょう。そして、シュルツ=エヴラーの名前は、まさにこの一曲だけによって音楽史に刻み込まれることになったのです。

それにしても、この編曲版に「アラベスク」と名づけたのは見事なネーミングでした。
「アラベスク」と言えばシューマンやドビュッシーのピアノ作品を思い出すのですが、もともとはイスラム教のモスクの壁面を彩る幾何学模様による装飾でした。
このシュルツ=エヴラーの編曲では、膨大な装飾音符の中からあの有名なメロディが浮かび上がってくる様子がモスクの幾何学模様を思い出させるのです。

それにしても、とても10本の指では足りないのではないかと思わせるような音符の中から、明瞭にあのメロディを浮かび上がらせるのは途轍もなく難しいと思われるのですが、それ故に多くの腕自慢のピアニストたちがこの作品を取り上げてきたともいえます。


大変な難曲を完全に手中にして溢れるほどの情熱を内包した「音楽」へと昇華させている

おそらく、こういう書き方をするとジャニスは喜ばないと思うのですが、まさにホロヴィッツを思わせるような凄まじいテクニックの発露です。
スコアに書き込まれた音符を取りこぼすことなく弾ききるだけでも大変だろうと思うのですが、ジャニスはそう言う大変な難曲を完全に手中にして、それを溢れるほどの情熱を内包した「音楽」へと昇華させているのです。

ホロヴィッツは自分の弟子たちに対して「絶対に俺のコピーになるな」と言ったそうです。
もっとも、ほとんどのピアニストにしてみれば、「ホロヴィッツのコピー」などと言うものはやろうと思って出来るものではないので、そう言う「教え」にはあまり意味がないのです。
ところが、困ったことにジャニスというのはそう言う「不可能」に近いことが出来てしまったピアニストなのです。
さらに言えば、このようなジャニスの録音を聞く限りでは、彼は明らかにホロヴィッツの響きを理想として、それに近づこうとする努力というか、誘惑というか、そう言うものから逃れられなかったことがよく分かります。

これが、同じホロヴィッツの弟子であっても、グラフマンと異なるところでした。
グラフマンの録音を聞けば、彼がホロヴィッツのコピーになっていないことは明らかです。そして、それは「コピーになるな」という言いつけを守ったという側面もあるのでしょうが、そもそも「コピー」しきるほどの腕がなかったと言うことも大きな要因といえます。
ジャニスの不幸は、普通ならば実現不可能な「コピー」が出来てしまったことにあるのかもしれません。

そして、これが一番困るのですが、そう言うホロヴィッツ張りの演奏を聞かされると、聞き手の方もまた、その直線性に富んだ強靱な打鍵によって構築される音楽にある種の爽快感を感じてしまうのです。そこに、この録音で聞けるようなある種の「重い情熱」のようなものがスパイスとして加わると、その魅力はさらに増します。
そして、それがホロヴィッツが取り上げなかった作品であれば、さらにその魅力は大きくなってしまうのです。

そして、1952年のモノラル録音というハンディをほとんど感じさせないほどに優秀な音でジャニスの演奏をとらえているので、さらに困ってしまうのです。

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