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ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調

(P)ジュリアス・カッチェン イシュトヴァン・ケルテス指揮 ロンドン交響楽団 1965年11月11日&13日録音



Ravel:Piano Concerto in G major [1.Allegramente]

Ravel:Piano Concerto in G major [2.Adagio assai]

Ravel:Piano Concerto in G major [3.Presto]


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軽やかで,そして輝かしい協奏曲

この作品はクラシック音楽といえば常についてまわる「精神性」とは異なった地平に成り立っています。深遠な思想性よりは軽やかで輝かしさに満ちた、ある意味では20世紀の音楽を象徴するようなエンターテイメントにこそこの作品の本質があります。

ラヴェルは1928年に4ヶ月間にわたるアメリカでの演奏旅行を行い大成功をおさめました。その成功に気をよくしたのか、早速にも2回目の演奏旅行を計画し、その時のために新しいピアノ協奏曲の作曲に着手しました。途中、「左手のためのピアノ協奏曲」の依頼が舞い込んだりしてしばしの中断を強いられましたが、1931年に完成したのがこの「ピアノ協奏曲 ト短調」です。

これはある意味では奇妙な構成を持っています。両端楽章はアメリカでの演奏旅行を想定しているために、ジャスやブルースの要素をたっぷりと盛り込んで、実に茶目っ気たっぷりのサービス精神満点の音楽になっています。ところが、その中間の第2楽章は全く雰囲気の異なった、この上もなく叙情性のあふれた音楽を聴かせてくれます。とりわけ冒頭のピアノのソロが奏でるメロディはこの上もない安らぎに満ちて、もしかしたらラヴェルが書いた最も美しいメロディかもしれない、などと思ってしまいます。
ところがこの奇妙なドッキングが聞き手には実に新鮮です。まさに「業師」ラヴェルの真骨頂です。

なお、この作品はラヴェル自身が演奏することを計画していましたが、2回目の演奏旅行の直前にマルグリット・ロンに依頼することに変更されました。初演は大成功をおさめ、アンコールで第3楽章がもう一度演奏されました。その成功に気をよくしたのかどうかは不明ですが、作品は初演者のマルグリット・ロンに献呈されています。


録音と演奏が透明な空気感を共有することで、無垢でピュアな世界が立ちあらわれています。

最初の一音が出た時点で、演奏がどうのこうのという前にその録音のクオリティの高さに圧倒されます。
レコーディング・エンジニアはケネス・ウィルキンソン、録音会場はキングスウェイ・ホールですから、Decca録音の黄金の組み合わせと言っていいでしょう。

カッチェンとケルテスは1965年11月の9日から13日にかけてラヴェルの両手のための協奏曲(ト長調)と、バルトークの協奏曲第3番を録音しています。
そして、この二つの作品を両面に収録したレコードがその翌年にリリースされていますから、この録音はクオリティが高いだけでなく、一枚のレコードに一緒に収録されることを前提とした音づくりが為されています。

では、その共通した音とは何かと言えば、それは「透明感」です。
言うまでもないことですが、バルトークの最後の作品となった第3番の協奏曲に必要なのはこの透明感です。

カッチェンは1953年にアンセルメと組んでモノラルでこの作品を録音しています。そして、それはこの作品に対して一般的にイメージされるような「天国的」な響きではなくて、おそらくはバルトークという作曲家の中に息づいている土臭いマジャールの魂が炸裂するような音楽でした。
それと比べれば、このステレオ録音の方は、録音クオリティの高さにも助けられて、見事なでの透明感に満ちた「美しい音楽」に仕上がっています。

それは、裏返してみれば、モノラル録音とステレオ録音を隔てる10年あまりの時の経過の中で、バルトークの「白鳥の歌」とも言うべきこの協奏曲に対するイメージが確定したことを意味しています。
もちろん、申し分なく素晴らしい演奏だとは思うのですが、それでもモノラル録音で感じたような知的興奮はもたらさないことも事実です。

それと比べれば、このバルトークに対したのと同じような雰囲気で取り組んだであろうラヴェルの協奏曲の方が意表を突かれます。
このラヴェルの協奏曲はアメリカでの演奏旅行で披露することを前提として作曲されましたから、至るところにジャズやブルースの要素を盛り込んだエンターテイメント性にあふれた音楽になっています。

ですから、ピアニストによってはそう言う要素に寄りかかって、ある意味では弾き崩してしまうことがあります。
しかし、そう言う要素はスイスの時計職人とも呼ばれたラヴェルの凄腕によって精緻に作品の中に織り込まれていることも事実です。ですから、その様なジャズ的要素もラヴェルがスコアに書き込んだことを精緻に再現することに意を尽くすピアニストもいます。

おそらく、どちらが良いとか悪いとか言うような話ではないのでしょうが、前者の代表がフランソワであり、後者の代表がミケランジェリであることに異を唱える人はいないでしょう。

そして、カッチェンは言うまでもなくミケランジェリよりなのですが、精緻さの中に素晴らしい透明感を導き入れた点にこの演奏と録音の主張があります。そして、その功績の半分は、素晴らしい透明感でオケを鳴らしたケルテスとロンドン響にも与えられるべきです。
特に、ラヴェルが書いたもっとも美しい音楽の一つである第2楽章の美しさは出色です。

フランソワのように崩してもいないのは当然ですが、ミケランジェリのように怜悧でもありません。オケとピアノが織りなすピュアな世界は、ラヴェルってこんなにも無垢で美しい世界を書いたことがあるんだと驚かされます。

そう言えばムラヴィンスキーは音楽に取り組むときには、生活全てをその作品が持つ「アトモスフィア(atmosphere)」に染め上げなければいけないと述べていました。
「アトモスフィア」とは日本語には翻訳しにくい言葉なのですが、敢えて訳すとすれば「空気感」となるのでしょうか。
ですから、ムラヴィンスキーにしてみれば、全く異なった「アトモスフィア」を持った作品を一つのコンサートで同時に取り上げるなどと言うことはあり得ない話だったのです。

そして、この二つの演奏を聞くと、カッチェンとケルテスもそれと同じような配慮を持って録音にのぞんだことがよく分かります。彼らは録音に取り組んだこの数日間を同じような透明感の中に身を浸し、そして、これらの作品を透明な空気感の中でとらえ直し、その空気感の中で演奏しています。
おそらくは録音陣もそれと同じような透明な空気感の中で仕事に取り組んだのでしょう。

そして、それらが全て見事に解け合うことで、無垢でピュアな世界が立ちあらわれているのです。
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