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ルジェーロ・リッチ(Ruggiero Ricci) |リヒャルト・シュトラウス:ヴァイオリンソナタ 変ホ長調 作品18
リヒャルト・シュトラウス:ヴァイオリンソナタ 変ホ長調 作品18
(Vn)ルッジェーロ・リッチ (P)カルロ・ブソッティ 1953年6月録音
R_Strauss:Violin Sonata in E-flat major, Op.18 [1.Allegro, ma non troppo
R_Strauss:Violin Sonata in E-flat major, Op.18 [2.Improvisation: Andante cantabile]
R_Strauss:Violin Sonata in E-flat major, Op.18 [3.Finale: Andante - Allegro]
後期ロマン派の匂い立つような濃厚な香りが漂ってくる
シュトラウスの音楽を振り返ってみれば、交響詩とオペラの分野にその力が傾注されていることは明らかです。ですから、形式的に整った古典派音楽の領域から抜け出した場所で己の創造力を発揮するというのが、シュトラウスの依って立つべき基盤でした。
それだけに、室内楽の分野で古典的な3楽章構成のヴァイオリン・ソナタを残していたというのはいささか意外な気がします。
しかし、調べてみると、その創作活動の初期においてはピアノ・ソナタやチェロ・ソナタ、弦楽四重奏曲なども書いていますから、最初から古典派の枠を出ていたわけではなかったのです。
そして、このヴァイオリン・ソナタはそう言う古典派の枠の限界まで行き着いたような音楽です。それ故に、これをもってそのようなスタイルの音楽の創作からは足を洗い、いわゆる「室内楽」というジャンルの創作もこれが最後となります。
作品38のピアノと朗読による「イノック・アーデン」は室内楽に分類も出来るかも知れませんが、あれはシンプルなオペラと言った方がいいでしょう。
このヴァイオリン・ソナタが作曲されたのは1887年から翌88年にかけてです。
それは、ブラームスの3番目のヴァイオリン・ソナタの創作時期と重なります。
ついでに言えば、もう一つのロマン派のヴァイオリン・ソナタを代表するフランクのヴァイオリン・ソナタが作曲されたのも1886年です。
このほぼ同時期に作曲された3曲のヴァイオリン・ソナタを並べてみれば、このシュトラウスの音楽からは後期ロマン派の匂い立つような濃厚な香りが漂ってきます。
それは、シュトラウスならではの独創的な和声処理の為せる技かも知れません。また、「即興曲」と題された第2楽章の美しく親しみやすい旋律も、その様な濃厚な香りに華を添えています。
その香りの強さはフランクの作品よりもはるかに濃厚ですし、ブラームスの音楽がその様な華やかな香りからはかなり遠い場所で成り立っていることもよく分かります。
さらに、これもまた聞いてみればすぐに了解できることですが、ヴァイオリンにもピアノにも、とんでもなく高い演奏能力を求めています。
いわゆる「二重奏」という通常の枠から完全にはみ出してしまっていて、どちらか片方が伴奏に徹するというような場面がほとんど存在しないのです。それは、シュトラウス自身がヴァイオリンもピアノも達者に演奏できる事が反映してもいるのでしょうが、それ以上に古典的な「二重奏」というスタイルを極限まで突き詰めたいという思いもあったはずです。
そして、この「極限」まで突き詰めた結果として、古典派という枠組みから眺めてみればどことなく「取り止めのなさ」を感じるかもしれません。
しかし、シュトラウス自身がその様なものを求めていない以上、その様な物言いには何の意味もありません。
そう言えば、シュトラウスの作品の中ではマイナーな部類に入る音楽だったのですが、最近はコンサートなどでよく取り上げられるようになってきているようです。
若手の演奏家にとっては、ピアにしても、ヴァイオリンにしても、演奏効果も上がり、その力量をアピールするにはピッタリの作品だからでしょう。
第1楽章:Allegro ma non troppo
第2楽章:Improvisation: Andante cantabile
第3楽章:Finale: Andante - Allegro
研ぎ澄まされたスタイルではなくて、どこか人肌に触れる情感が前面に出ている演奏
リッチと言えば神童としてもてはやされ(1928年にわずか10歳でデビュー)、その後は難曲として有名なパガニーニの「24のカプリース(奇想曲)」を初録音して、パガニーニのスペシャリストとして名を馳せました。そして、驚くべき事に2003年まで第一線の演奏家として活躍を続け、2012年にこの世を去りました。
最晩年はまさに生ける「音楽史」とも言うべき存在でした。
何しろ、世界大恐慌の前年に演奏家としてのデビューを果たし、その後世界大戦と朝鮮・ベトナムの両戦争のみならず、湾岸戦争からリーマン・ショックまで経験をしたというのですから、凄いものです。
ウィキペディアによると、その間に「65カ国において6000回以上の演奏会と、さまざまなレーベルから500点以上の録音を制作してきた」らしいです。
しかし、リッチの不幸は、そんな彼の少し前をハイフェッツという巨人が歩いていたことでしょう。
ハイフェッツは「7歳でメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を演奏し、デビューを果たした」というリッチ以上に早熟の天才であり、わずか16歳の年(1917年)にアメリカデビューを果たし、さらにはロシア革命に伴って1925年にはアメリカの市民権を得て活動の本拠地とします。
リッチは、まさにそんなハイフェッツの背中を見ながら音楽活動を展開しなければならなかったのです。
確かにリッチは、パガニーニのスペシャリストとして評価されました。
しかし、例えば、同時代に録音されたブルッフの第1番の協奏曲などを聞き比べてみれば、残念ながらリッチにはハイフェッツの凄味はありません。リッチが得意としたサラサーテやサン=サーンスの小品でも、その他大勢のヴァイオリニストと比べれば素晴らしい技巧の冴えを感じさせてくれますが、悲しいことに、その土俵こそはハイフェッツの独擅場でした。
そこで、おそらく、この頃からリッチは己の方向性を変え始めたのではないかと思います。
ハイフェッツのような技巧の冴えを前面に押し出し、強い緊張感をもって作品を構築していくのではなくて、独特の歌い回しで深い情感を描き出していく方向への転換です。
そして、その事は成功していると思います。
シュトラウスのヴァイオリン・ソナタやヒンデミット、プロコフィエフの無伴奏ソナタなどを聞くと、かつてのような研ぎ澄まされたスタイルではなくて、どこか人肌に触れる情感が前面に出てきています。
また、ラロのスペイン交響曲やラヴェルのツィガーヌなどでは、その方向転換は実に上手く言っているように聞こえます。
スペイン交響曲ではアンセルメの伴奏はかなりソリッドな方向にふれているのですが、リッチはそれに煽られることなく、確かなテクニックに裏打ちされながらも情感豊かに歌い上げています。ツィガーヌの前半で、延々と続くヴァイオリンのソロにおいても、やろうと思えなもっと切れ味鋭く演奏できると思うのですが、それはもう封印したよという雰囲気が伝わってくるのです。
ですから、ハイフェッツの録音を聞いた後に、同じ作品をリッチのヴァイオリンで聴き直すと、そう言う人肌に触れる情感が非常に好ましく心に届いてきます。
しかしながら、2012年まで長生きしたにもかかわらずリッチは多くの人の記憶から消え去りつつあるのに、ハイフェッツは亡くなってから30年もの時間が流れ去ったにもかかわらず、未だに巨人としての姿を誇示しています。
確かにリッチの演奏は好ましく思えます。
確かなテクニックに裏打ちされた上で深くて豊かな情感にあふれたヴァイオリンの響きは非常に魅力的です。
しかし、私たちは、その後の50年において、これにかわる多くのヴァイオリニストと出会うことができました。かわりうる存在があれば、古いものは忘れ去られていくのはやむを得ないことなのです。
しかし、ハイフェッツは未だに孤高の存在です。
音楽教育が高度に発展し、幼少期からのエリート教育が充実して演奏家のテクニックは飛躍的に向上しました。
しかし、それでもなお、ハイフェッツは特別な存在です。
おかしな話ですが、リッチという鏡に映してみることでハイフェッツという存在の大きさを知るのです。
しかしながら、ここで聴くことのできるリッチの録音は、そう言うハイフェッツの重圧を克服していったもう一人の不幸な天才の苦闘の歴史とも言えるのです。
そして、この時代に、彼なりのやり方でハイフェッツと言う特別な存在に絡め取られることなくやり過ごしたことで、「生ける音楽史」と言えるほどの長い活動ができたのです。
この時代に、それをやり過ごすことが出来ず、そのキャリアを絶ってしまった数多くの若き天才ヴァイオリニストを思い出せば、やはりリッチは偉大な存在だったのです。
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