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モーツァルト:魔笛


カラヤン指揮 ウィーンフィル タミーノ:デルモータ パミーナ:ゼーフリート パパゲーノ:クンツ ウィーン国立歌劇場合唱団 他 1950年録音


ドイツ語のオペラ



よく知られている話ですが、最晩年のモーツァルトは貧窮のどん底にありました。そんなモーツァルトにイギリス行きの話が持ち上がります。
当時のイギリスは貴族の社会から市民の社会へと移行し、音楽は貴族の専有物というポジションから離脱して、大きなコンサート会場を満席にするに足る市民の聴衆を獲得していました。
しかし、イギリスは音楽の消費地としては先進国であっても生産地としてはお粗末な状態でした。コンサート会場を満員にする聴衆は獲得していても、そこで演奏するための作品にはいつも不足していました。そこで、興行主たちはウィーンで活躍する有名な作曲家たちを金の力で競ってイギリスに呼び寄せようとしました。
有名なのはザロモンに招待されたハイドンです。
ハイドンは何度かのイギリス行きで、数多くのすぐれた作品を生み出すとともに、一切の煩わしさから解放されて老後を過ごすことが出来るだけの財産を手にすることが出来ました。

これと同じような話がモーツァルトにも持ち上がったのです。
しかし、貧窮にあえいでいたにもかかわらず、モーツァルトはこの申し出を断ってしまいます。オペラの共同作業者とも言うべきダ・ポンテですら新天地としてのイギリス行きを決め、そのパートナーとしてモーツァルトを誘ったにもかかわらず、彼はウィーンに残ることを決断します。

その最大の理由は、歌芝居一座の座長であったシカネーダーとの間で始まっていた、「ドイツ語によるオペラ」という試みがモーツァルトの心をとらえていたからです。
当時、オペラはイタリア語で歌われるものと決まっていて、ドイツ語のような「粗野」な言葉は音楽には向かないものとされていました。
それだけに、ドイツ語によるオペラを書くというのはモーツァルトにとっては長年の念願であり、その実現に向けたシカネーダーとの共同作業は「経済的魅力」にうち勝つほどの心躍る作業だったのです。

「魔笛」は今までのどのようなオペラとも違う、またいかなる形式にもとらわれない自由なスタイルを持ったオペラとして完成しました。そして、そこにはモーツァルトの今までのオペラ創作のあらゆるノウハウが詰め込まれていて、まさにモーツァルトのオペラの集大成とも言うべき作品となっています。

このオペラで最も魅力的なのはパパゲーノです。
彼は、今までのオペラには絶対に登場しないタイプの人間(というか、鳥人間)です・・・^^;。

まずは出だしから「俺は鳥刺し!」などと歌いながら実に陽気に登場します。さらに、「大蛇をやっつけたのはおれ様だ!」などとうそを言っては口に錠前をかけられたりします。
このオペラの主役はタミーナという王子様なのですが、このタミーノが清く正しく、ひたすら真面目に頑張るものなので、そのパートナーとしてのパパゲーノのあまりにも人間的な振る舞いが魅力的に輝いてしまいます。

ザラストロ(最初は悪魔の親分だったのに、途中から正義の賢者になってしまう)から試練を命じられると、タミーノはまなじりを決して「やります!」という雰囲気なのですが、「そんなのは真っ平御免!」と言ってしまうのがパパゲーノです。ところが、試練をやり遂げたら彼女を紹介してやると言われるとコロッと態度を豹変させてタミーノについていってしまいます。
でも、真面目にやる気は全くないので、「お前は神に仕える喜びを死ぬまで知ることはない」などと説教されるのですが、「この世は酒さえあれば天国だ!」などと言い返し、「彼女か女房がいればさらに言うことなし!」などと言ってのけます。

このオペラでは二つの愛が同時進行します。
一つは主人公のタミーナとパミーナの愛、もう一つはパパゲーノとパパゲーナの愛です。
タミーナとパミーナの愛がどこまでも清く正しく美しい愛だとするなら、パパゲーノとパパゲーナの愛はどこまでも人間的です。
タミーナとパミーナが手に手を取り合って試練を乗りこえていくのに対して、パパゲーノはパパゲーナにあえないことを苦にして首をくくるふりをします。もちろん、本気で死ぬ気などはなく誰か助けに来てくれるを期待しながらの「首吊り」です。

そんなあれこれの苦労の末に二つの愛は成就するのですが、タミーノとパミーナの愛はどこまでも真面目で慎ましいのに対して、パパゲーノとパパゲーナは真に人間的な喜びを爆発させます。
ようやくにめぐり会えた二人は喜びのあまりに言葉も出ないので、最初は「パ・パ・パ・・・」と呼び交わすだけですが、その「パ・パ・パ・・・」が高潮していくなかで愛の二重唱へと発展していく音楽は見事としか言いようがありません。

ユング君はフィガロは「神が降臨する音楽」だと書きました。
その言い方をまねするなら、魔笛こそは「人間が躍動する音楽」だといえるかもしれません。だとするならば、魔笛のクライマックスは疑いもなくこのパパゲーノとパパゲーナによる愛の二重唱です。
ここには一切の建前や約束事などをかなぐり捨てた、真に人間的な愛の喜びが爆発しています。そして、ユング君はこれ以上に素晴らしい「愛の歌」を知りません。

パパゲーノこそは疑いもなくドイツの民衆そのものです。そして、モーツァルトがイギリス行きという経済的魅力をなげうってでも表現したかったのは、ドイツの民衆の中に生き続ける人間的な喜びだったのだと思います。

もちろん、「魔笛」はパパゲーノだけのオペラではありません。
最初にも述べたように、ここにはモーツァルトが今までのオペラ創作で培ってきたあらゆるノウハウが詰め込まれています。一つ一つは詳しく述べませんが、全編素晴らしい「歌」に満ちた音楽に仕上がっています。そう言う素晴らしい歌に身も心もひたっているだけでも十分に至福の時を味わえますが、パパゲーノに寄りそって聞いてみると、また違う魅力に出会えるのではないでしょうか。

50年録音にしては素晴らしい音質です。


魔笛の全曲盤としては38年録音の「ビーチャム&ベルリンフィル」に次ぐ2番目のスタジオ録音でしょうか?どちらにしても、録音当時は貴重な全曲盤だったと思います。

カラヤンは同じころにフィガロの結婚もスタジオ録音をしていますが、音楽の作り方に少しばかりの雰囲気の違いを感じます。
フィガロでは早めのテンポで覇気満々たる音楽を展開していたのに対して、魔笛の方は颯爽とした雰囲気は持ちながらも、どちらかというと「歌う」事に重点をおいているように感じられます。
そして、その違いは「魔笛」というオペラには相応しく思えます。途中のセリフは全てカットされた録音なので、歌から歌へと歌いつがれていくのが実に心地よく感じられます。
さらに、それを支えるウィーンフィルの何という美しさ!!ウィーンフィルとはかくも素晴らしいオケだったのかと再認識させられました。

音質も50年の録音とは思えないほどに優秀ですから、魔笛の魅力を味わうには何の不足もない演奏です。

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