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モーツァルト:ピアノ協奏曲第22番 変ホ長調 K.482


(ピアノと指揮)ゲザ・アンダ:ザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカ 1962年4月録音

Piano Concerto No.22 in E-flat major, K.482 [1.Allegro]

Piano Concerto No.22 in E-flat major, K.482 [2.Andante]

Piano Concerto No.22 in E-flat major, K.482 [3.Allegro]


ここには断絶があります。

ピアノ協奏曲第22番 変ホ長調 K.482

この時代に位置rんのピアノ協奏曲の中では最も影が薄いのがこの変ホ長調の協奏曲です。
モーツァルトはこの作品を「1785年12月16日, ウィーン」と記しています。初演はオラトリオの幕間の音楽として披露されたのですが、予約演奏会に披露する音楽としては、翌年3月に作曲されたK.488やK.491と一緒に四旬節のコンサートで演奏されたようです。

残された手紙などによると、アンダンテ楽章が盛大な拍手を浴びたのでもう一度繰り返して演奏されたようです。


  1. 第1楽章:アレグロ

  2. 第2楽章:アンダンテ

  3. 第3楽章:アレグロ





  1. 第20番 ニ短調 K.466:1785年2月10日完成

  2. 第21番 ハ長調 K.467:1785年3月9日完成

  3. 第22番 変ホ長調 K.482:1785年12月16日完成

  4. 第23番 イ長調 K.488:1786年3月2日完成

  5. 第24番 ハ短調 K.491:1786年3月24日完成

  6. 第25番 ハ長調 K.503:1786年12月4日完成





9番「ジュノーム」で一瞬顔をのぞかせた「断絶」がはっきりと姿を現し、それが拡大していきます。それが20番以降の作品の特徴です。
そして、その拡大は24番のハ短調のコンチェルトで行き着くところまで行き着きます。
そして、このような断絶が当時の軽佻浮薄なウィーンの聴衆に受け入れられずモーツァルトの人生は転落していったのだと解説されてきました。

しかし、事実は少し違うようです。

たとえば、有名なニ短調の協奏曲が初演された演奏会には、たまたまウィーンを訪れていた父のレオポルドも参加しています。そして娘のナンネルにその演奏会がいかに素晴らしく成功したものだったかを手紙で伝えています。
これに続く21番のハ長調協奏曲が初演された演奏会でも客は大入り満員であり、その一夜で普通の人の一年分の年収に当たるお金を稼ぎ出していることもレオポルドは手紙の中に驚きを持ってしたためています。

この状況は1786年においても大きな違いはないようなのです。
ですから、ニ短調協奏曲以後の世界にウィーンの聴衆がついてこれなかったというのは事実に照らしてみれば少し異なるといわざるをえません。

ただし、作品の方は14番から19番の世界とはがらりと変わります。
それは、おそらくは23番、25番というおそらくは85年に着手されたと思われる作品でも、それがこの時代に完成されることによって前者の作品群とはがらりと風貌を異にしていることでも分かります。
それが、この時代に着手されこの時代に完成された作品であるならば、その違いは一目瞭然です。

とりわけ24番のハ短調協奏曲は第1楽章の主題は12音のすべてがつかわれているという異形のスタイルであり、「12音技法の先駆け」といわれるほどの前衛性を持っています。
また、第3楽章の巨大な変奏曲形式も聞くものの心に深く刻み込まれる偉大さを持っています。

それ以外にも、一瞬地獄のそこをのぞき込むようなニ短調協奏曲の出だしのシンコペーションといい、21番のハ長調協奏曲第2楽章の天国的な美しさといい、どれをとっても他に比べるもののない独自性を誇っています。

これ以後、ベートーベンを初めとして多くの作曲家がこのジャンルの作品に挑戦をしてきますが、本質的な部分においてこのモーツァルトの作品をこえていないようにさえ見えます。

モーツァルトの音楽に内包されている、自由にして明朗なる人間感情の率直なる表出


この前日にセルとカサドシュのコンビによる録音を紹介しました。今さらいうまでもないことですが、とても立派なモーツァルトです。しかし、その事は認めながらも、最後にこんなことを追記しました。

「ただし、これを聞いて「退屈でつまらん」と思う人がいても否定はしません。なんだか、最近、そんな思いがふとよぎる自分に驚くことがあります。年をとるというのは不思議なものです。」

何ともはや、恐れを知らぬ物言いですが、まあそう言う「怖いもの知らず」は年寄りの特権でもあります。
しかし、何故そんなことをほざいたのかといえば、その録音と前後してゲザ・アンダのモーツァルトを聞いたからです。

アンダは1961年から68年にかけて「ザルツブルク・モーツァルテウム・アカデミカ」と言うオケを使ってモーツァルトのピアノ協奏曲を全曲録音しています。「ザルツブルク・モーツァルテウム・アカデミカ」はモーツァルテウム音楽院の教授と彼らの教え子である優秀な学生によって構成された室内楽オケであり、シャンドル・ヴェーグの時代に黄金期を迎えたことはよく知られています。
アンダはこの手頃なオケを使って弾き降りで全集を完成させています。

言うまでもないことですが、いわゆる演奏の完成度と言うことで言えば、セルとカサドシュの録音には遠く及びません。70年代に録音され、その後スタンダードとなったブレンデルとマリナーの演奏と比べてもその差は歴然です。
ひと言で言えば「田舎くさい」のです。
しかし、世の中が「グローバル・スタンダード」という訳の分からぬ言葉で埋め尽くされ、その片方で「地方の時代」だという胡散臭いアジテーションが跋扈する社会から眺めてみれば、この真正なる「田舎くささ」はとても魅力的に映ります。そして、その田舎くさい自由と明朗さは、グローバル企業で働くエリートビジネスマン(セル&カサドシュ?)的な価値観に対する最も有効なカウンターパンチであることに気づかされます。

ここでのアンダはとっても自由です。
オケの長い提示部を経て、ピアノが千両役者ととして登場してくるような場面では嬉しさが抑えきれないようにテンポが走り出していきます。逆に、歌いたいところに来るとグッとテンポを抑えて思う存分に歌い上げています。聞きようによってはコブシがまわっているかと思うほどの感情移入であり、まるでド演歌版のモーツァルトに聞こえるほどです。
そこにあるのは、モーツァルトの音楽に内包されている人間の率直な感情の表出であり、一分の隙もないエリートビジネスマン的な完璧さとはほど遠いところで音楽は成り立っています。

これを「大雑把」ととるか「骨太」ととるかは聞き手の好みにもよるでしょう。
しかし、基本的にはこういう演奏を「大雑把」ととらえて切り捨てていた自分が、久しぶりに聴き直してみて心動かされてしまったという事実にいささか驚かされてしまいました。そして、その驚きが最初に述べたような恐れ多い物言いとなってしまったのです。

確かに、年をとると不思議なことがたくさん起こります。

なお、最後に余談になりますが、「ザルツブルク・モーツァルテウム・アカデミカ」の母体となっているモーツァルテウム音楽院の源流を遡れば、その創設にモーツァルトの妻でもあったコンスタンツェも関わっていたという「由緒正しい」出自を持ってるとのことです。そう思えば、時に力不足を感じさせる部分もあるオケなのですが、それでも、彼らの音楽には我らのモーツァルトに対する確信と愛情と尊敬が満ちあふれています。
悲しいのは、ヴェーグが亡くなった後にノリントンが乗り込んできて、そう言う伝統を全てぶちこわしてしまったことです。
まさに、グローバル・スタンダードの悪しき側面です。

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