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シューベルト:交響曲第7(8)番 ロ短調 「未完成」 D759

ジョージ・セル指揮 クリーブランド管弦楽団 1966年1月27日録音

Schubert:Symphony No.8 in B minor D.759 "Unfinished" [1.Allegro moderato]

Schubert:Symphony No.8 in B minor D759 "Unfinished" [2.Andante con moto]


わが恋の終わらざるがごとく・・・

この作品は1822年10月30日に作曲が開始されたと言われています。しかし、それはオーケストラの総譜として書き始めた時期であって、スケッチなどを辿ればシューベルトがこの作品に取り組みはじめたのはさらに遡ることが出来ると思われています。
そして、この作品は長きにわたって「未完成」のままに忘れ去られていたことでも有名なのですが、その事情に関してな一般的には以下のように考えられています。

1822年に書き始めた新しい交響曲は第1楽章と第2楽章、そして第3楽章は20小説まで書いた時点で放置されてしまいます。
シューベルトがその放置した交響曲を思い出したのは、グラーツの「シュタインエルマルク音楽協会」の名誉会員として迎え入れられることが決まり、その返礼としてこの未完の交響曲を完成させて送ることに決めたからです。

そして、シューベルトはこの音楽協会との間を取り持ってくれた友人(アンゼルム・ヒュッテンブレンナー)あてに、取りあえず完成している自筆譜を送付します。しかし、送られた友人は残りの2楽章の自筆譜が届くのを待つ事に決めて、その送られた自筆譜を手元に留め置くことにしたのですが、結果として残りの2楽章は届かなかったので、最初に送られた自筆譜もそのまま忘れ去られてしまうことになった、と言われています。

ただし、この友人が送られた自筆譜をそのまま手元に置いてしまったことに関しては「忘れてしまった」という公式見解以外にも、借金のカタとして留め置いたなど、様々な説が唱えられているようです。
しかし、それ以上に多くの人の興味をかき立ててきたのは、これほど素晴らしい叙情性にあふれた音楽を、どうしてシューベルトは未完成のままに放置したのかという謎です。

有名なのは映画「未完成交響楽」のキャッチコピー、「わが恋の終わらざるがごとく、この曲もまた終わらざるべし」という、シューベルトの失恋に結びつける説です。
もちろんこれは全くの作り話ですが、こんな話を作り上げてみたくなるほどにロマンティックで謎に満ちた作品です。

また、別の説として前半の2楽章があまりにも素晴らしく、さすがのシューベルトも残りの2楽章を書き得なかったと言う説もよく言われてきました。
しかし、シューベルトに匹敵する才能があって、それでそのように主張するなら分かるのですが、凡人がそんなことを勝手に言っていいのだろうかと言う「躊躇い」を感じる説ではあります。

ただし、シューベルトの研究が進んできて、彼の創作の軌跡がはっきりしてくるにつれて、1818年以降になると、彼が未完成のままに放り出す作品が増えてくることが分かってきました。
そう言うシューベルトの創作の流れを踏まえてみれば、これほど素晴らしい2つの楽章であっても、それが未完成のまま放置されるというのは決して珍しい話ではないのです。

そこには、アマチュアの作曲家からプロの作曲家へと、意識においてもスキルにおいても急激に成長をしていく苦悩と気負いがあったと思われます。
そして、この時期に彼が目指していたのは明らかにベートーベンを強く意識した「交響曲への道」であり、それを踏まえればこの2つの楽章はそう言う枠に入りきらないことは明らかだったのです。

ですから、取りあえず書き始めてみたものの、それはこの上もなく歌謡性にあふれた「シューベルト的」な音楽となっていて、それ故に自らが目指す音楽とは乖離していることが明らかとなり、結果として「興味」を失ったんだろうという、それこそ色気も素っ気もない説が意外と真実に近いのではないかと思われます。

この時期の交響曲はシューベルトの主観においては、全て習作の域を出るものではありませんでした。
彼にとっての第1番の交響曲は、現在第8(9)番と呼ばれる「ザ・グレイト」であったことは事実です。

その事を考えると、未完成と呼ばれるこの交響曲は、2楽章まで書いては見たものの、自分自身が考える交響曲のスタイルから言ってあまり上手くいったとは言えず、結果、続きを書いていく興味を失ったんだろうという説にはかなり納得がいきます。

ちなみに、この忘れ去られた2楽章が復活するのは、シューベルトがこの交響曲を書き始めてから43年後の1865年の事でした。ウィーンの指揮者ヨハン・ヘルベックによってこの忘れ去られていた自筆譜が発見され、彼の指揮によって歴史的な初演が行われました。
ただ、本人が興味を失った作品でも、後世の人間にとってはかけがえのない宝物となるあたりがシューベルトの凄さではあります。
一般的には、本人は自信満々の作品であっても、そのほとんどが歴史の藻屑と消えていく過酷な現実と照らし合わせると、いつの時代も神は不公平なものだと再確認させてくれる事実ではあります。


  1. 第1楽章:アレグロ・モデラート
    冒頭8小節の低弦による主題が作品全体を支配してます。この最初の2小節のモティーフがこの楽章の主題に含まれますし、第2楽章の主題でも姿を荒らします。
    ですから、これに続く第2楽章はこの題意楽章の強大化と思うほど雰囲気が似通ってくることになります。また、この交響曲では珍しくトロンボーンが使われているのですが、その事によってここぞという場面での響きに重さが生み出されているのも特徴です。

  2. 第2楽章:アンダンテ・コン・モート
    クラリネットからオーベエへと引き継がれていく第2主題の美しさは見事です。
    とりわけ、クラリネットのソロが始まると絶妙な転調が繰り返すことによって何とも言えない中間色の世界を描き出しながら、それがオーボエに移るとピタリと安定することによって聞き手に大きな安心感を与えるやり方は見事としか言いようがありません。




セル&クリーブランド管が生み出す響きが素の状態ですくい上げられている

スタジオ録音とは違うセルの姿が刻み込まれた幾つかのライブ録音を紹介してきました。
ライブであってもスタジオ録音とほとんど変わらないのがセルの姿です。
いや、ライブであってもスタジオ録音と変わらないほどの完成度を維持していたことが、このコンビの凄さだったのです。

ですから、時にはオケのバランスが崩れたり、さらにはホルンのソロが止まったりすると言うのはレアであり、レアであるがゆえに「貴重」な記録だったわけです。

このコンビを語る上で避けて通れないのが1970年の来日公演です。
このコンビに関しては、彼らの実演に接するまではこの国では多くの誤解があったことは事実です。
その「誤解」のあれこれを数え上げることはしませんが、そう言う「誤解」を綺麗さっぱり吹き飛ばしてしまったのが1970年の来日公演だったのです。

しかし、その来日公演があまりにも凄かったがゆえに、今度は逆に神話化されてしまうという「弊害」も生んだような気がします。
ですから、「常に完璧であったわけではない」セルの姿を紹介することは、少なからぬ意味があると考えた次第です。

実際、ホルンのソロが途中で止まってしまったブラームスの2番の録音を聞いたときは本当に驚いてしまいました。
セルとクリーブランド管でもこんなミスが発生するんだと言うことを見せつけられると、他人のミスをあげつらうような事を言ってはいけないという、人生訓的反省を呼び覚まされたものです。

そして、時にはセルが手綱を緩める事で響きが緩くなったり、時には内声部のパートが突出してバランスを崩したりする場面に出会うたびに、「そりゃぁ、人間だものな」と納得するのです。
しかし、それだけに、一発勝負のライブにおいてスタジオ録音の完成度と寸分違わぬほどの完成度見せつけるような録音に出会うと、あらためてこのコンビの「神話」が蘇るのです。

最近聞き直した中で特に凄いと思ったのが、このシューベルトの8番「未完成」と、モーツァルトのト短調シンフォニーです。
とりわけ、モーツァルトのシンフォニーはスタジオ録音の方もモダン楽器を使った演奏としては一つの頂点を示す録音でしたが、ライブでもその凄みは変わりません。

そして、スタジオ録音ではどこか不満が残る硬めの響きが、このライブの録音では見事にほぐれています。
そして、何よりもハッとするのは管楽器の響きの美しさです。

スタジオ録音ではただならぬ弦楽器群の響きのバックに退いた格好の管楽器が、ここでは充分に存在感を示していて、ハッとするほどに美しい場面を生み出しているのです。

また、「未完成」もセルらしい硬質の響きによる引き締まった造形が特徴的だったのですが、それとほぼ等身大の音楽がこのライブでも実現しています。
とりわけ、半音階転調を繰り返して光と影が微妙に交錯するシューベルト的な世界をこれほど緻密に描き出しているライブ演奏は滅多にありません。

定期公演のライブ録音ですから、録音クオリティ的には不満が残るのは事実です。
しかし、その反面として録りっぱなしの功徳みたいなものもあって、このコンビが生み出す響きが素の状態ですくい上げられています。
テープヒスはやや気にあるのですが、じっくりと耳を傾ける価値は十分にあります。

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