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ブルックナー:交響曲第8番 ハ短調


エフゲニー・ムラヴィンスキー 指揮 レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団 1959年6月30日録音

Bruckner:Symphony No.8 in C minor, WAB 108 [I. Allegro moderato]

Bruckner:Symphony No.8 in C minor, WAB 108 [II. Scherzo. Allegro moderato; Trio. Langsam]

Bruckner:Symphony No.8 in C minor, WAB 108 [III. Adagio. Feierlich langsam, doch nicht schleppend]

Bruckner:Symphony No.8 in C minor, WAB 108 [IV. Finale. Feierlich, nicht schnell]


ブルックナーの最高傑作



おそらくブルックナーの最高傑作であり、交響曲というジャンルにおける一つの頂点をなす作品であることは間違いありません。
もっとも、第9番こそがブルックナーの最高傑作と主張する人も多いですし、少数ですが第5番こそがと言う人もいないわけではありません。しかし、9番の素晴らしさや、5番のフィナーレの圧倒的な迫力は認めつつも、トータルで考えればやはり8番こそがブルックナーを代表するにもっともふさわしい作品ではないでしょうか。

実際、ブルックナー自身もこの8番を自分の作品の中でもっとも美しいものだと述べています。

規模の大きなブルックナー作品の中でもとりわけ規模の大きな作品で、普通に演奏しても80分程度は要する作品です。
また、時間だけでなくオーケストラの楽器編成も巨大化しています。
木管楽器を3本にしたのはこれがはじめてですし、ホルンも8本に増強されています。ハープについても「できれば3台」と指定されています。
つまり、今までになく響きがゴージャスになっています。ともすれば、白黒のモノトーンな響きがブルックナーの特徴だっただけに、この拡張された響きは耳を引きつけます。

また、楽曲構成においても、死の予感が漂う第1楽章(ブルックナーは、第1楽章の最後近くにトランペットとホルンが死の予告を告げる、と語っています)の雰囲気が第2楽所へと引き継がれていきますが、それが第3楽章の宗教的ともいえる美しい音楽によって浄化され、最終楽章での輝かしいフィナーレで結ばれるという、実に分かりやすいものになっています。
もちろん、ブルックナー自身がそのようなプログラムを想定していたのかどうかは分かりませんが、聞き手にとってはそういう筋道は簡単に把握できる構成となっています。

とかく晦渋な作品が多いブルックナーの交響曲の中では4番や7番と並んで聞き易い作品だとはいえます。

ムラヴィンスキーの目に映ったブルックナー


ムラヴィンスキーはすごい指揮者だったと再認識させられる録音です。
ムラヴィンスキーにとってブルックナーというのは本線のプログラムではありません。おそらく、これ以外では7番と9番しか録音が残っていないはずです。
それでも、他の誰のものでもないムラヴィンスキーならではの音楽になっていることには驚かされます。

そう、これはブルックナーの音楽ではなくて、ブルックナーを素材としたムラヴィンスキーの音楽になっているのです。

それが、チャイコフスキーのような本線中の本線の作品ならば、誰憚ることなく自信と確信を持って「自分の音楽」を押し出すことは難しいことではありません。
主観的解釈の客観的表現、これこそがムラヴィンスキーの本質だからです。

しかし、それほど演奏する機会も多くなかったであろう、そして、このように巨大なシンフォニーであるにもかかわらず一点の曖昧さもなくムラヴィンスキーの主観的解釈が貫かれています。
この圧倒的な自信と確信はどこから来るのでしょうか。
へなちょこ指揮者でなく、それなりに名のある指揮者でも、恐くてここまでは徹底できないでしょう。

そう言えば、テンシュテットはこれとは真逆の方向性で「俺さまのブルックナー」を押し出していました。
世間はブルックナーの交響曲を何か途轍もなく偉大な音楽であるかのように神秘化するけれども、所詮は後期ロマン派の肥大化した交響曲にすぎないでしょう、と開き直った演奏は素晴らしいものでした。(ただしスタジオ録音は駄目、ライブ録音のみ)
テンシュテットもまた東ドイツでキャリアを積み上げた人でした。
こういう音楽のスタイルは商業主義的な価値観から切り離された土壌のもとでないと育たないものかもしれません。

ムラヴィンスキーはこれとは逆で、交響曲たるもの、それは古典的な均衡の中で構築されてこそ意味があるというものです。
ですから、彼がチャイコフスキーの交響曲をベートーベンの交響曲に匹敵する偉大なシンフォニーと確信して演奏したように、このブルックナーもいささか図体は大きいものの、偉大な古典派交響曲として演奏してしまったのです。

その意味では、整理整頓して贅肉を削ぎ落とさないと気が済まなかったセルと通ずるところがあるのかもしれません。
ただし、そう言うムラヴィンスキーに徹底的に鍛えられていたレニングラードフィルの響きの質はクリーブランドのオケとは少しテイストが異なります。どちらも素晴らしいことには変わりはないのですが、レニングラードフィルの弦楽器群の美しさはとびきりで、これがステレオで録音されていればどれほどに素晴らしかっただろうと思わせられます。

ですから、このムラヴィンスキーによるブルックナーを前にして、テンポが速過ぎるとか、その結果としてブルックナーならでは交響的広がりが希薄だとか、そんな事をいくら文句を言っても仕方がないのです。
この古典派的均衡の中で引き締まった姿に再構築された音楽こそが、ムラヴィンスキーの目に映ったブルックナーなのです。

聞き手はそれを一つの啓示として受け取るだけなのです。

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