クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~




Home|ヴィルヘルム・バックハウス(Wilhelm Backhaus)|ベートーベン:ピアノソナタ第26番 変ホ長調 作品81a 「告別」

ベートーベン:ピアノソナタ第26番 変ホ長調 作品81a 「告別」

(P)バックハウス 1961年11月録音

Beethoven:Piano Sonata No.26 in E-flat major Op.81a "Les adieux" [1.Das Lebewohl. Adagio]

Beethoven:Piano Sonata No.26 in E-flat major Op.81a "Les adieux"[2.Abwesenheit. Adante espressivo]

Beethoven:Piano Sonata No.26 in E-flat major Op.81a "Les adieux" [3.Das Wiedersehen. Vivacissimamente]


大公にさえあの告別は捧げられていません。

ベートーベンのもっとも有力なパトロンであったルドルフ大公が、ナポレオンのオーストリア侵入のためにウィーンを離れなければならなくなり、それを契機として作曲されたソナタだと言われています。

戦争自体はすぐに集結して、やがて大公もウィーンに帰還したために、それぞれの楽章に「告別」「不在」「再会」と表題がつけられています。これらの表題は構成の人が勝手につけた物ではなくベートーベン自身がつけた物です。
ただし、本人もそのような表題を付すべきかどうかずいぶんと悩んだようです。

作品としては中期の作品らしく派手な技巧を披露していますが、それでいながらがむしゃらに驀進していく姿は影を潜めています。また、対話的な部分も多くてそこに愛の語らいを見る人もいます。
ベートーベン自身も「この作品は大公にさえ捧げられていません」と語っています。

そんなこんなで、これは誰への告別のソナタだったのかと想像をたくましくさせる作品でもあります。


ピアノソナタ第26番 変ホ長調 作品81a 「告別」


  1. 第1楽章 「告別」: アダージョーアレグロ 変ホ長調 4分の3拍子ー4分の2拍子 ソナタ形式

  2. 第2楽章 「不在」: アンダンテ・エスプレッシーヴォ ハ短調 4分の2拍子

  3. 第3楽章 「再会」: ヴィヴァチッシマメンテ 変ホ長調 8分の6拍子




分析的に聞くことの功罪(2)

前回は演奏する側は限られた作品を自らのプログラムとして徹底的に作品を分析し、その分析した結果を実際の音に変換するために訓練を重ねるのだが、聞き手の方はそれと同じだけの「傾注」は基本的に無理だしやる必要もないという、いささか開き直ったようなことを書きました。
しかし、その後、この考えをもう少し敷衍していくと、そもそも「芸術」という営みにおいて分析するという行為が、もっと積極的にマイナス要因になる側面があるのではないかという気がしてきました。

例えば、源氏物語の冒頭部分です。とても有名ですから誰もが目にしたことがあるでしょう。

「いづれの御時にか、女御、更衣あまた候ひ給ひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めき給ふありけり。 」

これを現代語訳に変換するとこんな感じでしょうか。

「いずれの天皇の御代でござましたでしょうか、たくさんの女御や更衣がお仕え申し上げている中に、それほど高貴な身分ではないのに、ひときわ帝のご寵愛を受けていらっしゃる方がいました。」

確かに意味は分かりやすくなりますが、明らかに、何かとても大切なものがすっぽりと抜け落ちてしまう事に気づかされます。

さらに、これを「やむごとなき」とは形容詞「やむごとなし」の連体形で「高貴である、身分が高い」という意味になり、「時めき」とは「ときめく」のカ行四段活用の連用形で「帝の寵愛を受けて栄える」という意味になりますと文法的分析をすれば、現代語訳をすることですっぽり抜け落ちてしまった大切なものが、さらに遠くへ逃げていくだけです。

これをさらに、「いづれ」は「代名詞」、「の」は「格助詞」、「御時」は「名詞」、「に」は「断定の助動詞・連用形」、そして「か」は「係助詞」なので、この場合は軽い疑問をあらわします、などと品詞分解することは、下らぬ古典文法のテストに役立つだけであり、結果として多くの人を源氏物語の世界から追いやる役割しか果たしません。

これと同じように、例えばこのソナタの第1楽章「告別」の「Allegro」開始部分を「オクターブのA-flat音がソプラノに現れる。第2小節の開始部分のG音上のテヌートにより、モットーの開始部分のG、F、E-flat音が聞こえてくる。従って、開始小節のA-flat音は前打音とみなされなければならない」と分析したところで、このソナタへの理解が前に進むとは思えないのです。

もちろん、ほとんどのピアニストはこの「A-flat音」を「前打音」として扱っているのですが、そんな些細なことを一つ一つ分析的に聞くことが、果たして「より深く音楽を理解」することに繋がるのかは疑問と言わざるを得ないのです。
それどころか、より積極的に聞き手を音楽を楽しむ事から遠ざける役割しか果たさないのではないでしょうか。

さらに話を進めれば、古典の中には、その様な「分析」を積極的に拒む分野が存在します。
その典型の一つが「和歌(大和歌)」でしょう。

世の中は常にもがもな渚漕ぐあまの小舟の綱手かなしも

百人一首にもおさめられている有名な実朝の歌です。
これを「この世の中はいつまでも変わらないでいてほしいものだ。渚にそって漕いでいる、漁師の小船をひき綱で引いている風情はいいものだからなぁ」と現代語に訳せると疑問なく思える人は、永遠にこの世界とは縁がありません。

実朝が抱え込まざるを得なかった「絶対的孤独」は観念的なものではなくて、北条氏によって自らの命がいつ狙われても不思議ではないという「恐ろしいまでのリアリティ」の中で刻み込まれたものでした。
そのリアルな絶対的孤独は「世の中は常にもがもな渚漕ぐあまの小舟の綱手かなしも」という言葉と韻律以外のものに変換することを拒絶します。

こういう世界に立ち入ると、「分析」は既に犯罪行為になってしまいます。
もちろんここまでの「絶対性」を持たない「和歌」はたくさんありますが、しかし、そう言う「言霊」を持った作品が存在することは否定しようがないのです。

そして、その事はクラシック音楽の世界に言えるのです。
実朝の歌は、それを何度も声に出して味わうしか手がないのと同じように、ベートーベンのソナタもひたすら演奏し、聞くしか道がないのではないでしょうか。

この演奏を評価してください。

  1. よくないねー!(≧ヘ≦)ムス~>>>1~2
  2. いまいちだね。( ̄ー ̄)ニヤリ>>>3~4
  3. まあ。こんなもんでしょう。ハイヨ ( ^ - ^")/>>>5~6
  4. なかなかいいですねo(*^^*)oわくわく>>>7~8
  5. 最高、これぞ歴史的名演(ξ^∇^ξ) ホホホホホホホホホ>>>9~10



3099 Rating: 4.9/10 (137 votes cast)

  1. 件名は変更しないでください。
  2. お寄せいただいたご意見や感想は基本的に紹介させていただきますが、管理人の判断で紹介しないときもありますのでご理解ください。
名前*
メールアドレス
件名
メッセージ*
サイト内での紹介

 

よせられたコメント




【リスニングルームの更新履歴】

【最近の更新(10件)】



[2026-10-09]

ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲 ハ長調 「喜び」 Op. 8, No. 6, RV 180(Vivald:Violin Concerto in C Major, Op. 8, No. 6, RV 180, "Il piacere")
(Vn)フェリックス・アーヨ:イ・ムジチ合奏団 1961年9月20日~28日録音(Felix Ayo:Musici, I Recorded on September 20-28, 1961)

[2026-10-07]

J.S.バッハ:カンタータ第51番「全地よ、神を向かえて歓呼せよ」,BWV 51(J.S.Bach:Cantata: "Jauchzet Gott in Allen Landen", BWV 51)
(S)エリーザベト・シュヴァルツコップ:ペーター・ゲルホルン指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1950年10月6日録音(Elisabeth Schwarzkopf:(cpn)Peter Gellhorn Philharmonia Orchestra Recorded on October 6, 1950)

[2026-10-05]

J.S.バッハ:管弦楽組曲第4番 ニ長調 BWV1069(J.S.Bach:Orchestral Suite No.4 in D major, BWV 1069)
クルト・レーデル指揮:ミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団 1962年2月録音(Kurt Redel:The Pro Arte Chamber Orchstra of Munich Recorded on February, 1962)

[2026-10-02]

ルイス・デ・ミラン:「エル・マエストロ」からのファンタジア、舞曲、そしてロマンセ(Luys Milan:Fantasias, Dances And Romances From El Maestro)
(Lute)ヴァルター・ゲルヴィッヒ:(T)ベルンハルト・ミヒャエリス 1956年11月30日~12月1日録音(Walter Gerwig:(T)Bernhard Michaelis Recorded on Novembar 30~December 1, 1956)

[2026-09-30]

ヴィヴァルデ:オーボエ協奏曲 ハ長調, Rv.447(Vivaldi:Oboe Concerto in C major, RV.447)
レナート・ファッサーノ指揮:(Ob)レナート・ザンフィーニ ローマ合奏団 1958年発行(Renato Fasano:(Ob)Renato Zanfini Virtuosi Di Roma Published in 1958)

[2026-09-28]

マヌエル・ポンセ:南の協奏曲(Manuel Ponce:Concierto del Sur)
(Gt)アンドレス・セゴビア:エンリケ・ホルダ指揮 シンフォニー・オブ・ジ・エア 1958年録音(Andres Segovia:(con)Enrique Jorda the Symphony of the Air Recorded in 1958)

[2026-09-26]

モーツァルト:モテット「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ」{エクスルターテ・ユビラーテ), K.165(Mozart:Exsultate, Jubilate, K.165/K.158A)
(S)エリーザベト・シュヴァルツコップ:ワルター・ジュスキント指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1947年5月26日,28日録音(Elisabeth Schwarzkopf:(con)Walter Susskind Philharmonia Orchestra Recorded on May 26,28, 1947)

[2026-09-24]

マラン・マレー:組曲第4番 ニ長調(Marin Marais:Suite No. 4 In D Major)
アウグスト・ヴェンツィンガー:(Vdg)ハンネロレ・ミュラー (harpsichord)フリッツ・ノイマイヤー 1956年4月4日~5日録音(August Wenzinger:(Vdg)Hannelore Mulle (harpsichord)Fritz Neumeyer Recorded on April 4-5, 1956)

[2026-09-22]

J.S.バッハ:管弦楽組曲第3番 ニ長調 BWV1068(J.S.Bach:Orchestral Suite No.3 in D major, BWV 1068)
クルト・レーデル指揮:(Fl)クルト・レーデル ミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団 1962年2月録音(Kurt Redel:(Fl)Kurt Redel The Pro Arte Chamber Orchstra of Munich Recorded on February, 1962)

[2026-09-20]

ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調, Op.92(Beethoven:Symphony No.7 in A major, Op.92)
エーリッヒ・クライバー指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1950年5月録音(Erich Kleiber:Royal Concertgebouw Orchestrar Recorded on May, 1950)