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カール・ベーム(Karl Bohm) |モーツァルト:交響曲第40番 ト短調 K.550
モーツァルト:交響曲第40番 ト短調 K.550
カール・ベーム指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1961年2月録音 Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [1.Molto Allegro]
Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [2.Andante]
Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [3.Menuetto]
Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [4.Allegro assai]
これもまた、交響曲史上の奇跡でしょうか。
モーツァルトはお金に困っていました。1778年のモーツァルトは、どうしようもないほどお金に困っていました。
1788年という年はモーツァルトにとっては「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」を完成させた年ですから、作曲家としての活動がピークにあった時期だと言えます。ところが生活はそれとは裏腹に困窮の極みにありました。
原因はコンスタンツェの病気治療のためとか、彼女の浪費のためとかいろいろ言われていますが、どうもモーツァルト自身のギャンブル狂いが一番大きな原因だったとという説も最近は有力です。
そして、この困窮の中でモーツァルトはフリーメーソンの仲間であり裕福な商人であったブーホベルクに何度も借金の手紙を書いています。
余談ですが、モーツァルトは亡くなる年までにおよそ20回ほども無心の手紙を送っていて、ブーホベルクが工面した金額は総計で1500フローリン程度になります。当時は1000フローリンで一年間を裕福に暮らせましたから結構な金額です。さらに余談になりますが、このお金はモーツァルトの死後に再婚をして裕福になった妻のコンスタンツェが全額返済をしています。コンスタンツェを悪妻といったのではあまりにも可哀想です。
そして、真偽に関しては諸説がありますが、この困窮からの一発大逆転の脱出をねらって予約演奏会を計画し、そのための作品として驚くべき短期間で3つの交響曲を書き上げたと言われています。
それが、いわゆる、後期三大交響曲と呼ばれる39番?41番の3作品です。
完成された日付を調べると、39番が6月26日、40番が7月25日、そして41番「ジュピター」が8月10日となっています。つまり、わずか2ヶ月の間にモーツァルトは3つの交響曲を書き上げたことになります。
これをもって音楽史上の奇跡と呼ぶ人もいますが、それ以上に信じがたい事は、スタイルも異なれば性格も異なるこの3つの交響曲がそれぞれに驚くほど完成度が高いと言うことです。
39番の明るく明晰で流麗な音楽は他に変わるものはありませんし、40番の「疾走する哀しみ」も唯一無二のものです。そして最も驚くべき事は、この41番「ジュピター」の精緻さと壮大さの結合した構築物の巨大さです。
40番という傑作を完成させたあと、そのわずか2週間後にこのジュピターを完成させたなど、とても人間のなし得る業とは思えません。とりわけ最終楽章の複雑で精緻きわまるような音楽は考え出すととてつもなく時間がかかっても不思議ではありません。
モーツァルトという人はある作品に没頭していると、それとはまったく関係ない楽想が鼻歌のように溢れてきたといわれています。おそらくは、39番や40番に取り組んでいるときに41番の骨組みは鼻歌混じりに(!)完成をしていたのでしょう。
我々凡人には想像もできないようなことではありますが。
美しい花がある。花の美しさと言うようなものはない。
ベーム&ベルリンフィルによるモーツァルトの交響曲はパブリックドメインになるたびにアップしていると思っていたのですが、最初の2曲だけをアップして、その後完全に失念してしまっていたようです。
それは言葉をかえれば、私の中のベームの立ち位置がそれだけ下がっていることの証拠でもありますし、さらに言えばこういう明らかな「落ちこぼし」があると「どうしてアップしないのですか?」とメールをいただいたりもするのですが、このベームの録音に関してはそう言うことも一切ありませんでした。
吉田秀和がベームの訃報に接して「ベームは二度死んだ」と語って物議をかもしたのは有名なエピソードですが、この「現実」を見る限りはその指摘は正しかったのかもしれません。
しかし、この数年の動きを見てみると、彼の録音がボックス盤という形でポチポチと復刻されてきています。
そして、このベルリンフィルとのモーツァルト交響曲全集も廃盤になることなくカタログには残り続けてきたようです。
そう言う意味では、このあたりでもう一度ベームという指揮者の音楽を振り返ってみるのも悪くはないのかもしれません。
と言うことで聞き直してみて感じたことは、当然と言えば当然なのですが(^^;、ハフナー(35番)とプラハ(38番)をアップしたときに感じたのとほぼ同じでした。
音楽の造形ががっちりとして荘重なたたずまいだったのも記憶の通りだったのですが、オケの響きは重くもなければ鈍くもありません。
同時代のクレンペラーやヨッフムのモーツァルトは今の耳からすれば「鈍重」と言わざるを得ないスタイルだったのですが、ベームのモーツァルトははるかに引き締まっています。
また、オケの響きは非常に透明感が高く、ワルターのように低声部を強調することもないので、各声部の見通しがよくて、当時としては「現代的で新しいスタイル」の演奏だったのだろうなと思わせるものがあります。
つまりは全体としては非常によくできた演奏なのです。
K.550のト短調シンフォニーはロマン主義的な情緒に引っ張られる事なく端正な佇まいをしています。今なら、どうと言うことはない表現なのでしょうが、61年という時代の中においてみれば間違いなく最先端を行く表現だったはずです。
そして、そう言うアプローチでいくならばもっとも相性がいいのが「ジュピター」です。実に堂々として立派な佇まいです。
しかし、そうは思いつつ、少しばかり考え込んでしまうのです。
こういうアプローチならば、例えばセル&クリーブランド管の方がもっと上手くやってのけています。例えば、ジュピターの最終楽章のフーガなんかは、セルの方がはるかに立体的に仕上げています。
そして、その後の時代を眺めてみれば、例えばクーベリックとバイエルンのオケによる録音はさらに完成度が高いように思いますし、もっとエキセントリックに突き詰めたアーノンクールの録音なんかが手元にあれば、ベームの録音に手が伸びる回数は減るでしょう。
しかし、そうは思いながらも「これはベームだけの魅力だな」と思う瞬間がないわけではありません。
例えば、K.543の変ホ長調シンフォニーの第3楽章のトリオなんかはため息が出るほど美しいのです。
そして、ふと頭に浮かんだのは小林秀雄のあの有名な言葉です。
「美しい花がある。花の美しさと言うようなものはない。」
ここでのベームは間違いなく「美しいモーツァルト」を語っています。そして、そういう部分が彼の演奏を聴いていると時々出会えるような気がするのです。
しかし、残念ながら、彼の本姓としては「モーツァルトの美しさ」を説明しがちであることは否定できません。
いや、ほんとどの指揮者が「モーツァルトの美しさ」を必死で説明しているだけにしか聞こえない中で、そう言う瞬間に時々出会えるだけでもベームは偉大なのかもしれません。
もちろん、そう言う意味で言えば、ワルターこそは真に偉大なのかもしれません。
あのポルタメントをかけまくったウィーンフィルとの52年録音(K.550のト短調シンフォニー)を、いかに時代様式を無視した間違いだらけの演奏だと批判しても、そこに「美しいモーツァルト」が立っている以上は、そのような批判はただただ小賢しいだけなのです。
この越えることのできなかった壁に思いを致せば、ベームの演奏はある時代におけるモーツァルトのスタンダードでありながら、ワルターにはなりきれなかったことが「二度死んだ」と言われる原因なのでしょう。
もちろん、それはベームだけでなく、誰もがワルターにはなれなかったのですからそれは仕方がないことではあるのですが、それは同時に期待されたものの悲しみだったのかもしれません。
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