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ショパン:即興曲第3番 変ト長調 Op.51

(P)サンソン・フランソワ 1957年11月27日録音

Chopin:Impromptu No.3 in G flat major, Op.51




見かけは自由で独特だが、構成的な感じがする

即興曲(アンプロンプチェ:Impromptu)とは、一般的にロマン派のキャラクターピースの一種として、その自由な即興性に彩られた作品に対して与えられた名称です。ショパンのこの「即興曲」を4曲残しているのですが、その他数多くのロマン派作曲家の手になる「即興曲」とは幾分雰囲気が異なっています。
それは、自由な即興性にあふれていることは間違いなのですが、全てを聞き終えた後に何か不思議なまとまりみたいなものを感じてしまうのです。この感覚は、例えば晩年の傑作である「舟歌」などにも共通していて、音楽を聴き終わったあとには不思議な統一感が残るのです。
つまりは、ピアノによる一編の詩を聞いたような幻想感に彩られながら、その優雅な衣の下には論理的な構成感が潜んでいるのです。

「即興の自由性を全て持ちながら、ショパンの即興曲はよく整った形式とをとっている。見かけは自由で独特だが、構成的な感じがする。」(ハネカー)なのです。

即興曲第1番 変イ長調 Op.29:1837年

幻想即興曲と並んで、最も有名な即興曲です。揺れ動く3連音符の音型が魅力的で「泉のごとく泡立ち。輝き渡り、岸辺をおおう茂みからもれる陽光がその上に揺らぐ(ニークス)」とたたえられました。

即興曲第2番 嬰ヘ長調 Op.36:1839年

1番と較べると認知度は落ちのですが、深い幻想性に彩られたこの作品こそが即興曲の最高傑作だと言う人もいます。確かに、1番のような滑らかな美しさには欠けるのですが、その深い瞑想性はどこかノクターンにも繋がっていくような表情を持っています。

即興曲第3番 変ト長調 Op.51:1842年

4曲ある即興曲の中では最も演奏機会の少ない作品です。それは、この作品には初期作品が持っていた素直な幻想性が後退して、その代わりにどこか救いのない病的な揺らぎが支配的になっているからでしょう。

幻想即興曲(即興曲第4番) 嬰ハ短調 Op.posth.66:1834年

ショパン24才の頃の作品と考えられているのですが、ショパンが存命中には出版されることはなく、彼の死後1855年に友人のフォンタナによって出版されました。決定稿と思われる自筆譜もしっかり残っていたので、何故に出版されなかったのかは不思議なのですが、おそらくは同時代に出版されたモシュレスの作品と主題が似ていたので断念したのだろうと推測されています。
音楽そのものについては今さら何もつけくわえる必要もないほどの超有名曲です。その人気の一端が「幻想即興曲」というタイトルにあることは間違いないのですが、その「幻想:はフォンタナが出版寺に勝手につけたもののようです。なかなかに商売上手な男だったようです。

感情のおもむくままに


随分前に、フランソワを取り上げたときに次のように書きました。

『漸くにして時代はフランソワに追いついたのかもしれません。彼は決して「19世紀型ピアニストの最後の生き残り」などではなく、この行き詰まった即物主義の時代の先を歩いていたのです。』

やはりこの言葉は言い過ぎだったようです。褒めすぎでした。
フランソワというピアニストの本質は「19世紀型ピアニストの最後の生き残り」と見るのが正解のようです。

何故かと言えば、彼の録音を集中して聞いてみると、嫌でも気づかされることがあります。
それは、彼のすぐ後の時代に登場してきたさらに若い世代のピアニスト達と較べてみると、そのテクニックという点において根本的な違いがあることを認めざるを得ないからです。

それはポリーニやアシュケナージという人たちと比べてみると、メカニカルな巧拙というレベルの問題ではなくて、そう言うメカニカルな部分に対する捉え方の根本が異なっているように聞こえるのです。

聞けば分かるようにフランソワは同時代のピアニスト達と較べてみても決して下手なピアニストではありません。しかし、そのテクニックは何があっても微塵も揺らぐことがないと言う、強固な基盤の上には成り立っていません。
作品と向き合って感情が揺らいだり、爆発したりすれば、そのテクニックはその感情にあおられて揺らいでしまいます。しかし、その揺らぎは作品の形をゆがめてしまう一歩手前のところで踏みとどまります。
そこにフランソワの真骨頂がありました。

しかしながら、そんなスタイルで演奏を繰り返していればいつか身も心も持たなくなる時がやってきます。実際、フランソワのコンサートは出来不出来の差が大きいのは有名な話で、それを彼の気まぐれに帰することが多かったのですが、実際はもっと根本的な部分に問題があったのではないかと思うのです。

ポリーニは1942年生まれです。彼が5歳で本格的にピアノの学習に取り組んだときには戦争は終わっていました。
それに対して、1924年生まれのフランソワは、ピアノの基礎を学ぶべき若き時代のほぼ全てを戦争の中で過ごさざるを得なかったのです。

強固な規律、巌のような我慢強さというものは大人になってから後天的に身につけるのは不可能です。それはピアノのテクニックにおいても同様で、ポリーニやアシュケナージのようなピアニストは、戦争の動乱の中で子供時代を過ごした人間からは生まれないのではないでしょうか。
つまりは、ポリーニの世代のピアニストにとってメカニカルはピアノを弾く上での確固たるフレームとなり得ているのですが、フランソワのメカニカルはその様な強固なものではなく、彼自身もまたその様な音楽とは全く違う世界の住人だったのです。

ただし、フランソワには、ショパンの感情と同化できる天才的な閃きがありました。
ですから、まるで感情のおもむくままに好き勝手に弾いているようでありながら、それでもテクニック的に破綻をきたす心配の少ない作品では素晴らしい適応を示します。
そして、その魅力はポリーニやアシュケナージのようなタイプのピアニストからでは絶対に聞くことのできない音楽です。

もちろん、だからといって、どちらが優れているか、みたいなつまらぬ話をしたいわけではありません。
ただ、疑いがないのは、時代はフランソワを置き去りにしてポリーニに代表される新しピアニスト達の時代へと移り変わっていったことです。ですから、50年代のフランソワに対して、60年代のフランソワには翳りがつきまといます。己の感情のおもむくままにショパンを演奏してたフランソワの姿は少しずつ影を潜めていきました。

そして、その時の流れの中でフランソワは酒と煙草に溺れて46歳で急逝したという事実だけが残ったのです。


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