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ミャスコフスキー:交響曲第15番 ニ短調 作品38

キリル・コンドラシン指揮 モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団 1963年録音

Myaskovsky:Symphony No.15 in D minor, Op.38 [1.Andante. Allegro appassionato]

Myaskovsky:Symphony No.15 in D minor, Op.38 [2.Moderato assai]

Myaskovsky:Symphony No.15 in D minor, Op.38 [3.Allegro molto ma con garbo]

Myaskovsky:Symphony No.15 in D minor, Op.38 [4.Poco pesante. Allegro ma non troppo]




最近になって再評価の動きもあるそうな・・・。

「Myaskovsky」は何と読めばいいのでしょうか。一昔前は「ミヤスコフスキー」だったような気がするのですが、最近は「ミャスコフスキー」で統一されているようです。
さて、この「ミャスコフスキー」なのですが、その音楽を聞いたことはなくても知識としてたくさんの交響曲を書いた作曲家と言うことで記憶に留めておられる方も多いのではないでしょうか。恥ずかしながら、こんな駄文を綴っている私もその一人で、さらに言えば交響曲がクラシック音楽の王座から転がり落ちた後に時代に27曲もの交響曲を書いたという事実はある種の「揶揄」を持って語られることが多い人でした。

ザッと振り返ってみると、以下のようになります。


  1. 交響曲第1番ハ短調作品3 (1908年 3楽章 約40分)

  2. 交響曲第2番嬰ハ短調作品11(1911年 3楽章 約45分)

  3. 交響曲第3番イ短調作品15(1914年 2楽章 約45分)

  4. 交響曲第4番ホ短調作品17(1918年 3楽章 約40分)

  5. 交響曲第5番ニ長調作品18(1918年 4楽章 約40分)

  6. 交響曲第6番変ホ短調作品23(「革命」)(1923年 4楽章 約65分)-声楽つき

  7. 交響曲第7番ロ短調作品24(1922年 2楽章 約25分)

  8. 交響曲第8番イ長調作品26(1925年 4楽章 約50分)

  9. 交響曲第9番ホ短調作品28(1927年 4楽章 約40分)

  10. 交響曲第10番ヘ短調作品30(1927年 単一楽章 約20分)

  11. 交響曲第11番変ロ短調作品34(1932年 3楽章 約35分)

  12. 交響曲第12番ト短調作品35「十月」(1932年 3楽章 約35分)

  13. 交響曲第13番変ロ短調作品36(1933年 単一楽章 約20分)

  14. 交響曲第14番ハ長調作品37(1933年 5楽章 約35分)

  15. 交響曲第15番ニ短調作品38(1935年 4楽章 約35分)

  16. 交響曲第16番ヘ長調作品39 (1936年 4楽章 約45分)

  17. 交響曲第17番嬰ト短調作品41(1937年 4楽章 約50分)

  18. 交響曲第18番ハ長調作品42(1937年 3楽章 約25分)

  19. 交響曲第19番変ホ長調作品46(1939年 4楽章 約25分)

  20. 交響曲第20番ホ長調作品50(1940年 3楽章 約25分)

  21. 交響曲第21番嬰ヘ短調作品51(「交響幻想曲」)(1940年 単一楽章 約15分)

  22. 交響曲第22番ロ短調作品54「大祖国戦争についての交響バラード」(1941年 3楽章 約35分)

  23. 交響曲第23番イ短調作品56「北コーカサスの歌と踊りの主題による交響組曲」(1941年 3楽章 約35分)

  24. 交響曲第24番ヘ短調作品63(1943年 3楽章 約35分)

  25. 交響曲第25番変ニ長調作品69(1946年 3楽章 約35分)

  26. 交響曲第26番ハ長調作品79「ロシアの主題による」(1948年 3楽章 約40分)

  27. 交響曲第27番ハ短調作品85(1949年 3楽章 約35分)



まさに壮観です!!
ここに交響曲の歴史を重ねてみると、第1番の交響曲が書かれた1908年というのは、マーラーが「大地の歌」を完成させた年です。マーラーはその翌年に第9番の交響曲を完成させ、第10番の交響曲に取り組んでいた1910年にこの世を去ります。
ちなみに、ミャスコフスキーが第2番の交響曲を完成させた1911年には、病から癒えたシベリウスが第4番の交響曲を完成させています。そして、最後のシンフォニストとも言われるシベリスは、15年(第5番)、23年(第6番)、24年(第7番)と頑張ったものの、その後は長い沈黙に入ってしまいます。

しかしミャスコフスキーはシベリウスが沈黙してしまう1924年までに、既にシベリスがその生涯をかけて書き上げたのと同じ数だけの交響曲を完成させます。
おそらく、正当なクラシック音楽の歴史ならば、このシベリウスの沈黙を持って交響曲の時代は終わったとされるのですが、唯一の例外が社会主義国ソ連でした。
ソ連では、このミャスコフスキーだけでなく、ショスタコーヴィッチやプロコフィエフ達が交響曲を書き続けます。それは、社会主義国家(かなり歪んだ社会主義ではありましたが)ソ連にとって交響曲というジャンルは必要だったからでしょう。

そして、この交響曲の系譜の中で、ひときわショスタコーヴィッチだけが高く評価され、遅れてきた最後のシンフォニストみたいな言い方をされたのに対して、ミャスコフスキーの方は、今さら交響曲でもないだろうという時代に馬鹿みたいにたくさんの交響曲を書いた人と評価されてきました。

軍人の家庭に生まれたために若い頃が軍務が優先だったので、正式に音楽学院に入学したのは25才という晩学でした。そして、彼にとって幸いだったのは、その音楽院でプロコフィエフと知り合い、その親交は終生変わらなかったことです。ですから、ファース・トシンフォニーを書いたのは27歳の時なのですが、考えようによっては、それはとんでもない若書きの作品だったとも言えるのです。

そんなミャスコフスキーが大量に交響曲を生み出すきっかけとなったのが1923年に作曲された交響曲第6番であったことは間違いないでしょう。
この作品はいわゆる「社会主義リアリズム」という国家が公認した方法論に添って作曲された作品だからです。おそらく、この作品の成功でミャスコフスキーは国家御用達の作曲家となり、それがきっかけとなって大量の交響曲が生み出されることになったのでしょう。

しかし、不思議なのは、そうやって生み出された作品の全てがソ連という国家を礼賛するような作品ばかりではないと言うことです。もちろん、その多くは「革命(6番)」とか「十月革命○○周年に捧ぐ(12番・18番)」、「大祖国戦争についての交響バラード(22番)」等というタイトルが付いているのですが、深い幻想性や瞑想するような雰囲気に彩られた作品も数多く書いています。
真偽のほどは定かではありませんが、「偶数番号の交響曲は、大衆のために作曲している」と作曲家本人が語っていたというエピソードが残されています。考えようによっては、彼は昨今のポピュラーミュージックの作曲家と同じようなスタンスで音楽を書いていたのかもしれません。

食っていくためには大衆のために作曲しなければいけないのですが、それだけでは嫌になってしまいますから、その合間合間に自分が書きたい音楽を書いたのではないでしょうか。まあ、そこまで行くといささか深読みがすぎるかもしれません。
しかし、馬鹿ほどたくさん交響曲を書いた人として、いささか馬鹿にしたような見方をされてきたのですが、その緩徐楽章の美しさが知られるのに連れて再評価の動きも広まっているようです。そして、その再評価の動きを促したのが、ここでもまたスヴェトラーノフでした。

ミャスコフスキー:交響曲全集 スヴェトラーノフ指揮 ロシア国立交響楽団 1991年~993年録音

スヴェトラーノフが私財を投げ打ってこのプロジェクを完成させてくれたおかげで、私たちは始めてミャスコフスキーの交響曲の全貌を知ることができたのです。

交響曲第15番ニ短調作品38

こちらは奇数番号なので、いわゆる大衆受けする分かりやすさとは距離があります。政府の顔色だけを見て迎合的な音楽だけを書いた人だと思っているムキには、その認識を改めるいい切っ掛けとなるでしょう。
第2楽章の「Moderato assai」を「死者に聞かせるための子守歌」だと言った人がいました。続く第3楽章の「Allegro molto, ma con garbo」もワルツでありながら暗い雰囲気から抜け出しません。できれば、このまま暗い雰囲気で終わるとより「芸術的」になった大もうのですが、それではさすがにやりすぎだと思ったのか、最後の第4楽章ではベートーベン的に暗から明へと転換して華々しく締めくくります。・・・残念!!


  1. Andante - Allegro apassionato

  2. Moderato assai

  3. Allegro molto, ma con garbo

  4. Poco pesante, Allegro ma non troppo




モスクワフィルの能力の高さに驚かされる


カリンニコフの交響曲を紹介したときに、「コンドラシンという指揮者は情緒的な側面は敢えて切り捨てるようにして音楽を作る人でした」、と述べました。そして、その事が、「作品そのものに何らかの弱さが存在していれば、その弱さを明け透けにさらけ出してしまうことを厭わない」、とも付け加えました。
もちろん、手元にスコアもありませんし、そもそもスコアを見たってそんな事を判断できるほどの知識もないのですが、それでもコンドラシンの指揮でカリンニコフを聞かされると、作品そのものに構造的な弱さがあることを突きつけられるような気がしたのです。

しかし、それがバラキレフやミャスコフスキーの交響曲になると、そう言う弱さを見せつけられるような場面は全くありません。バラキレフの交響曲は30年以上もの時間を費やしただけあって、実に丹念に、そして丁寧に仕上げられています。その、丁寧な仕上げがコンドラシンの手にかかれば、第3楽章の「Adagio」はこの上もなく雄大に美しく、そして最終楽章では心ゆくまでオケはうねり、金管群が吠えまくります。(^^v

これがミャスコフスキーになると、なるほどその生涯に27曲もの交響曲を書いただけあって、まさに手練れの職人の技です。
そして、コンドラシンという指揮者は、作品がきちんと書けていさえすれば、それに相応しい姿で再現して見せてくれます。

ただ、驚くのは、この時期のモスクワフィルの能力の高さです。

首都モスクワの名を冠したオケなので、さぞや歴史のあるオーケストラなんだろうと思って調べてみると、何と設立は1951年という若いオーケストラなのです。さらに驚かされたのは、創設された最初はモスクワ・ユース管弦楽団(Moscow Youth Orchestra)という名前だったのです。
社会主義国家のオケなので国家レベルの事業として創設されたのかと思ったのですが、初代指揮者のサムイル・サモスードによって設立されたらしいのです。

そして、その創設に当たっては国立のオケには採用されなかった音楽家を寄せ集めて創設されたようで、「Youth Orchestra」と名乗っていながらも、かなり腕の立つ小父さん達も多数混じっていたようです。

やがて、このオケは1953年には「モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団」と名称を変更するのですが、1960年にコンドラシンが首席指揮者に就任したことで黄金時代を迎えることになります。
詳細は不明ですが、カリンニコフの交響曲はコンドラシンがモスクワフィルの首席指揮者に就任した最初の録音だったようです。しかし、就任前に録音されたミャスコフスキーの交響曲などを聴くと、既にかなりのレベルのオケに成長していたことは伺えます。
そして、コンドラシンがトップに就任してからは、彼のオーケストラビルダーとしての才能が並々ならぬものであったことが手に取るように分かります。

バラキレフの交響曲にしてもラフマニノフの「晩鐘」「交響的舞曲」にしても、その凄さには驚かされます。
そうそう、忘れていけないのは、それと同じ時期にバイロン・ジャニスのバックを勤めてラフマニノフやプロコフィエフの協奏曲も録音していたことです。正直言って、ライナー&シカゴ響と勝負して美遜色ないことには驚かされたものです。

なるほど、この時代のソ連というのはムラヴィンスキー&レニングラード響だけが突出して凄かったのではなくて、みんな凄かったのですね。
これは、もう少し頑張ってコンドラシンの録音を発掘しないといけませんね。

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