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パブロ・カザルス(Pablo Casals) |モーツァルト:ピアノ協奏曲第22番 変ホ長調 K482
モーツァルト:ピアノ協奏曲第22番 変ホ長調 K482
パブロ・カザルス指揮 (P)ルドルフ・ゼルキン ペルピニャン祝祭管弦楽団 1951年7月26日録音 Mozart:Piano Concerto No.22 in E-Flat major, K.482 [1.Allegro]
Mozart:Piano Concerto No.22 in E-Flat major, K.482 [2.Andante]
Mozart:Piano Concerto No.22 in E-Flat major, K.482 [3.Allegro]
ウィーン時代のコンチェルト
ウィーンでの売れっ子ピアニストとしての生活が始まると、モーツァルトはその需要に応えるために次々と協奏曲が生み出していきます。
第14番 K449:1784年2月9日完成
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第15番 K450:1784年3月15日完成
第16番 K451:1784年3月22日完成
第17番 K453:1784年4月12日完成
第18番 K456:1784年9月30日完成
第19番 K459:1784年12月11日完成
いわゆる売れっ子ピアニストであるモーツァルトのための作品群です。
1784年はモーツァルトの人気が絶頂にあった年で、予約演奏会の会員は174人に上り、大小取りまぜて様々な演奏会に引っ張りだこだった年となります。そして、そのような需要に応えるために次から次へとピアノ協奏曲が作曲されていきました。また、このような状況はモーツァルトの中にプロの音楽家としての意識が芽生えさせたようで、彼はこの年からしっかりと自作品目録をつけるようになりました。おかげで、これ以後の作品については完成した日付が確定できるようになりました。
なお、この6作品はモーツァルトが「大協奏曲」と名付けたために「六大協奏曲」と呼ばれることがあります。
しかし、モーツァルト自身は第14番のコンチェルトとそれ以後の5作品とをはっきり区別をつけていました。それは、14番の協奏曲はバルバラという女性のために書かれたアマチュア向けの作品であるのに対して、それ以後の作品ははっきりとプロのため作品として書かれているからです。
つまり、この14番も含めてそれ以前の作品にはアマとプロの境目が判然としないザルツブルグの社交界の雰囲気を前提としているのに対して、15番以降の作品はプロがその腕を披露し、その名人芸に拍手喝采するウィーンの社交界の雰囲気がはっきりと反映しているのです。
ですから、15番以降の作品にはアマチュアの弾き手に対する配慮は姿を消します。
そうでありながら、これらの作品群に対する評価は高くありませんでした。
この後に来る作品群の評価があまりにも高いが故にその陰に隠れてしまっているという側面もありますが、当時のウィーンの社交界の雰囲気に迎合しすぎた底の浅い作品という見方もされてきたからです。しかし、最近はそのような見方が19世紀のロマン派好みのバイアスがかかりすぎた見方だとして次第に是正がされてきているように見えます。
オーケストラの響きが質量ともに拡張され、それを背景にピアノが華麗に明るく、また時には陰影に満ちた表情を見せる音楽は決して悪くはありません。
そして、これに続くのが第20番から25番までの6作品です。
第20番 K466:1785年2月10日完成
第21番 K467:1785年3月9日完成
第22番 K482:1785年12月16日完成
第23番 K488:1786年3月2日完成
第24番 K491:1786年3月24日完成
第25番 K503:1786年12月4日完成
ここには断絶があります。
9番「ジュノーム」で一瞬顔をのぞかせた「断絶」がはっきりと姿を現し、それが拡大していきます。そして、その拡大は24番のハ短調のコンチェルトで行き着くところまで行き着きます。そして、このような断絶が当時の軽佻浮薄なウィーンの聴衆に受け入れられずモーツァルトの人生は転落していったのだと解説されてきました。
しかし、事実は少し違うようです。
たとえば、有名なニ短調の協奏曲が初演された演奏会には、たまたまウィーンを訪れていた父のレオポルドも参加しています。そして娘のナンネルにその演奏会がいかに素晴らしく成功したものだったかを手紙で伝えています。そして、これに続く21番のハ長調協奏曲が初演された演奏会でも客は大入り満員であり、その一夜で普通の人の一年分の年収に当たるお金を稼ぎ出していることもレオポルドは手紙の中に驚きを持ってしたためています。
そして、この状況は1786年においても大きな違いはないようなのです。ですから、ニ短調協奏曲以後の世界にウィーンの聴衆がついてこれなかったというのは事実に照らしてみれば少し異なるといわざるをえません。
ただし、作品の方は14番から19番の世界とはがらりと変わります。
それは、おそらくは23番、25番というおそらくは85年に着手されたと思われる作品でも、それがこの時代に完成されることによって前者の作品群とはがらりと風貌を異にしていることでも分かります。それが、この時代に着手されこの時代に完成された作品であるならば、その違いは一目瞭然です。
とりわけ24番のハ短調協奏曲は第1楽章の主題は12音のすべてがつかわれているという異形のスタイルであり、「12音技法の先駆け」といわれるほどの前衛性を持っています。また、第3楽章の巨大な変奏曲形式もきくものの心に深く刻み込まれる偉大さを持っています。
それ以外にも、一瞬地獄のそこをのぞき込むようなニ短調協奏曲の出だしのシンコペーションといい、21番のハ長調協奏曲第2楽章の天国的な美しさといい、どれをとっても他に比べるもののない独自性を誇っています。
これ以後、ベートーベンを初めとして多くの作曲家がこのジャンルの作品に挑戦をしてきますが、本質的な部分においてこのモーツァルトの作品をこえていないようにさえ見えるのです。
そして、この後にどのグループにも属さない孤独な2作品が残るのです。
カザルスの歌うモーツァルト
指揮者カザルスの美質は何だろうと考えたときに、真っ先に思い浮かぶのは「歌う」事でしょう。ただし、その「歌」は流麗に流れていく心地よさとは無縁で、どこかその「歌」に命かけていますみたいな、そこに全体重がかかっているような「歌」なのです。
そう言えば、カザルスは何でもない「経過句」のようなワンセンテンスであっても、それを歌うことをオケに要求したと伝えられています。
カザルスにとって音楽に「経過句」なんてものは存在しなかったのです。
ですから、とりわけ彼の手になるモーツァルトは、ロマン派が好んだモーツァルトの姿を誰よりもロマン派風に描き出しているように聞こえます。
例えば、モーツァルトの青春の感傷が溢れている協奏交響曲の第2楽章なんかを聞けば、まさにカザルスとと言う巨人の全体重がかかったような歌い回しなのです。手垢にまみれたという言葉でさえも憚られるほどの「アイネ・クライ」にしても、第2楽章のロマンツェは今まで聞いたことがないような思いにとらわれます。
こういう音楽を聞いてそう言う思いにとらわれるというのは、それだけで値打ちがあります。(何だ、この指示代名詞だらけの文は^^;)
また、カザルスはプラド音楽祭では多くのピアニストとモーツァルトのコンチェルトを演奏しています。
長年の盟友でもあったホルショフスキーは言うまでもなく、ルドルフ・ゼルキン(生まれはボヘミアだが)やユージン・イストミン等のアメリカ勢、そしてイヴォンヌ・ルフェビュールやクララ・ハスキルというヨーロッパの女流ピアニスト等々です。そこでの、一番の聞き所は言うまでもなく歌う(嘆く?)第2楽章の重さでしょう。ライブ録音ですから、至るところから指揮者カザルスのうなり声は聞こえてくるは、そして、そう言うカザルスに触発されてピアノも心の底から歌っています。
もちろん、これを「重い」と思わぬわけではありませんが、ハイドンの時に感じたほどの違和感はありません。その辺りに、ハイドンとモーツァルトを分かつ何ものかがあるのかもしれません。
この演奏を評価してください。
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