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フォーレ:ヴァイオリンソナタ第1番 イ長調 作品13

(vn)クリスチャン・フェラス (P)ピエール・バルビゼ 1957年5月15日~19日

Faure:Violin Sonata No.1 in A major, Op.13 [1.Allegro molto]

Faure:Violin Sonata No.1 in A major, Op.13 [2.Andante]

Faure:Violin Sonata No.1 in A major, Op.13 [3.Allegro vivo]

Faure:Violin Sonata No.1 in A major, Op.13 [4.Allegro quasi presto]


フランス室内楽の嚆矢

フォーレが音楽家としてのスタートを切った時代のパリでは、音楽と言えば「オペラ」でした。今でこそフランス音楽において「室内楽」というジャンルは大きな地位を占めていますが、19世紀の中葉においては、室内楽などというものはアマチュア音楽家が内輪の集まりで演奏されるもの、と言うのが一般的な認識でした。ですから、プロの音楽家が目指すべきものはオペラの作曲であり、室内楽などというものには誰も見向きもしなかったのです。ですから、酔狂にも、そう言うアマチュア演奏家のために供給される室内楽作品は過去の名品を下敷きにした陳腐で保守的な音楽ばかりでした。

ですから、まさにその様な時期に、若きフォーレがこのようなヴァイオリンソナタを発表したというのは音楽史的に見れば画期的な出来事だったのです。
まさにこの作品をきっかけとして、次々と魅力的なフランスの室内楽作品が生み出されていきます。そして、音楽史的に見れば、あのブラームスのヴァイオリンソナ第1番と較べても3年先んじていますし(フォーレ:1876年・ブラームス:1879年)、この10年後にして漸くフランクのヴァイオリンソナタ(1886年)が生まれるのです。
そう言う意味において、この作品こそがフランス室内楽の嚆矢と言っても言い過ぎではないのです。

しかしながら、晩年のフォーレがこの時のことを回想して次のように語っていました。

「本当のことをいうと、1870年以前には、私はソナタや四重奏曲を書きたいとは思っていなかった。当時は、若い作曲家の作品が演奏される場などなかったからだ。」
オレは本当は、そんな事はやりたくなかったんだ・・・というわけです。

しかしながら、本当はやりたくなっかたしごとに取り組むきっかけを与えたのはサン・サーンスでした。それは、サン・サーンスが871年に国民音楽協会を設立し、若手のフランス人作曲家の作品を世に知らしめようとの努力をはじめたからです。
フォーレもそのサン・サーンスの呼びかけに応えて、このヴァイオリンソナタの作曲に着手することになったのです。
作曲はこの時期に知り合ったヴァイオリニスト、ユベール・レオナールの協力も得られたことで順調に進んだようです。とりわけ、レオナールからは演奏上の問題をレクチャーしてもらえたことが大きな助けとなったようです。

実際、その様にして仕上がったヴァイオリンソナタは、今までの古いヴァイオリンソナタとは全く異なる魅力を持った美しい音楽に仕上がっています。そして、その美しさは初演の時にも素直に受け入れられて大成功を収めます。

この日の様子をサン=サーンスは後日次のように記していたそうです。

「ここ数年間のフランスとドイツにおいて発表された音楽の中に、あれほど優れており、またあれ以上の魅力を持つ作品はない。」

音楽の基本的な構造は古典的と言えるほどの明晰さを持ちながら、音楽が持つ手触りはベートーベンのソナタとは全く異なります。このふんわりとした光と影が交錯するような手触りをもった音楽は今までには存在しないものでした。何ともいい加減で、都合のいい表現を許してもらえるならば、それは明らかに「フランス的」な軽さに満ちた音楽だったのです。
それでいながら、フィナーレに向けて高揚していく感触は、何処までいっても確かな手応えが感じにくいこの後の時代のフランス音楽達とも何処か違います。
淡い光と影の交錯だけで終わらないところが、この作品の魅力だとも言えます。

それにしても、全く先行するもののない世界において、いきなりこのような作品を生み出してしまったところにフォーレの凄みを感じてしまいます。


フェラス24歳の自画像のような音楽

1982年の9月14日に自宅アパートの10階から投身自殺して一人のヴァイオリニストが亡くなってから30年以上の時間が経過しました。このヴァイオリニストのことを今も覚えている人はどれほどいるでしょうか?
もしかしたら、クリスチャン・フェラスという名前を出されても、それって誰?と言う人も少なくないのではないでしょうか。

若くして才能を発揮し、幼少期にはカペーやエネスコに学び、わずか10歳にしてポール・パレーの指揮するパドルー管弦楽団と共演して演奏家デビューを果たします。そして、その後優勝したスヘフェニンヘン国際コンクールにおいてメニューインの知遇を得、さらには1位なしの2位だったロン=ティボー国際コンクールで、室内楽における生涯のパートナーとなるピアニスト、ピエール・バルビゼと知り合います。
こうしてみると、彼の若い時代は、その才能に見合うように、幸運は常に微笑みかけてくれていました。

しかし、その幸運は、フェラスにとってはあくまでも表面的なものでしかなかったことが、この57年に録音されたフランクとフォーレのヴァイオリンソナタを聴けば気づかされます。
とりわけ、このフランクのソナタは、世の一般的な演奏と較べるとかなり雰囲気が異なります。

私はこの曲を聞くと、匂い立つような貴婦人が風に吹かれて浜辺に立っている姿がイメージされます。それが普通です。
ところが、このフェラスとバルビエの演奏からは、何処を探してもその様な貴婦人の姿は浮かび上がってきません。見えてくるのは、神経質で青白い顔をした青年の姿です。

フェラスの演奏で聞くと、何故か、あちこちで音楽が不安定になる場面に出会います。それは厳密に言えば、音程がいささか不安定になっているのでしょうが、言うまでもなく、その様な不安定さはフェラスの技巧上の問題に起因するはずがありません。この才能溢れる若きヴァイオリニストが、技巧上の問題で音程を外すなどと言うことはあり得ないのです。
明らかに、この不安定さは意図されたものです。

おそらく、この演奏はフェラスの心に映った音楽であり、それは徹底的に主観的な音楽になっています。ですから、フランクの音楽の中にフェラスが不安や疑問や躊躇いを感じたならば、それに呼応するように音楽もまた不安で躊躇いを含んだものになっていくのです。
そして、その事は、フランクほどではないにしても、フォーレのソナタに置いても事情はそれほど変わることはありません。

結果として、この二つのソナタはまるで24歳のフェラスの自画像のような音楽になっています。
そして、それ故に、一般的な意味での名演・名盤としてチョイスはされないのでしょうが、私個人としてはとても魅力的な演奏でした。

いわゆる、オンリー・ワンとしての魅力が溢れています。

そして、そのような特異な表現が恣意的なものに陥っていないのは、バルビエのピアノが「枠」を作っているからです。
いや、それは「枠」と言うよりは「舞台」といった方がいいのかもしれません。

誰もが納得できる舞台を作っておけば、後はそこでフェラスが泣こうが喚こうが、それはそれで一つのお芝居としての説得力を失うことはありません。
それにしても、バルビエというピアニストの名前は記憶の片隅にほんの少しだけ存在するだけだったのですが、その作り出す音楽の厳格にして立派なことには驚かされました。

そう言えば、フェラスが飛び降り自殺をする前の、最後の演奏会でのパートナーもまたバルビエでした。この悲しき青年の人生において、本当の意味での幸運は、このバルビエとの出会いだったのかもしれません。

この演奏を評価してください。

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2016-03-05:emanon





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