クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~



AmazonでCDをさがすAmazonでジュリーニのCDをさがす
Home|ジュリーニ|シューマン:交響曲第3番 変ホ長調 「ライン」 作品97

シューマン:交響曲第3番 変ホ長調 「ライン」 作品97

ジュリーニ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1958年6月3~4日録音

Schumann:Symphony No.3 in E-flat, Op.97, "Rheinische" [1.Lebhaft]

Schumann:Symphony No.3 in E-flat, Op.97, "Rheinische" [2.Scherzo]

Schumann:Symphony No.3 in E-flat, Op.97, "Rheinische" [3.Nicht schnell]

Schumann:Symphony No.3 in E-flat, Op.97, "Rheinische" [4.Feierlich]

Schumann:Symphony No.3 in E-flat, Op.97, "Rheinische" [5.Lebhaft]


Youtubeチャンネル登録

古い録音が中心ですがYoutubeでも毎日アップしていますので、是非チャンネル登録してください。
チャンネル登録って何ですか?

祝典的な雰囲気にあふれた作品です

番号は3番ですが、作曲されたのは4曲の交響曲の中では一番最後に作曲されました。

1850年にシューマンはデュッセルドルフ市の音楽監督に就任し、ドレスデンからライン河畔にあるデュッセルドルフに居を移します。これを契機に作曲されたのがこの第3番の交響曲であるために一般に「ライン交響曲」と呼ばれますが、これはシューマン自身が与えた標題ではありません。
ただ、この作品に漂う民族的な舞曲を思わせる雰囲気がライン地方の雰囲気を彷彿させるという話もあるので(ユング君はその「ライン地方の雰囲気」と言うのがどういうものなのかは分からないのですが・・・)、それほど的はずれの標題ではないようです。

どこか内へ内へ沈み込んでいくようなシューマンの交響曲の中で、この第3番のシンフォニーだけは華やかさをふりまいてくれます。とりわけ最終楽章に響くファンファーレは祝祭的な雰囲気を盛り上げてくれます。それから、この前に置かれている第4楽章は全体の構成から見てみると、「間奏曲」のようなポジションにあることは明らかですが、実際に聞いてみるとこの楽章が一番充実した音楽のように思えます。最後に弦のトレモロにのって第1主題が壮麗な姿で復帰してくるところなどはゾクゾクしてしまいます。

こういう形式はベートーベンが確立した交響曲のお約束からは外れていることは明らかです。ベートーベンの交響曲の継承者はブラームスと言うことになっていて、その間に位置するシューマンは谷間の花みたいな扱いを受けているのですが、こういう作品を聞いてみると、確かに方向性が違うことが納得されます。


フィルハーモニア時代にジュリーニが求めたもの

ブラームスの1番では、そのあまりの遅いテンポに腰が砕けそうになったのですが、どうやらあれは特別だったようで、その後ジュリーニのフィルハーモニア時代の録音をまとめて聞いてみると、あんな「変態的な(失礼^^;)」テンポは他では見あたりませんでした。
全体としてはじっくりと腰を下ろしたと言えるくらいのテンポで、実に堂々とした、そして見通しのよい、よく歌う音楽というのがファースト・インプレッションです。
そして、そんな言い方をすると、なるほどジュリーニはイタリア人の指揮者だからね・・・でけりがついてしまうのですが、しかし、詳しく彼の経歴を見てみると、確かにイタリア人ではあるのですが、少年時代を過ごしたのはドイツ語圏に属する北イタリアなのです。結果として、彼は母国語であるイタリア語だけでなく、ネイティブなドイツ語を完璧に話すことが出来た人でもあったのです。

言葉がその人の有り様に大きな作用を及ぼすことは言うまでもありません。
私たちが日本語を母国語とする限り、論理においても感性においても日本的なものから逃れることは出来ません。同じように、ドイツ語が母国語であるイタリア人という立ち位置は、ジュリーニの全てに大きな影響を及ぼしたはずです。
例えば、彼の演奏を聴くと、その中に何か分裂症的な化け物が顔を出すような雰囲気を感じるときがよくあります。その背景に、このドイツ的なものとイタリア的なものが共存していた彼の生い立ちに求めるのは安直に過ぎることはよく分かっているのですが、それでも幾ばくかの影響があったことも否定できないでしょう。

それにしても、フィルハーモニア時代のジュリーニは本当につかみ所のない指揮者です。
見通しの良いがっしりとした大きさを感じさせるときもあれば、ひたすら横へと流れていく歌で全曲を覆っているようなときもあります。

そして、その歌が重視されているときは、これが本当にジュリーニなんだろうか?・・・と思うほどの軽さに驚かされます。その最たるものがチャイコフスキーの悲愴です。
デモーニッシュ的なものは欠片もなく、音楽はひたすら気持ちよく横へと流れていくばかりです。そして、その流れを「さらさら」とまで言えば言い過ぎでしょうが、それでもこれほど軽さを感じる悲愴は珍しいでしょう。

逆にシューマンの3番なんかは、まるでマーラーのような重さに驚かされます・・・って、これってもしかしたらマーラーの編曲版を使ってる?(調べてみたら、そのまんま、マーラーの編曲版を使っていることがわかりました)
頭から力一杯オケを鳴らして、その響きの分厚さはなかなかに聴き応えがあります。(荒っぽいという噂もありますが・・・^^;)

そして、ブラームスの1番のあの重々しい足取りがあるかと思えば、一転してこの上もなく正統派のスタイルで全曲を構成した2番の演奏なんかもあります。

そんなわけで、そう言うおかしな多様性の中にジュリーニの分裂症的な側面をかぎ取ってしまう私なのですが、見方によっては、己の音楽の立ち位置を探し求めるための「実験」だったとも考えられます。

そう言えば、ジュリーニという人は、大戦中に軍から脱走して地下に潜んでいたという経歴を持っています。見つかれば敵前逃亡で銃殺刑は免れない行動だったのですが、幸いにして潜んでいた屋根裏部屋は発見されることなく戦争を乗り切ります。
しかし、その経歴は戦後になると大きなメリットとなります。
名の通った指揮者は多かれ少なかれナチスとの関係が足を引っ張り、そう言う脛の傷がないジュリーニはサンタ・チェチーリア音楽院管弦楽団、後ローマ放送管弦楽団、ミラノ放送管弦楽団と順調にキャリアを積み上げ、1953年からはデ・サバタの死去に伴ってミラノ・スカラ座の音楽監督を務めることになります。
もちろん、そのキャリアを積み上げるだけの才能があったことは疑いないのですが、才能があるだけではのし上がっていくことが出来ないのがこの世界です。ですから、その才能に見合うだけのキャリアが次々に用意されると言うだけで、この世界では希有な幸運なのです。

しかし、彼の望みは歌劇場のシェフではなく、コンサートオーケストラの指揮者でした。
そして、そう言うジュリーニの望みと才能を見いだしたのがEMIの敏腕プロデューサーだったウォルター・レッグでした。

レッグの一番の手駒はカラヤンだったのですが、彼はベルリンフィルのシェフに収まったので、次の手駒としてクレンペラーを担ぎ出してきました。しかし、この男の狷介な性格と怪我の多さを考えればスペアの手駒がどうしても必要だったのです。そんな中で白羽の矢が立ったのがジュリーニです。

ジュリーニもまた念願だったコンサートオケの指揮活動が出来るということで、1956年にはさっさとスカラ座の音楽監督は辞めてしまい、レッグとのコンビでフィルハーモニア管と録音活動をはじめます。活動の軸を少しずつベルリンに移しつつあったものの、未だにカラヤンは金看板として頑張っていましたし、クレンペラーもレッグとのコンビで最晩年の大きな花を咲かせようとしている時期でした。
そんな中で、ジュリーニの立ち位置はかなり気楽なものだったことは間違いありません。

確かに、例えばブラームスの2番などを聞くと、やろうと思えば正統派のスタイルで実に立派な音楽を聴かせることは造作もないことだったことは感嘆に分かります。しかし、それでは、先頭を走るトップランナー達の後塵を拝し続けるだけです。

おそらく、ドイツ的なものとイタリア的なものが矛盾無く共存しているジュリーニという複雑な人間が納得できる音楽を探し出すことが、ジュリーニにとっては絶対に必要だったのでしょう。見方によっては分裂症的に見えるほどの多様さに満ちたフィルハーモニア時代の録音は、もしかしたらそう言う「ジュリーニ的」なものを探り続けた実験的な時代だったのかもしれません。

もしそうだとすれば、この時代の録音に後年のロス時代。シカゴ時代、そしてギリギリ最後にやってきたウィーン時代のジュリーニの原型が全てここに含まれているとも言えます。
そして、そんな悠長なことを許した50年代の素晴らしさを改めて実感させられるのです。(クラシック音楽の世界では黄金の50年代という言い方がされます。)もちろん、それを許したレッグも大したものです。
[関連ページ]


この演奏を評価してください。

  1. よくないねー!(≧ヘ≦)ムス~>>>1~2
  2. いまいちだね。( ̄ー ̄)ニヤリ>>>3~4
  3. まあ。こんなもんでしょう。ハイヨ ( ^ - ^")/>>>5~6
  4. なかなかいいですねo(*^^*)oわくわく>>>7~8
  5. 最高、これぞ歴史的名演(ξ^∇^ξ) ホホホホホホホホホ>>>9~10



2299 Rating: 4.9/10 (41 votes cast)

この演奏に対するご意見や感想をおよせください。

  1. 件名は変更しないでください。
  2. お寄せいただいたご意見や感想は基本的に紹介させていただきますが、管理人の判断で紹介しないときもありますのでご理解ください
名前*
メールアドレス
件名
メッセージ*
サイト内での紹介

 

よせられたコメント

2015-07-04:原 響平




【リスニングルームの更新履歴】

【最近の更新(10件)】



[2018-12-19]

ヘンデル:チェンバロ組曲 第5番 ホ長調 HWV430 「調子の良い鍛冶屋」
(Harpsichord)カール・リヒター 1954年3月録音

[2018-12-18]

ブルックナー:交響曲第9番 二短調(ノヴァーク版)
オイゲン・ヨッフム指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1964年12月録音

[2018-12-17]

Wilhelm Kempff Bach Recital(1953)
(P)ヴィルヘルム・ケンプ 1953年3月録音

[2018-12-16]

ラヴェル:歌劇「子供と魔法」
エルネスト・アンセルメ指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 ジュネーヴ・モテット合唱団(指揮/ジャック・オルネフェール) (S)シュザンヌ・ダンコ他 1954年10月録音

[2018-12-15]

チャイコフスキー:交響曲第6番 ロ短調 作品74 「悲愴」
ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮 北ドイツ放送交響楽団 1960年5月23日~24日録音

[2018-12-14]

ブラームス:歌曲集
(S)キルステン・フラグスタート (P)エドウィン・マッカーサー 1956年11月22日,23日,26日&27日録音

[2018-12-13]

ビゼー:カルメン組曲
エルネスト・アンセルメ指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1958年5月録音

[2018-12-12]

ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲 変ロ長調 op.56a
ヨーゼフ・クリップス指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1963年6月1日録音

[2018-12-11]

モーツァルト:ピアノ協奏曲第19番 ヘ長調 K.459
(P)クララ・ハスキル フリッチャイ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1955年9月21日~22日録音

[2018-12-10]

モーツァルト:歌劇「魔笛」序曲 K.620
カレル・アンチェル指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 1960年6録音

[2018-12-10]

ワーグナー:「神々の黄昏」より「夜明け」と「ジークフリートのラインへの旅」
ルドルフ・ケンペ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団 1956年11月30日&12月5日録音

[2018-12-09]

ビゼー:交響曲 ハ長調
エルネスト・アンセルメ指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1960年10月録音

[2018-12-08]

ワーグナー:「タンホイザー」序曲&第1幕より「バッカナール」「ヴェヌスベルクの音楽」
ルドルフ・ケンペ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団 1956年11月30日&12月5日録音

[2018-12-07]

コダーイ:「ハンガリー詩篇」Op.13 (Sung in English)
ゲオルク・ショルティ指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 ロンドン・フィルハーモニー合唱団 (T)ウィリアム・マクアルパイン 1954年4月~5月録音

[2018-12-06]

ヘンデル:シャコンヌ ト長調, HWV 435
(Harpsichord)カール・リヒター 1954年3月録音