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ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」

ジョージ・セル指揮 チェコ・フィル1937年10月30日録音



Dvorak:交響曲第9番「新世界より」「第1楽章」

Dvorak:交響曲第9番「新世界より」「第2楽章」

Dvorak:交響曲第9番「新世界より」「第3楽章」

Dvorak:交響曲第9番「新世界より」「第4楽章」


望郷の歌

ドヴォルザークが、ニューヨーク国民音楽院院長としてアメリカ滞在中に作曲した作品で、「新世界より」の副題がドヴォルザーク自身によって添えられています。

ドヴォルザークがニューヨークに招かれる経緯についてはどこかで書いたつもりになっていたのですが、どうやら一度もふれていなかったようです。ただし、あまりにも有名な話なので今さら繰り返す必要はないでしょう。
しかし、次のように書いた部分に関しては、もう少し補足しておいた方が親切かもしれません。

この作品はその副題が示すように、新世界、つまりアメリカから彼のふるさとであるボヘミアにあてて書かれた「望郷の歌」です。

この作品についてドヴォルザークは次のように語っています。
「もしアメリカを訪ねなかったとしたら、こうした作品は書けなかっただろう。」
「この曲はボヘミアの郷愁を歌った音楽であると同時にアメリカの息吹に触れることによってのみ生まれた作品である」


この「新世界より」はアメリカ時代のドヴォルザークの最初の大作です。それ故に、そこにはカルチャー・ショックとも言うべき彼のアメリカ体験が様々な形で盛り込まれているが故に「もしアメリカを訪ねなかったとしたら、こうした作品は書けなかっただろう」という言葉につながっているのです。

それでは、その「アメリカ体験」とはどのようなものだったでしょうか。
まず最初に指摘されるのは、人種差別のない音楽院であったが故に自然と接することが出来た黒人やアメリカ・インディオたちの音楽との出会いです。

とりわけ、若い黒人作曲家であったハリー・サンカー・バーリとの出会いは彼に黒人音楽の本質を伝えるものでした。
ですから、そう言う新しい音楽に出会うことで、そう言う「新しい要素」を盛り込んだ音楽を書いてみようと思い立つのは自然なことだったのです。

しかし、そう言う「新しい要素」をそのまま引用という形で音楽の中に取り込むという「安易」な選択はしなかったことは当然のことでした。それは、彼の後に続くバルトークやコダーイが民謡の採取に力を注ぎながら、その採取した「民謡」を生の形では使わなかったののと同じ事です。

ドヴォルザークもまた新しく接した黒人やアメリカ・インディオの音楽から学び取ったのは、彼ら独特の「音楽語法」でした。
その「音楽語法」の一番分かりやすい例が、「家路」と題されることもある第2楽章の5音(ペンタトニック)音階です。

もっとも、この音階は日本人にとってはきわめて自然な音階なので「新しさ」よりは「懐かしさ」を感じてしまい、それ故にこの作品が日本人に受け入れられる要因にもなっているのですが、ヨーロッパの人であるドヴォルザークにとってはまさに新鮮な「アメリカ的語法」だったのです。
とは言え、調べてみると、スコットランドやボヘミアの民謡にはこの音階を使用しているものもあるので、全く「非ヨーロッパ的」なものではなかったようです。

しかし、それ以上にドヴォルザークを驚かしたのは大都市ニューヨークの巨大なエネルギーと近代文明の激しさでした。そして、それは驚きが戸惑いとなり、ボヘミアへの強い郷愁へとつながっていくのでした。
どれほど新しい「音楽的語法」であってもそれは何処まで行っても「手段」にしか過ぎません。
おそらく、この作品が多くの人に受け容れられる背景には、そう言うアメリカ体験の中でわき上がってきた驚きや戸惑い、そして故郷ボヘミアへの郷愁のようなものが、そう言う新しい音楽語法によって語られているからです。

「この曲はボヘミアの郷愁を歌った音楽であると同時にアメリカの息吹に触れることによってのみ生まれた作品である」という言葉に通りに、ボヘミア国民楽派としてのドヴォルザークとアメリカ的な語法が結びついて一体化したところにこの作品の一番の魅力があるのです。
ですから、この作品は全てがアメリカ的なもので固められているのではなくて、まるで遠い新世界から故郷ボヘミアを懐かしむような場面あるのです。

その典型的な例が、第3楽章のスケルツォのトリオの部分でしょう。それは明らかにボヘミアの冒頭音楽(レントラー)を思い出させます。
そして、そこまで明確なものではなくても、いわゆるボヘミア的な情念が作品全体に散りばめられているのを感じとることは容易です。

初演は1893年、ドヴォルザークのアメリカでの第一作として広範な注目を集め、アントン・ザイドル指揮のニューヨーク・フィルの演奏で空前の大成功を収めました。
多くのアメリカ人は、ヨーロッパの高名な作曲家であるドヴォルザークがどのような作品を発表してくれるのか多大なる興味を持って待ちかまえていました。そして、演奏された音楽は彼の期待を大きく上回るものだったのです。

それは、アメリカが期待していたアメリカの国民主義的な音楽であるだけでなく、彼らにとっては新鮮で耳新しく感じられたボヘミア的な要素がさらに大きな喜びを与えたのです。
そして、この成功は彼を音楽院の院長として招いたサーバー夫人の面目をも施すものとなり、2年契約だったアメリカ生活をさらに延長させる事につながっていくのでした。


若き日のセル バランスのセルと言われていたそうです・・・(^^)

セルの棒でドヴォルザークの交響曲を聴くと、実に立派なもので惚れ惚れしてしまいます。その思いは、このチェコフィルと組んで録音した若き日の録音でも変わりません。
 いわゆる民族性を前面に押し出したような演奏とは対極にあるものですが、しかしこれを客観的な演奏と言うにはためらいを覚えます。
 というのは、そもそもドヴォルザークの音楽というのは「こんなに立派だったのだろうか・・・・?」という疑問を払拭しきれないからです。
 それでも、長年にわたって私はセルの録音でドヴォルザークを聞くことが好きでしたし、実際いろんな場面で彼の録音を聞いてきました。

 しかし、近ごろ、その座をテンシュテットに奪われかけています。(もちろん、ライブ録音のほうです)

 私はドヴォルザークには、その美しいメロディの背後に言いしれぬ「暗さ」みたいなものを感じていました。ある方はそれを「果たされなかった思い」と表現していましたが、とにかく言いしれぬ「暗さ」を常に感じていました。
 テンシュテットの演奏は、何となく感じていた「暗さ」をイヤと言うほど私の前に呈示してくれました。第2楽章は果てしなく下へ下へと引きずり込んでいってくれて、「やっぱり、ドヴォルザークは仮面の下にこんな素顔を忍ばせていたんだ」と納得させてくれます。

 でも、考えてみれば、セルが示してくれる立派な交響的構築も、テンシュテットの情念の爆発も、共に彼らの主観的解釈の賜物だということに気づかされます。客観的解釈等というものは言葉としても矛盾していますし、あるはずのないものです。(その、あるはずのないものが大手を振ってまかり通っている不思議!!)
 大事なのは、その主観にどれだけ説得力があり、その思いをどれだけ素晴らしい技術によって「形」にしてくれているかという事です。
 そう思えば、「ドヴォルザークってこんなに立派だったのかな・・・?」等と問うことは愚かなことだと悟らされます。

 それにしても、37年のこの録音を聞くと、セルという人は死ぬまで、全く同じスタンスでドヴォルザークを解釈し続けたんだなと変なところで感心させられます。それほど、後のクリーブランドとのスタジオ録音と比べても遜色がないほどに立派なドヴォルザークを呈示してくれています。大したものです。

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