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ベートーベン:交響曲第8番 ヘ長調 作品93

アンセルメ指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1963年11月録音

Beethoven:Symphony No.8 in F major Op.93 [1st movement]

Beethoven:Symphony No.8 in F major Op.93 [2nd movement]

Beethoven:Symphony No.8 in F major Op.93 [3rd movement]

Beethoven:Symphony No.8 in F major Op.93 [4th movement]




谷間に咲く花、なんて言わないでください。

初期の1番・2番をのぞけば、もっとも影が薄いのがこの8番の交響曲です。どうも大曲にはさまれると分が悪いようで、4番の交響曲にもにたようなことがいえます。

 しかし、4番の方は、カルロス・クライバーによるすばらしい演奏によって、その真価が多くの人に知られるようになりました。それだけが原因とは思いませんが、最近ではけっこうな人気曲になっています。

 たしかに、第一楽章の瞑想的な序奏部分から、第1主題が一気にはじけ出すところなど、もっと早くから人気が出ても不思議でない華やかな要素をもっています。

 それに比べると、8番は地味なだけにますます影の薄さが目立ちます。

 おまけに、交響曲の世界で8番という数字は、大曲、人気曲が多い数字です。

 マーラーの8番は「千人の交響曲」というとんでもない大編成の曲です。
 ブルックナーの8番についてはなんの説明もいりません。
 シューベルトやドヴォルザークの8番は、ともに大変な人気曲です。

 8番という数字は野球にたとえれば、3番、4番バッターに匹敵するようなスター選手が並んでいます。そんな中で、ベートーベンの8番はその番号通りの8番バッターです。これで守備位置がライトだったら最低です。

 しかし、ユング君の見るところ、彼は「8番、ライト」ではなく、守備の要であるショートかセカンドを守っているようです。
 確かに、野球チーム「ベートーベン」を代表するスター選手ではありませんが、玄人をうならせる渋いプレーを確実にこなす「いぶし銀」の選手であることは間違いありません。

 急に話がシビアになりますが、この作品の真価は、リズム動機による交響曲の構築という命題に対する、もう一つの解答だと言う点にあります。
 もちろん、第1の解答は7番の交響曲ですが、この8番もそれに劣らぬすばらしい解答となっています。ただし、7番がこの上もなく華やかな解答だったのに対して、8番は分かる人にしか分からないと言う玄人好みの作品になっているところに、両者の違いがあります。

 そして、「スター指揮者」と呼ばれるような人よりは、いわゆる「玄人好みの指揮者」の方が、この曲ですばらしい演奏を聞かせてくれると言うのも興味深い事実です。
 そして、そう言う人の演奏でこの8番を聞くと、決してこの曲が「小粋でしゃれた交響曲」などではなく、疑いもなく後期のベートーベンを代表する堂々たるシンフォニーであることに気づかせてくれます。

フランス的な実験精神にあふれた演奏


アンセルメ&スイス・ロマンド管弦楽団によるベートーベンの交響曲全集というのは実に微妙な存在です。調べてみると、録音は1958年から1963年にかけて録音されていますが、集中的に録音されたのは58年から60年にかけてです。そして、最後に落ち穂拾いのように1番と8番が63年に録音されて全集として完成させています。

ベートーベン:交響曲第1番 ハ長調 作品21
アンセルメス指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1963年11月録音

ベートーベン:交響曲第2番 ニ長調 作品36
アンセルメス指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1960年1月録音

ベートーベン:交響曲第3番 変ホ長調 「エロイカ(英雄)」 作品55
アンセルメス指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1960年4月録音

ベートーベン:交響曲第4番 変ロ長調 作品60
アンセルメス指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1958年4月録音

ベートーベン:交響曲第5番 ハ短調 「運命」 作品67
アンセルメス指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1958年5月録音

ベートーベン:交響曲第6番 ヘ長調「田園」 作品68
アンセルメス指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1959年10月録音

ベートーベン:交響曲第7番イ長調 作品92
アンセルメス指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1960年1月録音

ベートーベン:交響曲第8番 ヘ長調 作品93
アンセルメス指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1963年11月

ベートーベン:交響曲第9番 ニ短調 「合唱付き」 作品125
アンセルメス指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1959年4月

ベートーベンの交響曲の録音史を振り返ってみれば、この時代は後世に名を残すような優れた「お仕事」が目白押しです。
クレンペラー&フィルハーモニア管(1957年?1961年録音)、シューリヒト&パリ音楽院管弦楽団(1957年?1958年録音)、クリュイタンス&ベルリンフィル(1957?1960年録音)、コンヴィチュニー&ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(1959?1961年録音)等々です。さらには60年代にはいるとカラヤンがベルリンフィルを使って2度目の全集の録音を始めますし、海の向こうのアメリカではセル&クリーブランドの録音も始まっています。1961年にはレイボヴィッツ&ロイヤル・フィルによる「新しすぎる」録音も登場しています。
そう言う猛者の中にこの録音が放り込まれてしまうと、例えばクリップス&ロンドン交響楽団(1960年録音)の全集と同じように、実に影の薄い存在となってしまっています。さらに言えば、この録音はスイス・ロマンド感の特徴(弱点?)である薄い弦の響きの上にへんてこな管楽器の音が飛び跳ねていて、「ト盤(とんでもない演奏が刻み込まれた素敵なCDのこと)」の代表みたいな言い方がされたりもします。

しかし、実際に聞いてみると、一部の評論家が口を極めて馬鹿にするほどには酷い演奏だとは思えません。
例えば、第6番「田園」などは弦楽器の響きの薄さが決してマイナスになっていません。それどころか、いわゆるドイツ的な重厚な響きからは感じ取れなかったさわやかさに満ちあふれた「田園」になってます。さらさらとした弦楽器の響きは木の間隠れにもれてくる日の光のようですし、その日の光の中で管楽器自由に飛び跳ねる光景は聞くものの心をときほぐしてくれます。

そして、彼がやりたかったベートーベンの姿が一番はっきりと聞き取れるのは3番「エロイカ」の第1楽章でしょう。
このエロイカの第1楽章といえば、南の極にフルトヴェングラー、北の極にトスカニーニがいます。アンセルメは明らかにトスカニーニ側の人で、「エロイカといえどもただのアレグロ・コンブリオにすぎない」と言ったトスカニーニの言葉を彼なりの手法で実践しています。
ここには、フルトヴェングラー的な思い入れは一切ありません。かと言ってトスカニーニの力業もなく、明らかに後年のピリオド演奏につながっていくようなさらに突き抜けた即物的解釈が貫かれています。その意味では、レイボヴィッツ&ロイヤル・フィルの演奏と目指すところは同じだったのかもしれません。

しかし、アンセルメはレイホヴィッツのように聞き手のことは無視して自分のやりたいことを押し通すほどには無慈悲な指揮者ではなかったようです。レイホヴィッツは基本的に作曲家だったのに対して、アンセルメは最後の最後まで劇場の人でした。どうしても、最後のところで聞き手へのサービス精神が出てしまっています。
その一つの典型が9番の演奏だったのかもしれません。

聞き始めると、何の思い入れもない第1楽章の出だしに驚かされます。まさにザッハリヒカイトの極みです。しかし、それが最後のところにくると結構音楽が熱くなってきたりします。
第2楽章でティンパニーが何とも言えない無機的な響きで腰が砕けそうになっても、続く第3楽章は実に美しいのです。
この「Adagio molto e cantabile」はちょっと他にはないような美しさに満ちています。カンタービレと指示されているのにおかしな言い方なのですが、リズム感がとてもいいのです。フルトヴェングラーのような停止一歩手前の音楽とは全く異なって音楽は気持ちよく流れていくのです。ただし、テンポを速めにしたからといってせわしなくなったり硬直したりもしません。その気持ちのよい流れは「リズム感がいい」としか言いようがありません。
そして、最終楽章も世間が言うほどにはヘンテコだとは思えません。即物に徹しながらも、結構あちこちでエンターテイメントな面も顔を見せる演奏です。

そして、一番驚かされるのが7番の最終楽章の「突撃」です。
計算上は「これでいい」と思ったテンポが現実にはとんでもないことになってしまったのでしょう。しかし、オケはヒイヒイ言ってまさに崩壊寸前(崩壊しているという説もありますが・・・^^;)なのですが、「まあ、これはこれで客は喜ぶか!!」みたいな本能がでて、そのとんでもない状態をさらにヒートアップして最後まで突っ走っていきます。

正統な(何を持って正統というのか・・・という当然すぎる突っ込みは取りあえず封印してくださいね)ベートーベン像とはかなりかけ離れた演奏ではありますが、フランス的な実験精神にあふれた面白さにはあふれていると思います。
一聴の価値有りです。

<追記>
今日、あらためて聴き直してみて、この演奏の素晴らしさに呻ってしまいました。もしかしたら、全9曲の中で、これが一番うまくいっているかもしれません。
これを聞けば、後の世のピリオド演奏なんて「二番煎じ」にすぎない・・・なんて言うと、「あの人はホントに古楽器演奏が嫌いなのね(^^;・・・困ったものね」なんて言われそうですが・・・。

<追記>
私の中で一番ピンとこなかったのが、そしてアンセルメらしい特徴があまり感じられなかったのが4番と5番でした。ただし、そういう感性は人それぞれですから、あまり余分なことを言うのはやめにしましょう。

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