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Home|ケンプ(Wilhelm Kempff)|モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K.595

モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K.595

(P)ケンプ フェルディナント・ライトナー指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1962年1月録音



Mozart:ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K.595 「第1楽章」

Mozart:ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K.595 「第2楽章」

Mozart:ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K.595 「第3楽章」


最後のピアノコンチェルト

モーツァルトはその生涯の最後にポツンと2つのピアノコンチェルトを残します。



この時代のモーツァルトは演奏会を行っても客が集まらず困窮の度合いを深めていくと言われてきました。しかし、これもまた最近の研究によると少しばかり事情が異なることが分かってきました。
たとえば、有名な39番?41番の3大交響曲も従来は演奏される当てもなく作曲されたと言われてきましたが、現在でははっきりとした資料は残っていないものの何らかの形で演奏されたのではないかと言われています。確かに、予約演奏会という形ではその名簿に名前を連ねてくれる人はいなくなったのですが、当時の演奏会記録を丹念に調べてみると、依然としてウィーンにおけるモーツァルトの人気は高かったことが伺えます。ですから、人気が絶頂にあった時代と比べれば収入は落ち込んだでしょうが、世間一般の常識とくべれば十分すぎるほどの収入があったことが最近になって分かってきました。
この時代にモーツァルトはフリーメイソンの盟友であるプフベルグ宛に泣きたくなるような借金の依頼を繰り返していますが、それは従来言われたような困窮の反映ではなく、生活のレベルを落とすことのできないモーツァルト一家の支出の多さの反映と見るべきもののようです。

ですから、26番の「戴冠式」と題された協奏曲もウィーンでだめならフランクフルトで一旗揚げてやろうという山っ気たっぷりの作品と見るべきもののようです。ですから、借金をしてまでフランクフルトで演奏会をおこなったのは悲壮な決意で乗り込んだと言うよりは、もう少し脂ぎった思惑があったと見る方が現実に近いのかもしれません。そして、己の将来を切り開くべく繰り出した作品なのですから、モーツァルトとしてもそれなりに自信のあった作品だと見ていいでしょう。ここでは、一度開ききった断絶が再び閉じようとしているように見えます。
しかし、残念ながらこの演奏会はモーツァルトが期待したような結果をもたらしてくれませんでした。そして、人気ピアニストとしてのモーツァルトの活動はこれを持って事実上終わりを告げます。ロマン派の音楽家ならば演奏されるあてがなくても己の感興の赴くままに作曲はするでしょうが、モーツァルトの場合はピアニストとしての活動が終わりを告げれば協奏曲が創作されなくなるのは理の当然です。ですから、この後にモーツァルトは再び交響曲に戻っていくことになり例の3大交響曲を残すことになるわけです。

そんなモーツァルトが死の1年前の1791年に突然一つのピアノ協奏曲を残します。K595の変ロ長調の協奏曲です。
作品はその年の1月に完成され、3月4日のクラリネット奏者ヨーゼフ・ベーアが主催する演奏会で演奏されました。そして、それがコンサートピアニストとしての最後の舞台となりました。
アインシュタインはこの作品について「この曲は・・・永遠への戸口に立っている。」「彼がその最後の言葉を述べたのはレクイエムにおいてではなく、この作品においてである。」と述べています。
しかし、これもまた最近の研究により、この作品の素材が1778年頃にほとんどできあがっていたことを示唆するようになり、アインシュタインの言葉はその根拠を失おうとしています。実際、この時代のモーツァルトは交響曲作家としてイギリスに渡る道があったにもかかわらずそれを断り、ドイツ語によるドイツオペラの創作という夢に向かって進み始めていたのです。ですから、アインシュタインのようなモーツァルト理解は幾分かは19世紀的バイアスがかかったものとしてみておく必要があるようです。
ただし、コンサートピアニストとしての活動が終わったことは自覚していたでしょうから、その意味ではこれは「訣別」の曲と言っても間違いないのかもしれません。しかし、はたしてアインシュタインが言ったように「人生への訣別」だったのかは議論の分かれるところでしょう。


考えをあらためた?

ケンプと言えば、まずはベートーベン、そしてシューベルト言うイメージがあって、彼のモーツァルトというのは今ひとつピンときませんでした。しかし、今回まとめて聴いてみて、実にいろいろなことを考えさせられて、面白い体験ができました。

まとめて聞いた録音は概ね以下の3グループに分かれます。

カール・ミュンヒンガー指揮 シュトゥットガルト室内管弦楽団&スイス・ロマンド管弦楽団管楽器グループ 1953年9月録音


  1. ピアノ協奏曲第15番 変ロ長調 K.450

  2. ピアノ協奏曲第9番 変ホ長調 K.271 「ジュノーム」



フェルディナント・ライトナー指揮 バンベルク交響楽団 1960年10月録音&ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1962年1月録音


  1. ピアノ協奏曲第23番 イ長調 K.488 1960

  2. ピアノ協奏曲第24番 ハ短調 K.491 1960

  3. ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K.595 1962

  4. ピアノ協奏曲第8番 ハ長調 K.246 「リュツォウ」




ベルンハルト・クレー指揮 バイエルン放送交響楽団 1977年5月録音


  1. ピアノ協奏曲第21番ハ長調 K.467

  2. ピアノ協奏曲第22番変ホ長調 K.482



ひと言で言えば、50年代の二つの録音は後のものと比べればかなり異形です。元気がいいと言えばそれまでなのですが、ミュンヒンガーの指揮するオケがかなりパキパキした感じで、後の時代のピリオド楽器による演奏を思わせるほどにとんがっています。ただし、録音の周波数特性を見てみると10KHzより上の帯域がかなり急激に減衰しているのでその分は差し引かないといけないのでしょうが、それにしてもかなりの尖りぶりです。
そして、それに呼応するケンプのピアノもかなり直線的でガンガン弾いている感じがこれまた後の時代と比べれば、まるで別人の手になるもののようです。

それと比べると、60年代にライトナーと組んで録音した4つの作品は、非常に常識的なモーツァルトに仕上がっています。(27番の変ロ長調のコンチェルトはいささか遅めのテンポでもたれ気味なのが少し残念です。)ただし、この「常識的」というのは「今の目」から見てそのように感じるのであって、それをもって50年代の録音を「非常識」と言うつもりはありません。
ただ、私がこの一連の録音を聞いて面白いと思ったのは、この違いがどこに起因しているのかと言うことを考えさせられたからです。
この変化は、どう考えても「円熟した」とか「深化した」というようなきれい事で片付けられるような変化ではないです。それは、明らかに「考え方をあらためた」と言わざるを得ないほどの変化です。

50年代の直線的な演奏は明らかに、モーツァルトのピアノ協奏曲をベートーベンの協奏曲につながっていく存在として再構築しています。ですから、そこでケンプは構築への意志を見せています。
しかし、60年代の演奏からはそのような構築への意志は消えてしまって、かわりにモーツァルトの作品に内包されている微妙な光と影の織りなす繊細な世界を表現しようとする姿がはっきりと感じ取れます。
この変化を、私は「円熟」や「深化」ではなく「考えをあらためた」と感じ取ったわけです。

おそらくこの変化の背景には1956年という年が大きな意味を持っていたんだと思います。

今でこそ、モーツァルトと言えばバッハやベートーベンと肩を並べる偉大な作曲家として認知されていますが、一昔前は子ども向けの可愛らしい音楽を書いた作曲家という評価が広く定着していました。もちろん、そんな評価に異を唱える人はいましたが、社会に広く定着してしまった評価を覆すまでには至りませんでした。
そして、そのようなモーツァルトへの評価が根本から覆されて彼に対する正当な評価が社会全体に浸透し定着したのは、1956年を中心として取り組まれた生誕200年を記念する様々な取り組みによってでした。
とりわけ、LPレコードの普及に伴って多くのレーベルがモーツァルトの作品を組織的かつ大規模に録音する事によって、多くの人がモーツァルトの音楽の全貌を始めて「実際の音」として聞くことができたのです。もちろん、スコアを見て深化が理解できる人もいるのでしょうが、普通の人々は現実の「音」ととして提示されなければ何も分かりません。
その事を思えば、戦後すぐの時期に数少ない音源だけを頼りに「モーツァルト」という評論をまとめた小林秀雄の慧眼には恐れ入ります。

言うまでもないことですが、ケンプほどの男がモーツァルトの音楽を「子ども向けの可愛らしい音楽」と考えていたはずがありません。言うまでもなく、そんな社会の評価に異議を唱える気概で53年に二つの作品を録音したのだと思います。そのベクトルは、「ベートーベンの協奏曲につながっていくほどの偉大な作品」だったわけです。これは間違いないと思います。
しかし、それを「勘違いの演奏」と決めてかかるのは誤りだと思います。
ベートーベン弾きであるケンプが、己の感性を信じてモーツァルトの音楽をの価値を読み込めばこういう演奏になったわけです。その真摯さは、異形であっても聞くものに深い感銘を与えます。

しかし、1956年を境目として起こった、言わば「モーツァルト革命」とも言うべき波の中で彼は考えをあらためたんだろうと思うのです。もしかしたら、50年代に入ってから演奏活動を再開したハスキルのモーツァルトを実際に聴いたのかもしれません。(まあ、これはもう妄想にしかすぎませんが・・・)
モーツァルトの音楽は決してベートーベンの偉大なる音楽の前段階に位置するものではなくて、まさにそれのみで他に変わるものない価値と魅力を持った音楽であることを認めたのだと思います。

音楽史の中では、モーツァルトとベートーベンはともに「古典派」という枠の中におさめられるのですが、この二人は全く異質な存在です。
ベートーベンの音楽は基本的に構築していきますが、モーツァルトの音楽の魅力は光と影が織りなす繊細さの中にこそあります。それは、彼の最期のシンフォニーとなったジュピターの最終楽章においても同様です。そして、こんな事は今では誰だってえらそうに講釈を垂れることができるのですが、それをリアルタイムの中で感じ取って自分の演奏に反映していくというのはそれほど容易いことではありません。しかし、ケンプはものの見事にそのような変身を遂げて見せたのです。

ライトナーと組んで録音した4つの協奏曲は、どれもが見事なまでの繊細さに貫かれています。
どの場面をとってもピアノは控えめに鳴らされ、その微妙な音色の変化の中でモーツァルトの中に明滅する光と影が表現されています。そして、ライトナーもそう言うケンプのピアノを決して邪魔することのないようにオケをコントロールしています。
それと比べると、77年に録音された2つの協奏曲はかなり素朴です。ただし、この「素朴」というのはかなり気を使った表現です。

53年の録音は50代の後半、60年代の録音は60代の後半、そして77年の録音は80を超えての録音です。
53年の録音には気概が感じられます。60年代の録音からは芸の限りを尽くした繊細さの極みが感じ取れます。そして、77年の録音からは「枯れた芸」を感じ取らないといけないのでしょうが、いつも言っているように私は年寄りの枯れた芸には否定的です。
もっとはっきりと言えば、60年代の演奏のように芸の限りを尽くす根気と集中力を失っていることは確かです。しかし、その反面、そう言う手練手管は放棄しながら押さえるべきツボは押さえた素朴な演奏というのが好きな人はいることは否定しません。

ただ、一つ気になるのは、60年代の演奏のようなローレベルでの微妙なニュアンスというのはオーディオ装置にとっては最も苦手とする領域です。オーディオにかなり力がないと再現できない部分であることは事実ですので、できれば早急にFLACファイルはアップしたいとは思っています。
MP3ではかなりきついかもしれません。

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2015-09-29:Sammy





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