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エリカ・モリーニ(Erika Morini)|タルティーニ:ヴァイオリンソナタ ト短調 「悪魔のトリル」
タルティーニ:ヴァイオリンソナタ ト短調 「悪魔のトリル」
(Vn)エリカ・モリーニ (P)レオン・ポンマー 1956年録音
Tartini:ヴァイオリンソナタ ト短調 「悪魔のトリル」 「第1楽章」
Tartini:ヴァイオリンソナタ ト短調 「悪魔のトリル」 「第2楽章」
Tartini:ヴァイオリンソナタ ト短調 「悪魔のトリル」 「第3楽章」
夢の中で悪魔が演奏していた・・・・とか

その夜、タルティーニは夢の中で悪魔がヴァイオリンを弾く夢を見ました。
ところが、その音楽のあまりの美しさに驚いて彼は飛び起きます。そして、夢の中で聞いた音楽を必死で書きとめてできあがったのがこの悪魔のトリルだと言われています。(正式には「ヴァイオリン・ソナタ ト短調」です。)
夢の中で悪魔が弾いていたのは曲の最後の方に出てくる超難度の連続したトリル(楽譜を見ると真っ黒!!)だと言われていますが、真偽のほどはクエスチョンです。
清冽な響き
エリカ・モリーニというヴァイオリニストは残念ながら私の視野には全く入っていなかったヴァイオリニストでした。
唯一、ジョージ・セルと協演したモーツァルトのヴァイオリン協奏曲が記憶に残っているくらいでした。しかしながら、その録音も手兵のクリーブランド管ではなくて1959年のザルツブルグ音楽祭にまねかれてフランス国立放送管弦楽団を客演したときの録音だったので、ほとんど何の印象も残っていませんでした。
しかし、ジョコンダ・デ・ヴィートの録音をまとめて聴いているうちに、もう一人のブラームス弾きとしてエリカ・モリーニの名前と出会ってしまったのです。
20世紀の初頭にオーストリアに生まれたモリーニは14才にしてベルリン・フィルやゲヴァントハウス管弦楽団と共演して衝撃的なデビューをはたしたそうです。(知らなかった^^:)父はヨアヒムの系列をくむヴァイオリニストであり、彼女もまたウィーンでヴァイオリンの教育を受けたので、まさに生粋のウィーンが生んだヴァイオリニストでした。
しかし、1938年にナチスの迫害を逃れてアメリカに渡り、その後はニューヨークを拠点として音楽活動を続けることになります。
これだけ読むと、彼女もまたヨーロッパの動乱の中で人生を大きく変えられた音楽家の一人かと言うことになるのですが、今回彼女のことを調べてみて、そんな簡単なひと言でくくれるような女性ではなかったことを知らされました。
それは、とてつもなく強情な女性なのです。(ある意味、エリカ様!!)
もう少し肯定的に表現すれば己を失わない強さに貫かれているのです。
20世紀前半のヨーロッパの音楽家というのは「何でも演奏させていただきます」というような腰の低さとは無縁でした。自らが演奏するに値すると思う音楽だけにレパートリーを絞り込み、それ以外の作品には見向きもしないというのが基本でした。
モリーニもまたそのような古いタイプの音楽家の一人であり、彼女のレパートリーはウィーン古典派からブラームスなどのロマン派の作品あたりに限られていました。そして、そう言う基本的なスタンスを彼女はアメリカに移ってからも絶対に崩さなかったのです。
結果として、営業的にはいたって不利なことになり残された録音も多くありません。
おそらく、レコード会社はいろいろなオファーはしたのでしょう。しかし、ブラームスのヴァイオリンソナタや協奏曲ばかりを何回も録音するわけにはいきません。オファーを受けてもらえる録音計画の数は限られてしまい、結果として残された録音の数は少なくなってしまい、さらにその結果として私たちの視野からも外れていってしまったと言うことになったのでしょう。(言い訳です^^;)
今回、彼女の録音(数は多くありません)をまとめて聴いてみて、彼女からしか聞けない音楽があることを知らされて、実に幸福な時間を過ごすことができました。
一番最初に聞いたのは本命のブラームスではなくて、変化球からはいることにして、選んだのがタルティーニの「悪魔のトリル」でした。そして、その最初の音が出た瞬間に頭にうかんだのが「清冽」と言う言葉でした。そして、聞き進んでいくうちに、全く不意に万葉の歌が頭をよぎりました。
「石走る 垂水の上の さわらびの 萌え出づる春に なりにけるかも」
あまりにも有名な志貴皇子の歌です。
そして、この感覚は彼女のどの演奏を聴いても貫かれている特徴でした。
人はその事を、「清潔」とか「折り目正しい」と表現するのですが、どうもそれだけでは不満が残ります。彼女の演奏にはそのような行儀良さだけでなく、あの万葉の歌に込められたような生命力がやどっています。しかし、その生命力は時にはある種のけだるさにつながるような夏の豊穣な生命力とは全く異なり、それはまさに「萌え出づる春」のみがもっている清冽な生命力なのです。
おそらく、技巧的には、ビブラートを極力減らして折り目正しく造形していくスタイルがそのような清冽さをもたらしているのでしょう。しかし、そんなことをしたり顔であれこれ指摘しても彼女の演奏の素晴らしさは何一つ伝わりません。
どのように頭をひねっても、あの和歌以上に彼女の演奏の素晴らしさを言い当てることは私にはできそうもありません。
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