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ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 作品95 「新世界より」

フリッチャイ指揮 ベルリンフィル 1959年10月録音




望郷の歌

ドヴォルザークが、ニューヨーク国民音楽院院長としてアメリカ滞在中に作曲した作品で、「新世界より」の副題がドヴォルザーク自身によって添えられています。

この作品はその副題が示すように、新世界、つまりアメリカから彼のふるさとであるボヘミアにあてて書かれた「望郷の歌」です。

この作品についてドヴォルザークは次のように語っています。
「もしアメリカを訪ねなかったとしたら、こうした作品は書けなかっただろう。」
「この曲はボヘミヤの郷愁を歌った音楽であると同時にアメリカの息吹に触れることによってのみ生まれた作品である」

その言葉に通りに、ボヘミヤ国民楽派としてのドヴォルザークとアメリカ的な語法が結びついて一体化したところにこの作品の一番の魅力があるといえます。
さらに、過去の2作がかなりロマン派的な傾向を強めていたのに対して、この9番は古典的できっちりとしたたたずまいを見せていることも、分かりやすさと親しみやすさを増しているようです。

初演は1883年、ドヴォルザークのアメリカでの第一作として広範な注目を集め、アントン・ザイドル指揮のニューヨーク・フィルの演奏で空前の大成功を収めました。

孤独なフルトヴェングラー


病を得てからの録音はどれももこれも凄まじいものばかりですが、このドヴォルザークの「新世界より」も、かなりの凄まじさです。
この時代のベルリンフィルは、既にカラヤンの支配下に入っていて、既にドイツの田舎オケとしての風貌は失いつつありました。しかし、このフリッチャイのもとでは、そう言う古き良き時代の面影が甦っているかのようです。
はっきり言ってアンサンブルは磨かれているわけではありません。それどころか、そう言うことは「些細なことだ!」と言わんばかりのバーバリズムに満ちあふれた響きを聞かせてくれています。そして、フリッチャイもまた、そう言うことの重要性は二次的三次的なものであって、重要なことは別のところにあるんだと言わんばかりの指揮ぶりです。

この時代のフリッチャイをドイツ人は「フルトヴェングラーの再来」と呼んだそうですが、まさに然もありなんです。
そう言えば、丸山真男は第2次大戦下でのフルトヴェングラーとベルリンフィルによる演奏を人類が到達した最高の芸術の一つと主張しながら、しかし、そう言う極限状態でそのような音楽を聴けた人々が果たして「幸せ」だったのかと疑問を投げかけています。
「命がけで頑張っています」と言う言葉は意外とよく使われるのですが、しかし、そう言う言葉を発する人にとって「命がけ」とはあくまでも比喩表現であって、決して言葉の額面通りに「命」はかけていないのが普通です。
しかし、第2次大戦下におけるベルリンでの音楽活動というのは、まさに「明日はないかもしれない」という意味において、その演奏活動は「命をかけた」ものでした。それは聞くものにとっても事情は全く同じであり、「これが最後かもしれない」という思いを持って聞き手もまた「命をかけて」聞いたのです。
そして、そう言う共通の基盤の上においてこそ、あの希有の音楽が実現したのです。
丸山は、そのような極限状態で音楽がされることが果たして「幸せ」だったのかと疑問を投げかけたのです。

さて、事情はフリッチャイにおいても同じであり、そして同じではあり得なかったのです。
フリッチャイにとって、59年以降の音楽活動は、まさに己の「命」をかけたものであり、さらに言えば「命」を削り取るような作業であったことは疑いの余地はないでしょう。
しかし、それを受け取る聞き手はフルトヴェングラーのような「良い聞き手」ではありませんでした。フリッチャイが「命」を削るように生み出す音楽を、聞き手は決して「命」をかけて聞こうとはしなかったのであり、それは仕方のないことでした。
戦争は社会全体を巻き込む出来事ですが、病というものはそれがいかに悲劇的な出来事であってもその経験はあくまでも個人的な範囲に留まらざるを得ないからです。
聞き手はその事に「同情」することはあっても、大戦末期のベルリンにおけるような極限状態の共有は起こるはずもないのです。

この異形と思えるような「新世界より」を聞くときに、その遅いテンポの中でふと立ち止まるような箇所に出会います。ある方はそれを「ふと溜息をつくような」と表現されていて、上手いことを言うなと思ったのですが、今回あらためて聞き直してみて、それは「溜息」と言うよりは、まるで「悲痛なうめき声」のように聞こえました。
その意味で、晩年のフリッチャイは「孤独なフルトヴェングラー」だったのかもしれません。

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