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モーラ・リンパニー(Moura Lympany) |グリーグ:ピアノ協奏曲イ短調 作品16
グリーグ:ピアノ協奏曲イ短調 作品16
(P)モーラ・リンパニー:ハーバート・メンゲス指揮、フィルハーモニア管弦楽団 1959年録音
Grieg:Piano Concerto in B minor, EG 120 [1.Allegro molto moderato]
Grieg:Piano Concerto in B minor, EG 120 [2.Adagio]
Grieg:Piano Concerto in B minor, EG 120 [3.Allegro moderato molto e marcato]
西洋音楽の重みからの解放
この作品はグリーグが初めて作曲した、北欧的特徴を持った大作です。1867年にソプラノ歌手のニーナと結婚して、翌年には女児アレキサンドラに恵まれるのですが、そのようなグリーグにとってもっとも幸せな時期に生み出された作品でもあります。
その年に、グリーグは妻と生まれたばかりの子供を連れてデンマークに行き、妻と子供はコペンハーゲンに滞在し、自らは近くの夏の家で作曲に専念します。
その牧歌的な雰囲気は、彼がそれまでに学んできた西洋音楽の重みから解放し、自らの内面に息づいていた北欧的な叙情を羽ばたかせたのでした。
ノルウェーはその大部分が山岳地帯であり、沿岸部は多くのフィヨルドが美しい光景をつくり出しています。そう言う深い森やフィヨルドの神秘的な風景が人々にもたらすほの暗くはあってもどこか甘美なロマンティシズムが第1楽章を満たしています。
続くアダージョ楽章はまさに北欧の森が持つ数々の伝説に彩られた叙情性が描き出されているようです。
そして、最終楽章は先行する二つの楽章と異なって活発な音楽が展開されます。
それは、素朴ではあっても活気に溢れたノルウェーの人々の姿を反映したものでしょう。また、行進曲や民族舞曲なども積極的に散り入れられているので、長くデンマークやスウェーデンに支配されてきたノルウェーの独立への思いを反映しているとも言えそうです。
グリーグはその夏の家でピアノとオーケストラの骨組みをほぼ完成させ、その年の冬にオスロで完成させます。しかしながら、その完成は当初予定されていたクリスマスの演奏会には間に合わず、結局は翌年4月のコペンハーゲンでの演奏会で披露されることになりました。
この作品は今日においても、もっともよく演奏されるピアノ協奏曲の一つですが、その初演の時から熱狂的な成功をおさめました。
初演でピアノ独奏をつとめたエドムン・ネウペットは「うるさい3人の批評家も特別席で力の限り拍手をしていた」と書いているほどの大成功だったのです。そして、極めつけは、1870年にグリーグが持参した手稿を初見で演奏したリストによって「G! GisでなくG! これが本当の北欧だ!」と激賞された事でした。
初演と言えば、地獄の鬼でさえも涙するような悲惨な事態になることが多い中で、この協奏曲は信じがたいほどの幸せな軌跡をたどったのです。
なお、グリーグは晩年にもう一曲、ロ短調の協奏曲を計画します。しかし、健康状態がその完成を許さなかったために、その代わりのようにこの作品の大幅改訂を行いました。
この改訂で楽器編成そのものも変更され、スコアそのものもピアノのパートで100カ所、オーケストレーションで300前後の変更が加えられました。
ですから、現在一般的に演奏される出版譜はこの改訂稿に基づいていますから、私たちがよく耳にする協奏曲と、グリーグを一躍世界的作曲家に押し上げた初稿の協奏曲とではかなり雰囲気が異なるようです。
彼女の類い希なるパワフルさが炸裂しています
これは実に不思議な録音です。
リンパニーは1951年にアメリカのテレビ局経営者のベネット・コーンと結婚して渡米するのですが、それをきっかけとしてピアニストとしての活動を縮小していき、50年代後半にはほぼ引退と同じような状態になります。しかしながら、1961年に離婚をして、後のイギリス首相となるアマチュア指揮者のエドワード・ヒースと親しくなる事で少しずつ活動を再開をしていくようになります。
ですから、この1959年に録音されたグリーグとシューマンのコンチェルトは、リンパニーにしてみればほぼフェードアウトしていた時期の録音という事になります。
いったいどのような経緯があってこの二つのコンチェルトが録音されたのかはいろいろ調べてみたのですが、よく分かりませんでした。
録音はモノラルであり、さらには超低域に環境雑音が混じり込んでいるので(低域方向に延びていない小型システムでは気がつかない可能性があります)何かのライブ録音かとも思ったのですが、少し違うようです。しかし、いわゆるきちんとセッションを組んだスタジオ録音とも言い難い部分があります。
おそらく、録音はほぼ一発録りだったのではないかと推察されます。
リンパニーにしてみればほぼ引退しているような状態だったでしょうから、ピアニストとしての評価などは全く気にする必要はなかったのでしょう。
よく言えばこの上もなく自由に、有り体に言えば好き勝手にピアノを弾いていますから、彼女の類い希なるパワフルさが炸裂しています。そこには、第一線の現役として活躍していた時期には感じることのあった「スタンダード」に対するチラ見などという「弱さ」は微塵も感じません。
それはもう、徹底的に「私」に徹した演奏です。
ただし、問題はその「私」への「偏差」が「スタンダード」をねじ伏せるだけの説得力を持っているかです。
私見を言えば、彼女の「私」が目指す音楽の方向性は凄まじいものがありますので、それはもう力任せに「スタンダード」をねじ伏せています。シューマンは言うまでもないのですが、基本的には叙情的な音楽と思われているグリーグであっても、そのパワフルさで作品をねじ伏せています。
しかし、長く第一線から身を引いていたこともあるのでしょうが、演奏そのものはかなり荒っぽいものになっていることは否定できません。
ただし、その荒っぽさはリンパニーの「私」が目指すパワフルさと表裏一体になっている面もありますから、そこにある種の丁寧さを意識することは「スタンダード」へのチラ見につながることも事実です。
そう考えれば、「私」に徹したリンパニーの凄さを有り難く押し頂くのが筋なのかも知れません。
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