クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~




Home|ヨーゼフ・カイルベルト(Joseph Keilberth)|モーツァルト:セレナーデ第13番ト長調, K.575 「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」(Mozart:Serenade in G Major, K.525 "Eine kleine Nachtmusik")

モーツァルト:セレナーデ第13番ト長調, K.575 「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」(Mozart:Serenade in G Major, K.525 "Eine kleine Nachtmusik")

ヨーゼフ・カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1959年録音(Joseph Keilberth:Bamberg Symphony Recorded on 1959)

Mozart:Serenade in G Major, K.525 "Eine kleine Nachtmusik" [1.Allegro]

Mozart:Serenade in G Major, K.525 "Eine kleine Nachtmusik" [4.Rondo (Allegro)]

Mozart:Serenade in G Major, K.525 "Eine kleine Nachtmusik" [2.Romance (Andante)]

Mozart:Serenade in G Major, K.525 "Eine kleine Nachtmusik" [3.Menuetto (Allegretto)]


この作品は驚くほど簡潔でありながら、一つの完結した世界を連想させるものがあります。

「音符一つ変えただけで音楽は損なわれる」とサリエリが感嘆したモーツァルトの天才をこれほど分かりやすく提示してくれる作品は他には思い当たりません。

おそらくはモーツァルトの全作品の中では最も有名な音楽の一つであり、そして、愛らしく可愛いモーツァルトを連想させるのに最も適した作品です。
ところが、それほどまでの有名作品でありながら、作曲に至る動機を知ることができないという不思議さも持っています。

モーツァルトはプロの作曲家ですから、創作には何らかのきっかけが存在します。
それが誰かからの注文であり、お金になる仕事ならモーツァルトにとっては一番素晴らしい動機だったでしょう。あるいは、予約演奏会に向けての作品づくりであったり、出来のよくない弟子たちのピアノレッスンのための音楽作りであったりしました。
まあ早い話が、お金にならないような音楽づくりはしなかったのです。

にもかかわらず、有名なこの作品の創作の動機が今もって判然としないのです。誰かから注文があった気配はありませんし、演奏会などの目的も考えられません。何よりも、この作品が演奏されたのかどうかもはっきりとは分からないのです。
そして、もう一つの大きな謎は、そもそもこの作品はどのようなスタイルで演奏されることを想定していたかがよく分からないのです。具体的に言えば、1声部1奏者による5人の弦の独奏者で演奏されるべきなのか、それとも弦楽合奏で演奏されるべきなのかと言うことです。

今日では、この作品は弦楽合奏で演奏されるのが一般的なのですが、それは、そのスタイルを採用したときチェロとコントラバスに割り振られたバス声部が素晴らしく美しく響くからです。しかし、昨今流行の「歴史的根拠」に照らし合わせれば、どちらかといえば1声部1奏者の方がしっくりくるのです。

さらに、ついでながら付け加えれば、モーツァルトの「全自作目録」には「アイネ・クライネ・ナハトムジーク。アレグロ、メヌエットとトリオ、ロマンツェ、メヌエットとトリオ、フィナーレから構成される」と記されていて、この作品の原型はもう一つのメヌエット楽章を含む5楽章構成だったのです。そして、その失われたメヌエット楽章は他の作品に転用された形跡も見いだせないので、それは完全に失われてしまっているのです。
ただし、その失われた事による4楽章構成が、この簡潔なセレナードをまるで小ぶりの交響曲であるかのような雰囲気にかえてしまっているのです。
ですから、それは「失われた」のではなくて、モーツァルト自身が後に意図的に取り除いた可能性も指摘されるのです。

そんなわけで、自分のために音楽を作るということはちょっと考えづらいモーツァルトなのですが、もしかしたら、この作品だけは自分自身のために作曲したのかもしれないのです。
もしそうだとすると、これは実に貴重な作品だといえます。そして、そう思わせるだけの素晴らしさを持った作品でもあります。
ただし、それはどう考えても「あり得ない」妄想なので、おそらくは今となっては忘れられてしまった、そして記されなかった何らかの理由があったのでしょう。
つまりは、それほどまでにモーツァルトは「プロの作曲家」だったのです。


いくつもの選択肢

こうやってカイルベルトとセルによるモーツァルトのディヴェルティメントを並べてみると、音楽に対するアプローチの違いというものについて考えざるを得ません。

カイルベルトの演奏では、弦楽合奏をバックに管楽器群が実に楽しげに飛び跳ねています。そこには音楽をする「喜び」が溢れていて、聞くものをも幸せな感情にしてくれます。
セルの演奏では、管楽器達もアンサンブルの構成員となっていて、指揮者であるセルの統率下にあります。そこにあるのは、最初から最後までセルの音楽であり、プレーヤーはその音楽を実現するための駒にしか過ぎません。結果として、このディヴェルティメントはただの機会音楽ではなくて、とても立派なコンサートプログラムになっています。

こうやってみると、セルというのはホントに「イヤな奴」です。
アンタは俺たちを豚扱いするといってオケを去ったプレーヤーもいたようです。
そして、彼のオケに対する姿勢を「ミリタリー」と一言で切って捨てたプレーヤーもたくさんいました。

それに対して、カイルベルトという人はオーケストラのプレーヤーから見ても「いい奴」だったんだろうなと思わせられます。音楽というのは人の営みである以上は、まずは「楽しく」演奏しなければ意味はないと考えていたのでしょうか。
もちろん、プロの音楽家ですから締めるべきところは締めているのですが、それでもその締め方は職人の良心をこ越えることはありません。ですから、指揮をするオケの能力がそのまま演奏のクオリティに結びついてしまいます。

そして、幸いなことに、この「難民ドイツ人」によって構成されているバンベルク響は悪くないオケです。
とりわけ管楽器群の響きがとても魅力的なので、こういう音楽になると抜群の適正を示します。

言うまでもなく、セルという指揮者は私にとっては一つの基準点となる存在です。
お客さんがいる以上は最低限のクオリティは保障しないといけないというのが彼の基本的なスタンスでした。そして、その「最低限クオリティ」というのは、彼が信じた音楽の姿を過たず形にするための献身をオケに求めることでした。
そして、このディヴェルティメントもまた過つことなくセルの音楽になっています。
彼の手にかかれば、なんと言うこともない家庭料理も、星付きレストランの料理のようになってしまいます。
ただ問題は、時に素朴な家庭料理を食べてみたいこともあると言うことです。

そして、その事は「良し悪し」の問題ではなく、音楽に対する「哲学」の違いと言うことです。気楽な受け手である私にとっては、こうやっていくつもの選択肢があるというのは喜ばしいことです。

この演奏を評価してください。

  1. よくないねー!(≧ヘ≦)ムス~>>>1~2
  2. いまいちだね。( ̄ー ̄)ニヤリ>>>3~4
  3. まあ。こんなもんでしょう。ハイヨ ( ^ - ^")/>>>5~6
  4. なかなかいいですねo(*^^*)oわくわく>>>7~8
  5. 最高、これぞ歴史的名演(ξ^∇^ξ) ホホホホホホホホホ>>>9~10



5699 Rating: 4.0/10 (79 votes cast)

  1. 件名は変更しないでください。
  2. お寄せいただいたご意見や感想は基本的に紹介させていただきますが、管理人の判断で紹介しないときもありますのでご理解ください。
名前*
メールアドレス
件名
メッセージ*
サイト内での紹介

 

よせられたコメント

2025-04-06:トシアキ





【リスニングルームの更新履歴】

【最近の更新(10件)】



[2026-10-07]

J.S.バッハ:カンタータ第51番「全地よ、神を向かえて歓呼せよ」,BWV 51(J.S.Bach:Cantata: "Jauchzet Gott in Allen Landen", BWV 51)
(S)エリーザベト・シュヴァルツコップ:ペーター・ゲルホルン指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1950年10月6日録音(Elisabeth Schwarzkopf:(cpn)Peter Gellhorn Philharmonia Orchestra Recorded on October 6, 1950)

[2026-10-05]

J.S.バッハ:管弦楽組曲第4番 ニ長調 BWV1069(J.S.Bach:Orchestral Suite No.4 in D major, BWV 1069)
クルト・レーデル指揮:ミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団 1962年2月録音(Kurt Redel:The Pro Arte Chamber Orchstra of Munich Recorded on February, 1962)

[2026-10-02]

ルイス・デ・ミラン:「エル・マエストロ」からのファンタジア、舞曲、そしてロマンセ(Luys Milan:Fantasias, Dances And Romances From El Maestro)
(Lute)ヴァルター・ゲルヴィッヒ:(T)ベルンハルト・ミヒャエリス 1956年11月30日~12月1日録音(Walter Gerwig:(T)Bernhard Michaelis Recorded on Novembar 30~December 1, 1956)

[2026-09-30]

ヴィヴァルデ:オーボエ協奏曲 ハ長調, Rv.447(Vivaldi:Oboe Concerto in C major, RV.447)
レナート・ファッサーノ指揮:(Ob)レナート・ザンフィーニ ローマ合奏団 1958年発行(Renato Fasano:(Ob)Renato Zanfini Virtuosi Di Roma Published in 1958)

[2026-09-28]

マヌエル・ポンセ:南の協奏曲(Manuel Ponce:Concierto del Sur)
(Gt)アンドレス・セゴビア:エンリケ・ホルダ指揮 シンフォニー・オブ・ジ・エア 1958年録音(Andres Segovia:(con)Enrique Jorda the Symphony of the Air Recorded in 1958)

[2026-09-26]

モーツァルト:モテット「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ」{エクスルターテ・ユビラーテ), K.165(Mozart:Exsultate, Jubilate, K.165/K.158A)
(S)エリーザベト・シュヴァルツコップ:ワルター・ジュスキント指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1947年5月26日,28日録音(Elisabeth Schwarzkopf:(con)Walter Susskind Philharmonia Orchestra Recorded on May 26,28, 1947)

[2026-09-24]

マラン・マレー:組曲第4番 ニ長調(Marin Marais:Suite No. 4 In D Major)
アウグスト・ヴェンツィンガー:(Vdg)ハンネロレ・ミュラー (harpsichord)フリッツ・ノイマイヤー 1956年4月4日~5日録音(August Wenzinger:(Vdg)Hannelore Mulle (harpsichord)Fritz Neumeyer Recorded on April 4-5, 1956)

[2026-09-22]

J.S.バッハ:管弦楽組曲第3番 ニ長調 BWV1068(J.S.Bach:Orchestral Suite No.3 in D major, BWV 1068)
クルト・レーデル指揮:(Fl)クルト・レーデル ミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団 1962年2月録音(Kurt Redel:(Fl)Kurt Redel The Pro Arte Chamber Orchstra of Munich Recorded on February, 1962)

[2026-09-20]

ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調, Op.92(Beethoven:Symphony No.7 in A major, Op.92)
エーリッヒ・クライバー指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1950年5月録音(Erich Kleiber:Royal Concertgebouw Orchestrar Recorded on May, 1950)

[2026-09-18]

ベートーベン:交響曲第3番変ホ長調 作品55 「英雄」(Beethoven:Symphony No.3 in E flat major , Op.55 "Eroica")
エーリッヒ・クライバー指揮 ウィーン・フィルハーモニ管弦楽団 1955年4月録音(Erich Kleiber:Vienna Philharmonic Orchestra Recorded on April, 1955)