Home |
クーセヴィツキー(Serge Koussevitzky) |シベリウス:交響曲第2番 ニ長調, Op.43
シベリウス:交響曲第2番 ニ長調, Op.43
セルゲイ・クーセヴィツキー指揮 ボストン交響楽団 1935年1月24日録音
Sibelius:Symphony No.2 in D major, Op.43 [1.Allegretto]
Sibelius:Symphony No.2 in D major, Op.43 [2.Tempo Andante, Ma Rubato]
Sibelius:Symphony No.2 in D major, Op.43 [3.Vivacissimo]
Sibelius:Symphony No.2 in D major, Op.43 [4.Finale (Allegro Moderato]
シベリウスの田園交響曲
シベリウスの作品の中ではフィンランディアと並んでもっとも有名な作品です。そして、シベリウスの田園交響曲と呼ばれることもあります。
もちろん、ベートーベンの第6番を念頭に置いた比喩ですが、あちらがウィーン郊外の伸びやかな田園風景だとすれば、こちらは疑いもなく森と湖に囲まれたフィンランドの田園風景です。
さらに、この作品にはフィンランドの解放賛歌としての側面もあります。
重々しい第2楽章と荒々しい第3楽章を受けた最終楽章が壮麗なフィナーレで結ばれるところが、ロシアの圧政に苦しむフィンランド民衆の解放への思いを代弁しているというもので、この解釈はシベリウスの権威と見なされていたカヤヌスが言い出したものだけに広く受け入れられました。
もっとも、シベリウス本人はその様な解釈を否定していたようです。
言うまでもないことですが、この作品の暗から明へというスタイルはベートーベン以降綿々と受け継がれてきた古典的な交響曲の常套手段ですから、シベリウスは自分の作品をフィンランドの解放というような時事的な際物としてではなく、その様な交響曲の系譜に連なるものとして受け取って欲しかったのかもしれません。
しかし、芸術というものは、それが一度生み出されて人々の中に投げ込まれれば、作曲家の思いから離れて人々が求めるような受け入れ方をされることを拒むことはできません。シベリウスの思いがどこにあろうと、カヤヌスを初めとしたフィンランドの人々がこの作品に自らの独立への思いを代弁するものとしてとらえたとしても、それを否定することはできないと思います。
この作品は第1番の初演が大成功で終わるとすぐに着手されたようですが、本格的取り組まれたのはアクセル・カルペラン男爵の尽力で実現したイタリア旅行においてでした。
この作品の中に横溢している牧歌的で伸びやかな雰囲気は、明らかにイタリアの雰囲気が色濃く反映しています。さらに、彼がイタリア滞在中にふれたこの国の文化や歴史もこの作品に多くのインスピレーションを与えたようです。
よく言われるのは第2楽章の第1主題で、ここにはドンファン伝説が影響を与えていると言われています。
しかし、結局はイタリア滞在中にこの作品を完成させることができなかったシベリウスは、フィンランドに帰国したあとも精力的に作曲活動を続けて、イタリア旅行の年となった1901年の末に完成させます。
一度聞けば誰でも分かるように、この作品は極めて少ない要素で作られています。そのため、全体として非常に見通しのよいすっきりとした音楽になっているのですが、それが逆にいささか食い足りなさも感じる原因となっているようです。
その昔、この作品を初めて聞いた私の友人は最終楽章を評して「何だかハリウッドの映画音楽みたい」とのたまいました。先入観のない素人の意見は意外と鋭いものです。
正直言うと、若い頃はこの作品はとても大好きでよく聴いたものですが、最近はすっかりご無沙汰していました。
やはり、食い足りないんですね。皆さんはいかがなものでしょうか。
これを過去の遺物は言いたくない
シベリウスの音楽は何故かイギリスでは積極的に受け入れられました。そして、アメリカではクーセヴィツキーが1930年代にかなりまとまった数のシベリウス作品の録音を残して孤軍奮闘したという雰囲気です。しかし、この前史があったからこそ、戦後のステレオ録音時第になってバーンスタインやマゼールの交響曲全集へと結びついていったのかもしれません。そう言えばバーンスタインはクーセヴィツキーの弟子でした。
しかし、その先駆者たるクーセヴィツキーの音楽は今の耳からすればいかにも時代がかったものだと思われても仕方がないかもしれません。
シベリウスの音楽はその初期においてチャイコフスキーから大きな影響を受けていたことは間違いありません。しかし、次第にその影響から抜け出して、シベリウスならではの独自の徹底的に彫琢された、そして彼の言葉を借りるならば「内的な動機を結びつける深遠な論理」に貫かれた音楽世界を作りあげていきます。
そして、シベリウスの音楽にそう言うものを求めるならば(それは、当然と言えば当然なのですが)、このクーセヴィツキーのシベリウスはあまりにもチャイコフスキーの影響下にある音楽として鳴り響いています。言葉をかえれば、まるでロシア音楽のように聞こえてしまうのです。
そう言う意味では、これは過去の遺物として忘れ去られても仕方がないのかもしれません。
しかし、クーセヴィツキーは基本的に劇場の人でしたから、聞き手にとって分かりやすく、そして大きな興奮を与えることを本能的に求める人でした。そう考えれば、これほどまでにシベリウスの音楽を大きな構えで華やかに、そして時には深い憂愁を込めて演奏した人はいないかもしれません。
第2番の大きな構えと英雄的な響きは確信に溢れていますし、初演では多くの人に戸惑いを与えた第5番の終結部も実に説得力を持って締めくくっています。そして、第5番に本来は求められていた祝典的な要素にも溢れています。
そして、ともすれば難しいととらえられがちな最後の交響曲である第7番もロマン的な音楽として実に分かりやすく提示してくれています。
さらに、クーセヴィツキーはタピオラやヒョラの娘のような管弦楽作品も30年代に録音してくれています。当然の事ながら、そのアプローチの仕方は交響曲の時と変わるはずはありません。
おそらく、その背景には実演で何度も取り上げてきた自信があったのでしょう。
ヘーゲルは「哲学史は阿保の画廊」ではないと言いました。
演奏の歴史もまた同様であり、今の地点から過去を否定する事は容易です。しかし、過去を阿保の画廊として切り捨てるならば、大切なものを私たちは見落としてしまいます。そう言う意味で、これを過去の遺物とは言いたくないのです。
まあ、何といっても聞いていて面白いことは請け合いなのですから、あまり難しい理屈はこね回さないで楽しみましょう。
録音も30年代のSP盤としてはかなりの優れもので、低声部を基調としたクーセヴィツキー&ボストン響の響きがそれなりに捉えられています。
それから最後に、ここではシベリウスの交響曲の2番、5番、7番を取り上げるつもりなのですが、それ以外にも第3番も録音が残っているようです。何とか入手したいと思っています。
この演奏を評価してください。
よくないねー!(≧ヘ≦)ムス~>>>1~2
いまいちだね。( ̄ー ̄)ニヤリ>>>3~4
まあ。こんなもんでしょう。ハイヨ ( ^ - ^")/>>>5~6
なかなかいいですねo(*^^*)oわくわく>>>7~8
最高、これぞ歴史的名演(ξ^∇^ξ) ホホホホホホホホホ>>>9~10
5205 Rating: 5.1 /10 (111 votes cast)
よせられたコメント
【最近の更新(10件)】
[2026-04-02]
ベートーベン:「ルール・ブリタニア」による5つの変奏曲 WoO 79(Beethoven:5 Variations on Rule Britannia, WoO 79)
(P)アルフレッド・ブレンデル 1958年&1960年録音(Alfred Brendel:Recorded on 1958 & 1960)
[2026-03-31]
アントン・ルビンシテイン:ピアノ協奏曲 第4番 ニ短調 作品70(Anton Rubinstein:Piano Concerto No.4 in D Minor, Op.70)
(P)オスカー・レヴァント:ディミトリ・ミトロプーロス指揮ニューヨーク・フィルハーモニック1952年3月31日録音(Oscar Levant:(Con)Dimitri Mitropoulos Philharmonic-Symphony Orchestra Of New York Recorded on March 31, 1952)
[2026-03-29]
ケルビーニ:レクィエム ニ短調(Cherubini:Requiem in C minor)
イーゴリ・マルケヴィチ指揮:チェコ・フィルハーモニー合唱団 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 1962年12月録音(Igor Markevitch:Czech Philharmonic Chorus Czech Philharmonic Orchestra Recorded on December, 1962)
[2026-03-26]
ベートーヴェン:八重奏曲, Op.103(Beethoven:Octet in E-Flat Major, Op.103)
ウィーン・フィルハーモニー木管グループ:1954年録音(Vienna Philharmonic Wind Group:Recorded on 1954)
[2026-03-24]
ルーセル:弦楽三重奏曲 イ短調 Op.58(Roussel:String Trio in A minor, Op.58)
パスキエ・トリオ:1954年発行(Pasquier Trio:Published in 1954)
[2026-03-22]
アンリ・リトルフ:交響的協奏曲第4番 ニ短調, Op.102~第2楽章:Scherzo(Litolff:Concerto symphonique No.4 in D major, Op.102 [2.Scherzo. Presto])
(P)レナード・ペナリオ:アーサー・フィードラー指揮 ボストン・ポップス 1963年5月24日録音
[2026-03-19]
リリ・ブーランジェ:詩篇第130篇「深き淵より」(Boulanger:Psaume 130, Du Fond De L'Abime)
イーゴリ・マルケヴィチ指揮:ラムルー管弦楽団 エリーザベト・ブラッスール合唱団 (T)ミシェル・セネシャル 1958年録音(Igor Markevitch:Orchestre Des Concerts Lamoureux Elisabeth Brasseur (T)Michel Senechal Recorded on 1958)
[2026-03-17]
ベートーベン:ピアノ・ソナタ第29番変ロ長調 作品106「ハンマークラヴィーア」(Beethoven:Sonate No.29 En Mi Bemol Majeur Op.106 "Hammerklavier")
(P)ハンス・リヒター=ハーザー 1960年7月15日~19日録音(Hans Richter-Haaser:Recorded on July 15-19, 1960 )
[2026-03-14]
イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第4番 ハ短調,Op.27-4(Eugene Ysaye:6 Sonatas for Solo Violin, Op.27-4)
(Vn)マイケル・レビン:1955年9月30日録音(Michael Rabin:Recorded on September 17, 1955)
[2026-03-12]
フォーレ:夜想曲第13番 ロ短調 作品119(Faure:Nocturne No.13 in B minor, Op.119)
(P)エリック・ハイドシェック:1960年10月21~22日録音(Eric Heidsieck:Recorded 0n October 21-22, 1960)