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作曲家で選ぶ | DOVRAK
DOVRAK
<チェコ:1841〜1904>
経歴

1841年9月8日、プラハ近郊の小さな町に、宿屋兼肉屋を営む一家の長男として生まれる。
父親は彼に家業を継がせようとしたが、16歳の時にその意志に逆らってプラハのオルガン学校に入学する。2年後に卒業するとカレル・コムザーク楽団のヴィオラ奏者となる。
この楽団が後にプラハ国民劇場の中核となり、66年にスメタナが指揮者に就任するとその薫陶を受けるようになる。
作曲活動は61年頃からはじめたようで、65年からは交響曲の作曲も行うようになる。そして70年代にはいるとそれらの作品はプラハにおいて少しずつ演奏されるようになり、73年にはハーレクの愛国詩に曲をつけた「ピーラー=ホラの後継者たち」で成功をおさめて作曲家としての地歩を固める。
その後、国家奨学金を得るために提出していた作品が審査員のブラームスの目にとまり、ドヴォルザークの才能を高く評価したブラームスによってベルリンの音楽出版社ジムロックを紹介される。このジムロックの依頼によって作曲された「スラブ舞曲第1集」が大成功をおさめ、国際的な作曲家への道を歩み始める。
名声の高まりによって外国を訪れる機会も増え、特にイギリスには84年から計9回も訪れ、交響曲第8番やレクイエムなどを依頼によって作曲している。
91年にはプラハ音楽院教授に就任し、さらに92年から95年までニューヨーク国民音楽院の院長として招かれる。この時のアメリカ体験が交響曲第9番「新世界より」や弦楽四重奏曲「アメリカ」「チェロ協奏曲」等のポピュラーな名曲を生み出す原動力となる。
帰国後は1900年にオペラ「ルサルカ」を完成させてオペラ作家としても成功をおさめ、91年にはプラハ音楽院の院長、またオーストリアの上院議員にも列せられてその晩年は栄光に包まれた。
1904年5月1日、脳溢血で倒れて62年の生涯を閉じるが、その葬儀は国葬として執り行われた。
ユング君の一言
メロディーメーカーとしてはおそらく超一流の存在だったと思います。第12番の「アメリカ」をのぞけばあまり聞かれる機会の少ない弦楽四重奏曲ですが、どれをとっても素晴らしく美しいメロディーが満ちあふれています。
交響曲でも第8番の第3楽章などは一度聞いたら絶対に忘れることのないほどの素晴らしいメロディです。
ところがどの音楽を聞いても美しいのですが、何か満たされないものがいつも残ります。それは作品の底が浅いと言うことではなくて、ドヴォルザークの音楽につきまとう本質的な問題のように思えます。
誰かが「ドヴォルザークの作品には常に果たされなかった思いが常につきまとう」みたいな事を書いていました。
おそらく、あれほどの栄光に包まれた生涯をおくりながら、それはドヴォルザークが真に求めたものとは違っていたのでしょう。もしかしたら、そのような栄光と引き替えに彼はとても大切なものを手放したのでしょうか?
ドヴォルザークの音楽には、「人生において心の底から求めながら、結局それがかなえられなかった者の悲しみ」みたいなものが底流を流れています。
そう言う人生における闇の部分が、ただ美しいだけでない音楽として作品に厚みを与えているようです。
実はこのことを気づかせてくれたのはクラウス・テンシュテットの「新世界より」のライブ録音でした。(特に第2楽章)
通俗名曲の代表みたいな音楽ですが、この作品にこれほどの深い闇が潜んでいたのかと驚かされた演奏でした。
そう言う目で改めて彼の作品を聞き直してみると、「耳あたりのよい音楽をたくさん書いただけの人」とは言い切れないものを感じさせられました。
歴史の検証に耐えて生き残っている人というのは、誰をとっても一筋縄ではいかないものです。
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