ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第1番 へ長調, Op.5-1
(Cell)パブロ・カザルス:(P)ミエチスラフ・ホルショフスキ 1939年6月19日~20日録音
Beethoven:Cello Sonata No.1 in F major, Op.5 No.1 [1.Adagio sostenuto]
Beethoven:Cello Sonata No.1 in F major, Op.5 No.1 [2.Allegro]]
Beethoven:Cello Sonata No.1 in F major, Op.5 No.1 [3.Allegro vivace]
チェロの新約聖書

チェロという楽器はヴァイオリンやヴィオラと比べると独奏楽器として活躍する作品は多くはありません。例えば、モーツァルトはチェロを独奏楽器とした作品は一つも残していません。これは、チェロを飯の種にする演奏家にとってはかえすがえすも残念なことでしょう。
そんな中で、ベートーベンが5つのチェロソナタを残してくれたことは、バッハの6つの無伴奏組曲とならんで、チェリストに対する福音となっています。
また、ベートーベンのチェロソナタはベートーベンの初期に2つ、中期に1つ、そして後期に2つという具合に、その全生涯にわたって実にバランスよく作曲されたために、1番から順番に5番まで聞き通すと、ベートーベンという偉大な音楽家の歩んだ道をミニチュアを見るように俯瞰できるという「特典」がついてきます。(^^)
俗な言い方になりますが、バッハの無伴奏組曲がチェロの旧約聖書とするなら、ベートーベンのチェロソナタは新約聖書と言っていい存在です。
(1)二つのチェロソナタ 作品5
1796年にベルリンで完成されたこの二つのソナタは、プロイセン国王フリードリヒを念頭に置いて作曲されたと言われています。よく知られているように、フリードリヒはチェロの名手として知られており、この二つのソナタを献呈する事によって何らかの利益と保証を得ようとしたようです。
初演は宮廷楽団の首席チェリストだったデュポールとベートーベン自身によって国王の前で行われました。
この二つのソナタは、明るくて快活な第1番、感傷的な第2番というように性格的には対照的ですが、ともに長大な序奏部を持っていて、そこでたっぷりとチェロに歌わせるようになっているところは、明らかにフリードリヒを意識した作りになっています。
また、至る所に華やかなピアノのパッセージが鏤められていることも、国王のまでベートーベン自身がピアニストとして演奏することを十分に意識したものだと思われます。
(2)チェロソナタ第3番 作品69
ベートーベンのチェロソナタの中では最もよく知られている作品です。傑作の森と言われるベートーベン中期を代表するソナタだといえます。第1楽章冒頭の、チェロに相応しいのびのびとしたメロディを聞くだけで思わず引き寄せられるような魅力を内包しています。
全体としてみると、チェロはかなり広い音域にわたって活躍し、とりわけ高音域を自由に駆使することによってピアノと同等に渡り合う地位を獲得しています。
この作品は、ベートーベンの支援者であったグライヘンシュタイン男爵に献呈されています。
当初、男爵にはピアノ協奏曲第4番を献呈するつもりだったのが、ルドルフ大公に献呈してしまったので、かわりにチェロの名手でもあった男爵のためにこの作品を書いたと言われています。
(3)二つのチェロソナタ 作品102
ベートーベンの後期を特徴づける幻想的な雰囲気がこの二つのソナタにもあふれています。とりわけ、第5番のソナタは第2楽章に長大なアダージョを配して、深い宗教的な感情をたたえています。
この作品は、ラズモフスキー家の弦楽四重奏団のチェロ奏者であったリンケのために書かれ、エルデーディ伯爵夫人に献呈されています。伯爵夫人はベートーベンの良き理解者であり、私生活上の煩わしい出来事に対しても良き相談相手としてあれこれと尽力してくれた人物でした。
リンケと伯爵夫人の関係については諸説があるようですが、ピアノの名手でもあった伯爵夫人がリンケとともに演奏が楽しめるようにと、夫人への感謝の意味をこめて作曲したと言われています。
深く深く歌う
カザルスは50年代にゼルキンとのコンビでも録音を残しています。録音の問題もあるので、一般的にはそちらの方を推薦盤とする評論家が多いのですが、演奏だけを比べるなら文句なくこの30年代の録音の方が優れていると言う人が多いようです。
ただし、この演奏を天まで持ち上げる評価にはユング君はいささかとまどいを覚えます。
ロストロ&リヒテルの演奏と比べると、これでもひ弱さを感じてしまうのは贅沢という物でしょうか。
<2022年7月25日追記>
こういう昔の文章を見つけてしまうと黙ってそっと消してしまいたくなります。(^^;
まあ、しかし、それはフェアではないので、言い訳と弁解を追加しておきましょう。
まず一つめですが、録音の問題に関しては復刻技術の進化でほとんど問題はなくなっています。30年以降のSP番ならば、「これって本当にもとはSP盤なの?」と言いたくなるほどにクオリティが高いことはよく知られてきました。
「昔の人はよくぞあんなにもパチパチノイズにまみれた音で我慢して聞いていたものだ」というのは全くの誤解であることは漸く多くの人に知られるようになってきました。
そして、この30年代を通して録音されたカザルスの録音も申し分のない音質であり、それを理由にしてモノラル期のゼルキンとの録音を選ぶ必然性はありません。
また、ロストロ&リヒテルの演奏と較べてみれば、それぞれにかけがえのない魅力があることを今ならば理解できます。
ロストロポーヴィッチとリヒテルの演奏に関しては以下のように書いていました。
クラシック音楽に対する「薀蓄」などというものを全く持たない人でも、この演奏を聴けばすっかり感心させられることだろうと思います。ピアノもチェロも、低音部では地響きがしそうなほどの迫力ですし、抒情的な部分では繊細この上もない歌心を発揮しています。つまりは、この作品が持っているおいしい部分を実に見事に掬い出して形にしているのです。
若い頃に私がカザルスの演奏に物足りなさを感じたのは、まさにこの「ピアノもチェロも、低音部では地響きがしそうなほどの迫力」が欠落していたからです。
しかし、年を重ねてくれば、カザルスの本質は深く深く歌うことであることが理解できるようになってきました。そうしてみれば、この30年代の録音ほどに、ベートーベンの心の奥にまで踏み込んで、深く、そして静かに歌い上げた演奏はそうあるものではありません。
それは、静かな歌です。
そして、その静かさをさまたげないように、ピアノは決して出しゃばることはありません。
もちろん、ベートーベンのチェロ・ソナタはピアノを伴奏にしたチェロ曲ではありません。
チェロとピアノの二重奏です。
その意味で言えば、ロストロポーヴィッチとリヒテルの演奏の方が正統派であること言うまでもありません。
しかし、底の底まで降りていって、深く深く歌い上げるカザルスの魅力もまた唯一無二のものがあります。若い頃の私にはそれが分からなかったのです。
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