エルガー:エニグマ変奏曲, Op.36(Elgar:Variations on an Original Theme for Orchestra, Op.36)
マルコム・サージェント指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1959年3月3日&11月1日録音(Sir Malcolm Sargent:The Philharmonia Orchestra Recorded on March 3 & November 1, 1959)
Elgar:Variations on an Original Theme for Orchestra, Op.36
エルガーの出世作

エルガーはこの作品によって成功を勝ち取り、世界的作曲家へと駆け上がっていきました。
よく知られていることですが、この作品にはいくつかの謎(エニグマ)が存在しているため、正式名称である「独奏主題による変奏曲」よりは「エニグマ変奏曲」の方が通りがよくなっています。
まず、第1の謎ですが、「実際に作品では演奏されていないけれども、全曲を通じて沈黙の伴奏の役割を果たしている別の主題が隠されている。」というものです。
これに関しては、イギリス国家だとか蛍の光だとか、はたまたBACHであるとか諸説が入り乱れています。
エルガー自身はこの謎に関しては最後まで黙したままだったので、この謎解きは今もって解明されていません。
第2に謎は、各変奏に添えられているイニシャルです。
エルガーは、「必ずしも音楽家ばかりとは限らないが、私の友人達の特徴を、彼らを愉しませ、自分の愉しみのために、私がこれらの変奏の中にスケッチしたことは事実である。」と語っています。
こちらの方もエルガーは何も語っていないのですが、イニシャルはモデルとなった人物のものをそのまま使用しているので、こちらの方は全て明らかになっています。
参考までに列記しておきます。
- 主題:Andante 4分の4拍子
- 変奏1:C.A.E.→エルガーの妻、"Caroline Alice Elgar"(キャロライン・アリス・エルガー)
- 変奏2:H.D.S-P.→ピアニストの"H.D.Steuart-Powell"(H.D.スチュワート=パウエル)。
- 変奏3: R.B.T.→アマチュア俳優の"R.B.Townshend"(リチャード・バクスター・タウンゼント)
- 変奏4:W.M.B.→"William Meath Baker"(ウィリアム・ミース・ベイカー)
- 変奏5:R.P.A.→"R.P.Arnold"(リチャード・ペンローズ・アーノルド
- 変奏6:Ysobe→エルガーの教え子のヴィオラ奏者"Miss Isabel Fitton"(ミス・イザベル・フィットン)
- 変奏7:Troyte.→建築家の"Arthur Troyte Griffith"(アーサー・トロイト・グリフィス)
- 変奏8:W.N.→"Miss Winifred Norbury"(ウィニフレッド・ノーペリー)。
- 変奏9:Nimrod→エルガーの友人の"A.J.Jaeger"
- 変奏10:Intermezzo.; Dorabella.→エルガーの友人の"Miss Dora Penny"(ドーラ・ペニ)。
- 変奏11:G.R.S.→ヘリフォード大聖堂のオルガニストである"George R.Sinclarir"(ジョージ・ロバートソン・シンクレア)とその愛犬のブルドッグである"Dan"(ダン)
- 変奏12:B.G.N.→チェロ奏者、"Basil G.Nevinson"(バージル・G・ネヴィンソン)。
- 変奏13:Romanza.→エルガーが作曲中に乗船していた"Lady Mary Trefusis"
- 変奏14:Finale.;E.D.U.→エルガー自身の自画像
エルガーは独学で作曲を学んだのですが、この曲ではリヒャルト・シュトラウスも絶賛するほどの華やかで緻密なオーケストレーションを披露しています。
また、単なる変奏曲にとどまらず、個々の友人の話し方、笑い声、あるいは内面的な気品までを音楽で描き出す「音によるポートレート(肖像画)」としての側面を持っています。
イギリス音楽の発展に尽くした功績は大きなものがありました
サージェントという人はイギリスの作曲家の良き理解者であり支持者でもありました。エルガー、ホルスト、ブリテン等というそれなりに認知度のある作曲家だけでなく、ウォルトンやヴォーン=ウィリアムズ、さらにはアフリカ系イギリス人のサミュエル・コールリッジ=テイラー等の作品も熱心に取り上げています。
また、合唱の指揮者としてスタートしたこともあって、合唱を伴った作品の扱いは得意としていました。
メンデルスゾーンの「エリヤ」、ヘンデルの「メサイア」という定番だけでなく、エルガーの「ゲロンティアスの夢」やウォルトンの「ベルシャザールの饗宴」などと言うレアな作品もよく取り上げています。
そして、そう言うレアではあるけれども「手の内」に入った音楽では、非常にアグレッシブな演奏を聴かせてくれます。
言葉をかえれば、自信満々に「自分の音楽」を展開してくれていて聞きごたえは十分にあります。
ところが、それが一転してベートーベンやシューベルトみたいな、いわゆるドイツ・オーストリア系の正統派の音楽になると、急に行儀良くなるのです。
例えば、1960年に録音したベートーベンの3番「エロイカ」やシューベルトの「未完成」になると、いわゆる楷書風のさらっとした音楽になってしまっています。それを趣味の良い外連味のない音楽と評することも出来るのでしょうが、こういう二つの顔を見せつけられると「内弁慶」という言葉が頭の上を過ぎらざるを得ません。
そして、クラシック音楽の世界というのは、辺境部分でどんなに素晴らしい演奏を聴かせても、ドイツ・オーストリア系の正統派の部分でそれなりの実績を残さないと、早晩その存在は忘れ去られるという「悲しい現実」に行き当たることになるのです。
そこで、ふと気づいたのはサージェントの「合唱指揮者としての顔」と「オーケストラ指揮者としての顔」が随分異なっていたと言うことです。
サージェントは、ハダースフィールド合唱協会やロイヤル・コーラル・ソサエティといったイギリス伝統のアマチュア合唱団を長年率いました。
彼はアマチュア合唱団に対しては常に優しく熱心でした。
そして、彼の華やかでカリスマ的な指導は、アマチュア歌唱者たち強くひきつけ、彼らに「自分たちは最高の音楽を作っている」という自信と誇りを持たせました。
しかし、それがプロのオーケストラを相手にすると雰囲気がガラリと変わってしまうのがサージェントという指揮者でした。
何しろ、「サージェントの下では演奏したくない」とボイコットに近い動きまで引き起こすほどに嫌われてしまっていたのです。
その背景にあったのは「スター意識」と「厳しい規律」、そして何より「不用意な発言」だったと言われています。
なかでも極めつけの「不用意な発言」が「インタビュー事件」でした。
1936年に彼が新聞のインタビューでこんな事をいってしまったのです。
オーケストラ奏者は、終身雇用を保証されるべきではない。なぜなら、生活が安定しすぎると、演奏から情熱や必死さが失われ、ただの「公務員」のような仕事になってしまうからだ
この発言は、世界恐慌の余波で生活に苦しんでいた当時の楽員たちの感情を激しく逆なでしました。
特に、サージェント自身が華やかな生活を送り、「フラッシュ・ハリー(派手なハリー)」というあだ名で社交界のスターとして振る舞っていたこともあり、楽員からは「自分は贅沢をしながら、我々にはハングリー精神を強いるのか」と猛烈なバッシングが巻き起こしてしまったのです。
また、彼の完璧主義と「上から目線」の指導も反発を招きました。
彼は楽員を「音楽を作るパートナー」というよりは、「自分のビジョンを具現化するための駒」として扱う傾向があったのです。
つまりは、アマチュアの合唱団員には熱心で優しい「導師」として振る舞う一方で、プロのオーケストラ奏者に対しては高圧的な態度を取ることが多く、その落差が軋轢を生んだのでした。
なるほど、これでは、ドイツ・オーストリア系の正統派音楽では楷書風のさらっとした音楽にならざるを得なかったのも納得です。
とはいえ、それでも、サージェントがイギリス音楽の発展に尽くした功績は大きなものがありました。
癌に冒された死の直前にサージェントががプロムスのステージに姿を見せた際、かつて彼を嫌った楽員たちも、観客と共にスタンディングオベーションで迎えました。
オーケストラ奏者にとって、彼は「鼻持ちならない上司」ではありましたが、同時に「イギリスの音楽界を格上げした功労者」であることは認めざるを得なかったのでしょう。
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