クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ショパン:「華麗なる大円舞曲」 変ホ長調, Op.18&3つの華麗なるワルツ(第2番~第4番.Op.34(Chopin:Waltzes No.1 In E-Flat, Op.18&Waltzes, Op.34)

(P)ギオマール・ノヴァエス:1953年発行(Guiomar Novaes:Published in 1953)





Chopin:Grande valse brillante No.1 in E-flat major, Op.18

Chopin:Waltzes No.2, Op.34 [No.1 in A-flat major Valse Brilliante]

Chopin:Waltzes No.3, Op.34 [No.2 in A minor]

Chopin:Waltzes No.4, Op.34 [No.3 in F major Valse Brilliante]


ショパンの手によって芸術として昇華した

いわゆるウィーン風のワルツからはほど遠い作品群です。
ショパンがはじめてウィーンを訪れたときはJ.シュトラウスのワルツが全盛期の頃でしたが、その音楽を理解できないと彼は述べています。
いわゆる踊るための実用音楽としてのワルツではなく、シューマンが語ったようにそれはまさに「肉体と心が躍り上がる円舞曲」、それがショパンのワルツでした。また、全体を通して深い叙情性をたたえた作品が多いのも特徴です。

ショパンの手によってはじめてワルツと言う形式は芸術として昇華したと言えます。

ショパン:「華麗なる大円舞曲」 変ホ長調, Op.18(第1番)



この作品はショパンにとっては一番最初に出版されたワルツです。そして、ショパンのワルツの中でももっとも有名な作品だと言えるでしょう。実際、「華麗なる大円舞曲」の名にふさわしく、ショパンのワルツ曲の中でももっとも華麗で爽快な音楽であることは事実です。
全曲は低声部のワルツ・リズムの上に華麗なる旋律が歌われていきます。しかし、よく聞いてみると、彼の後年のワルツと較べれば非常にシンプルで、リズムにおいても旋律においてもあまり手の込んだことはしていません。
言葉をかれば、ワルツという「舞踏曲」のスタイルからそれほど大きく逸脱はしていないということです。

シューマンはこの作品について肉体と心が躍り上がるワルツだといいながら、それは同時に舞踏者をその波の中に深く巻き込んでいくと述べています。何とも、分かりにくい表現なのですが、つまりは、心踊らせる部分はあるものの未だ踊りのための実用音楽の枠からは抜け出しきっていないということでしょうか。
ショパンはやがてここから、実用音楽としてのワルツから次第に離れていって、時にはマズルカ的なリズムをまじえてスラブ的な民族的詩情を漂わせたり、声楽から学んだベルカント的なピアニズムなども取り入れていくようになるのです。

ショパン:「3つの華麗なるワルツ」, Op.34(第2番~第4番)



この作品番号34のワルツは「3つの華麗なるワルツ」として、第1番の「華麗なる大円舞曲」 と並んで有名な作品です。
そして、注目すべきは、ショパンはこの作品によって実用音楽としてのワルツから叙情詩としてのワルツへと飛躍していくことです。ただし、例えば第1番(Op.34, No.1)等は未だに古いスタイルを引きずっていることは否定できません。その事をシューマンは実に面白く、喝的確に表現しています。

舞踏会場で即興的に創られたもののように思われる

それに対してイ短調で書かれた第2番のワルツ(Op.34, No.2)は陰鬱で内省的な音楽であり、それは舞踏音楽としてのワルツからは遠く離れた音楽になってしまっています。その背景にはこの作品を作曲した時期にワルシャワの動乱のニュースを聞いたことが反映しているのではないかと推測されています。
しかし、この作品をわざわざ「3つの華麗なるワルツ」の中にくわえたのは悪い冗談のようにすら思えます。
そして、最後の第3番(Op.34, No.3)は一転して爽快なサロン風のワルツに仕上がっています。その旋回運動を繰り返す音楽から、まるでネコが鍵盤の上に飛び上がって走りまわったっようだというので「猫のワルツ」とよばれることもあります。
残念ながらそのあだ名は同じ様な趣向で創られた「子犬のワルツ」(Op.64, No.1)ほどには有名ではないようです。

考え抜かれた演奏


ギオマール・ノヴァエスはかなりまとまった数のショパン作品を録音しています。この時代を考えれば(今の時代も同じかも)当然と言えば当然なのかもしれませんが、やはり聞き手にとっては嬉しい事実です。

ノヴァエスは「ブラジルの偉大なピアニスト」といわれることもあり、「パンパスの女パデレフスキー」とよばれることも多かった人です。このパンパスとは言うまでもなく、ブラジル南部に広がる草原地帯のことです。幼い頃に育ったブラジルの風土や文化は彼女の心の奥深い部分に根を張っている事は否定できないでしょう。

しかし、10代半ばでパリに移り住み、パリ音楽院でイシドール・フィリップに学ぶ事でピアニストとしての基礎を固め、その後はアメリカを中心に、とりわけニューヨークを拠点に活動を行いましたから、音楽的には生まれ故郷のブラジルとの関わりはそれほど大きくはないと思われます。

ですから「パンパスの女パデレフスキー」という異名の「パンパス」の方は音楽的にはあまり影響はあたえておらず、重要なのは、「女パデレフスキー」の方でしょうか。つまり、彼女が19世のロマン主義的なピアニストを連想させる事の方が重要かもしれません。
つまりは、彼女の出発点はヴィルトゥオーゾ的ピアニストとしてのものであり、優れたテクニックで数多くの作品を楽々と弾きこなす存在だったと言うことです。
そして、何よりも丹念に旋律線を歌い込むピアニストで、それもまた同時に情緒過多になることなく無理のない歌い回しの枠を崩すことはありませんでした。

その前提として、彼女は考え抜くピアニストであったと言うことは忘れてはいけないでしょう。
確かに、彼女は実演において二度と同じようには演奏しなかったと言われるのですが、それは気のおもむくままに演奏したというのではなく、常に考え続けて、その考えたことを次のコンサートでは披露したと言うことなのです。
「考えるな、感じろ!」とはブルー・スリーの言葉ですが、クラシック音楽の世界では真逆で「感じるな、考えろ!」が基本とならなければいけません。感じるがままに演奏してものになるほどこの世界は単純ではありません。
ヴィルトゥオーゾ的ピアニストで「パンパスの女パデレフスキー」などという異名を奉られれば、いかにも感情のおもむくままにピアノを弾いていたような誤解を与えるのですが、彼女のベースは考え抜くことでした。

すでに紹介済みなのですが、セルやクレンペラーなどを従えて多くの協奏曲を演奏したり録音したのは、そう言う彼女の姿勢が高く評価されていたからです。
そして、録音されることを目的とした演奏であるならば、それまでの演奏活動の中で考え抜いた事の決算という意味をもっていたはずです。ですから、結果としてその演奏は高雅で情感溢れるものであり、時にはショパンのパッションが力強く描き出されたりもするのですが、かといってそれは鬼面人を驚かすようなものではありません。

そして、ショパンのように次から次へと新しい録音が登場してくるような世界では、その演奏が十分に魅力的であったとしても、その上に積み重なっていく大量の録音によっていつかは覆い尽くされ聞き手の視野から消えていくのが宿命みたいなものです。
おそらく、ショパンのような音楽は存命中のピアニストが一番有利なのでしょう。亡くなってしまえば、いつかは聞き手の視野から見えなくなっていくのが宿命です。もちろん、例えばコルトーのような例外はありますが。

それだけに、こういうサイトではそう言う埋もれた録音の山の中からノヴァエスのような存在を拾い出すのが大きな役割なのでしょう。
あらためて彼女のショパン演奏を聞けば、どれもこれも安心してショパンの世界に浸れる安定感と叙情性に溢れています。

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