クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ハイドン:チェロ協奏曲第2番 ニ長調 Hob.VIIb:2(Haydn:Cello Concerto No.2 in D major, Hob.VIIb:2)

(Cello)アンドレ・ナヴァラ:ベルンハルト・パウムガルトナー指揮 ザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカ 1958年録音(Andre Navarra:(Con)Bernhard Paumgartner Camerata Academica des Mozarteums Salzburg Recorded on, 1958 )



Haydn:Cello Concerto No.2 in D major, Hob.VIIb:2 [1.Allegro moderato]

Haydn:Cello Concerto No.2 in D major, Hob.VIIb:2 [2.Adagio]

Haydn:Cello Concerto No.2 in D major, Hob.VIIb:2 [3.Rondo. Allegro]


「三大チェロ協奏曲」の一つです。

3月3日にアップしたボッケリーニの協奏曲は誤ってこのハイドンの協奏曲に紐づけされていました。ご指摘いただいて当日の夕方には訂正をしています。もしもそれまでにお聞きになりダウンロードされている方がおられましたらご訂正をお願いいたします。

色々な数え方はあると思うのですが、一般的にこのハイドンの作品と、シューマン、ドヴォルザークの作品を持って「三大チェロ協奏曲」と呼ばれるようです。確かに、そう呼ばれるだけあって、ハイドンの協奏曲作品の中でも最も充実した作品となっています。

この作品はエステルハージの宮廷楽団でチェロを演奏していたアントン・クラフトのために作曲されたと言われています。ところが、ハイドンの自筆楽譜が長らく不明だったために、クラフトの作品ではないかという「贋作説」が根強く主張されてきました。その主張の根拠は、この作品のあちこちに登場する重音奏法やハイ・ポジションの使用が時代の壁を越えているというものでした。
ところが、50年代に入ってウィーン国立図書館でハイドンの自筆楽譜が発見されることで、この「贋作説」は完全に否定されることになります。しかし、この長きにわたる贋作説によって、逆にハイドンの先進性が浮き彫りになる結果となりました。

彼の同時代の作曲家が誰もチャレンジしなかった先進的な技法を用いることで、チェロという楽器が持っている可能性と個性を存分に引き出して見せたのです。その意味で、この作品が「三大チェロ協奏曲」に数え上げられる理由があるのです。

「第1楽章:アレグロ・モデラート」

弦楽器を中心とした単純な伴奏音型の上でチェロが遺憾なくその名人芸を発揮します。この独奏チェロの魅力がこの楽章の魅力となっているのですが、その高度なテクニックがこの作品に対する「贋作説」の根拠ともなりました。

「第2楽章:アダージョ」

チェロは歌うことが得意な楽器なのですが、その魅力が存分に発揮されている楽章です。静かで美しい世界が展開されていきます。

「第3楽章:アレグロ」

この楽章もまた、チェロの名人芸が存分に発揮されています。しかし、第1楽章と異なるのは、その様な名人芸が非常に引き締まって緊張感溢れる世界の中で展開されていくところです。

香水の匂いではなくて働く男の汗のにおいがする


この録音のナヴァラは実に魅力的で、そのチェロの響きは聞くものをとらえて離しません。
比べるのもなんだかとは思うのですが、ハイドンとボッケリーニという全く同じ組み合わせでガスパール・カサドも相前後して録音していて、相前後してレコードがリリースされています。しかし、そのたたずまいはずいぶんと異なります。

ここでのナヴァラはしっとりとしたたたずまいよりは情熱的な強靭さを前面に押し出しています。それ故に、そこでは独奏チェロが王様でオーケストラはその王様に付き従うばかりです。
それに対して、カサドの方はチェロとオーケストラがうまくバランスをとって、そこには俺が王様だという押し出しの強さはなく、音楽全体をしっとりと上品なものに仕上げています。

おそらくその背景には録音時のスタンスの違いがあったことは明らかです。
ナヴァラの場合はチェロが王様ですから、チェロは極めてオンの状態で録音されています。
それに対してカサドのほうは両者のバランスが極めて自然な形で録音されています。

ですから、一聴して耳を引き付けられるのはナヴァラのほうであって、そのあとにカサドの録音を聞くと少しばかりというか(^^;、かなりというか、物足りなさを感じてしまいます。しかし、実際にコンサートなどで聞ける響きということになればカサドのほうが正解なのでしょう。
ナヴァラの演奏が持つ魅力は実際のコンサートで味わうことはおそらく不可能なものであって、それは「録音」という「マジック」の中でしか存在しないものなのかもしれません。

そう考えてみれば、ナヴァラという人は意外とあざといことをするもんだなと思ったりもするのですが、彼が残した録音を聞いてみればあまり「あざとい」という感じはしないので、彼の強い意志でこのようなオン気味の録音になったわけではないでしょう。
もしかしたらそれはナヴァラのあずかり知らないところで録音スタッフが勝手にそのようなバランスにしたのかもしれません。
とはいえ、一度や二度はプレイバックは聞き直しているでしょうから、そういう録音ということに対してはかなり無頓着だったことも考えられます。

しかし、ここでふと気づいたのは、こういう形での録音こそがナヴァラという、ある意味ではこの時代においてはいささか影の薄かった彼の魅力を伝えるうえで最もいい方法ではないかとプロデューサー達が考えたのかもしれないということです。

前にも少しふれたのですが、当時のフランスにはフルニエ、ジャンドロン、トルトゥリエという3強が存在しました。その中に入ると、ナヴァラの影は薄くなるのは仕方がありません。
実際、私だって彼の名前は知っていてもその録音を聞くことはほとんどなくて、最近になって初めて取り上げた次第なのです。

しかし、彼のチェロが紡ぎだす音楽はかの3強のようなフランスならではの洒脱で粋で上品なものとは明らかに異なります。そして、そのライン上に彼を並べようとするから影が薄くなるのです。
彼のチェロが紡ぎだす響きとそれによって生み出される音楽は3強のチェロとは明らかに異なります。ところが、その違うが故の魅力がなかなか聞き手には伝わっていなかったのです。
ナヴァラのチェロは一言でいえばたくましく、そしてアパッショナートです。ある人は彼の音楽からは香水の匂いではなくて働く男の汗のにおいがすると言っていました。実にうまいこと言うものだと感心したものです。
つまりは、このあまりにもチェロオンの録音は、そういう強くたくましく、そしてアパッショナートな汗のにおいをくっきりと際立たせるための手法だったのかもしれません。

おそらく、ボッケリーニしてもハイドンにしても、作品の姿から考えてより妥当なのは、カサドのほうの録音でしょう。
そうか、考えてみればこの時代はフランスの隣にもカザルスやカサドという大きな存在がいたのでした。
ナヴァラという人、なんとも困った時代に演奏活動をしていたものだと同情を禁じえません。

しかし、ナヴァラのチェロが紡ぎだす音楽は聞いててなんだか不思議な力と勇気を与えてくれるような音楽であることも事実です。
そう気づいてみれば、このジェンダーが語られる時代にあまりにも不都合なのかもしれませんが最後に一言言いたくなります。

男だぜ!ナヴァラ!!

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