ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品77
(Vn)ゲオルク・クーレンカンプ:ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1938年録音
Brahms:Violin Concerto in D major Op.77 [1.Allegro non troppo]
Brahms:Violin Concerto in D major Op.77 [2.Adagio]
Brahms:Violin Concerto in D major Op.77 [3.Allegro giocoso, ma non troppo vivace]
ヴァイオリンを手にしてぼんやりと立っているほど、私が無趣味だと思うかね?

この言葉の前には「アダージョでオーボエが全曲で唯一の旋律を聴衆に聴かしているときに・・・」というのがくっつきます。
サラサーテの言葉です。(^^)
もっとも、その前にはさらに「ブラームスの協奏曲は素晴らしい音楽であることは認めるよ、しかし・・・」ということで上述の言葉が続きます。
おそらくこの言葉にこの作品の本質がすべて語られていると思います。
協奏曲と言う分野ではベートーベンが大きな金字塔をうち立てましたが、大勢はいわゆる「巨匠風協奏曲」と言われる作品が主流を占めていました。
独奏楽器が主役となる聞かせどころの旋律あちこちに用意されていて、さらに名人芸を披露できるパッセージもふんだんに用意されているという作品です。
イタリアの作曲家、ヴィオッティの作品などは代表的なものです。
ただし、彼の22番の協奏曲はブラームスのお気に入りの作品であったそうです。親友であり、優れたヴァイオリニストであったヨアヒムと、一晩に二回も三回も演奏するほどの偏愛ぶりだったそうですから世の中わからんものです。
しかし、それでいながらブラームスが生み出した作品はヴィオッティのような巨匠風協奏曲ではなく、ベートーベンの偉大な金字塔をまっすぐに引き継いだものになっています。
その辺が不思議と言えば不思議ですが、しかし、ブラームスがヴィオッティのような作品を書くとも思えませんから、当然と言えば当然とも言えます。(変な日本語だ・・・^^;)
それから、この作品は数多くのカデンツァが作られていることでも有名です。一番よく使われるのは、創作の初期段階から深く関わり、さらに初演者として作品の普及にも尽力したヨアヒムのものです。
それ以外にも主なものだけでも挙げておくと、
- レオポルド・アウアー
- アドルフ・ブッシュ
- フーゴー・ヘールマン
- トール・アウリン
- アンリ・マルトー
- ヤッシャ・ハイフェッツ
ただし、秘密主義者のヴァイオリニストは自らのカデンツァを出版しなかったためにこれ以外にも数多くのカデンツァが作られたはずです。
この中で、一番テクニックが必要なのは想像がつくと思いますが、ハイフェッツのカデンツァだと言われています。
アポロ的に高揚してゆく
1933年にナチスがチスが政権をとると、まずはブロニスワフ・フーベルマンとカール・フレッシュはユダヤ人であったためドイツを去りました。さらに、ドイツ人のアドルフ・ブッシュもナチスの政策に抗議して祖国を離れれてしまいます。
ナチスは何度もアドルフ・ブッシュに帰国するようにうながすのですが、それへの回答は「ヒトラー、ゲッベルスとゲーリングが公に絞首刑にされた日に喜びをもって帰国する」との宣言だったことは有名な話です。さらに、ベルリンを活動の拠点としていたフリッツ・クライスラーやベルリン・フィルのコンサートマスターだったシモン・ゴールドベルクもドイツを去っていきます。
おそらく、それはナチスにとっては大きな誤算であったはずです。
そして、その誤算ゆえにドイツに残ったクーレンカンプはドイツ民族の優秀性を示すナチスの至宝的芸術家に祭り上げられてしまいました。
しかし、彼は己がナチスに利用されていることを知りながら、あらゆる場面においてナチスの文化政策に公然と逆らい続けました。それは、ユダヤ人であるメンデルスゾーンの協奏曲を録音しドイツ国内で発売するという分かりやすい形から、演奏そのものにおいていわゆるドイツ的伝統から意図的に離れて己の音楽を見直していくという、まさに「演奏という行為そのものを通してナチスにレジスタンスを行う」という高度な技まで駆使したものでした。
おそらく、このブラームスとベートーベンの協奏曲は、そう言う分かりやすいことと、気づかれにくい高度な技が組み合わさったものではないかと思われます。
まず、分かりやすい方ですが、それはベートーベンのカデンツァにはクライスラーのものを用い、ブラームスのカンデンツァにはヨアヒムのものを用いたことです。言うまでもなく、クライスラーもヨアヒムもユダヤ人ですから、当然の事ながらナチスはそれに異を唱えます。しかし、クーレンカンプは「これらユダヤ人のものを除いて、何を弾けというのだ」と突っぱねてしまいます。
普通ならばそれで牢獄行きなのでしょうが、さすがに「ナチスの至宝的芸術家」であるクーレンカンプにはそれ以上の手出しは出来なかったのです。
しかし、この演奏でそれ以上に注目すべきは、クーレンカンプがそれらの作品ともう一度真摯に向き合って、長い演奏史の中で積み重なってきたドイツ的な伝統を見直していることです。
もう少し分かりやすく言えば、劇場的継承として引き継がれてきたであろう伝統や慣習によりかかるのではなく、もう一度スコアに立ち返り、そこから自分の信じるベートーベンやブラームスを作りあげていることです。それは、一見すると海の向こうでトスカニーニが端緒となった「新即物主義」と同じように見えますが、その動機は随分と異なるように思われます。
おそらく、クーレンカンプはベートーベンやブラームスという偉大な先人たちの音楽を「ドイツの優位性」を誇示するための道具としてではなくて、音楽そのものが持っている価値をもう一度最初から見直し、その価値を演奏という行為で語りかけることでナチスの歪んだ価値観へのレジスタンスとしたのです。
それは、ある意味では、メンデルスゾーンの作品を演奏したり、クライスラーやヨアヒムのカデンツァを用いるという「分かりやすい行為」よりも、はるかに己の命を削るような営みであったはずです。
それ故に、彼の音楽はナチス統治下においても時を経るに連れて純度を増していきます。
彼の弟子でもあった福井直弘氏は「師の芸風はますますアポロ的に高揚してゆくのであった」と回想しているのですが、まさにこの時代のクーレンカンプの音楽を言い当てるのにピッタリの言葉です。
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