ベートーベン:交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」
クレンペラー指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1955年10月6,7日、12月17日録音
Beethoven:交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」 「第1楽章」
Beethoven:交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」 「第2楽章」
Beethoven:交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」 「第3?4楽章」
極限まで無駄をそぎ落とした音楽
今更何も言う必要がないほどの有名な作品です。
クラシック音楽に何の興味がない人でも、この作品の冒頭を知らない人はないでしょう。
交響曲と言えば「運命」、クラシック音楽と言えば「運命」です。
この作品は第3番の交響曲「エロイカ」が完成したすぐあとに着手されています。スケッチにまでさかのぼるとエロイカの創作時期とも重なると言われます。(1803年にこの作品のスケッチと思われる物があるそうです。ちなみにエロイカは1803〜4年にかけて創作されています。)
しかし、ベートーベンはこの作品の創作を一時的に中断をして第4番の交響曲を作曲しています。これには、とある伯爵未亡人との恋愛が関係していると言われています。
そして幸か不幸か、この恋愛が破局に向かう中でベートーベンはこの運命の創作活動に舞い戻ってきます。
そういう意味では、本格的に創作活動に着手されたのは1807年で、完成はその翌年ですが、全体を見渡してみると完成までにかなりの年月を要した作品だと言えます。そして、ベートーベンは決して筆の早い人ではなかったのですが、これほどまでに時間を要した作品は数えるほどです。
その理由は、この作品の特徴となっている緊密きわまる構成とその無駄のなさにあります。
エロイカと比べてみるとその違いは歴然としています。もっとも、その整理しきれない部分が渾然として存在しているところにエロイカの魅力があるのですが、運命の魅力は極限にまで整理され尽くしたところにあると言えます。
それだけに、創作には多大な苦労と時間を要したのでしょう。
それ以後の時代を眺めてみても、これほどまでに無駄の少ない作品は新ウィーン楽派と言われたベルクやウェーベルンが登場するまではちょっと思い当たりません。(多少方向性は異なるでしょうが、・・・だいぶ違うかな?)
それから、それまでの交響曲と比べると楽器が増やされている点も重要です。
その増やされた楽器は第4楽章で一気に登場して、音色においても音量においても今までにない幅の広がりをもたらして、絶大な効果をあげています。
これもまたこの作品が広く愛される一因ともなっています。
忘れ去られるには惜しい一連のモノラル録音
クレンペラー&フィルハーモニア管とのベートーベンと言えば、57年〜61年にかけてステレオ録音されたシリーズを思い浮かべるのが一般的です。そして、それらがクレンペラーが残した最良のベートーベンであることも事実です。
しかし、そのステレオ録音の前に、同じコンビで3番、5番、7番だけがモノラルで録音されていたことを知る人は少ないようです。
ステレオ録音による全集が収録される前にモノラルで3曲だけ録音されていたというのは、今から考えると何とも中途半端な話です。
しかし、EMIが「ステレオ録音」に対して懐疑的だった事を思い出せば、以下のような構図は読み取れると思います。
おそらくは、EMIにとっての黄金のコンビとも言うべきクレンペラー&フィルハーモニア管によるベートーベンの交響曲全集を彼らはモノラルで録音を始めたのでしょう。55年当時、すでに「ステレオ録音」なる「怪しげな技術」もあらわれていたのですが、そんなものを彼らは歯牙にもかけなかったはずです。
しかし、時代はEMIの思惑を裏切って、録音の主流は「モノラル録音」から怪しげな「ステレオ録音」に移行していきました。EMIの録音スタッフは慌てたはずです。そこで、この全集をモノラル録音で押し切るのはさすがにまずいと判断して、途中からステレオ録音に切り替えたものと思われます。そして、時代が一気にモノラルからステレオに移行する中で、売れ筋の3番や5番がモノラルのままではまずいと判断して、再度ステレオによる録音がなされたものと思われます。
結果として55年に録音された3つのモノラル録音は実質的にお蔵入りとなり、長く忘れ去られた状態になってしまいました。
もちろん、憶測の域は出ませんが、大きくは外れていないでしょう。
しかし、あらためて一連のモノラル録音を聴き直してみると、忘れ去るには「惜しい」と思わせる魅力を持っていることに気づきます。
とりわけ、3番「エロイカ」に関しては明らかにモノラル録音の方優れているように思います。と言うか、クレンペラーによるベートーベン演奏の最良のものの一つといっていいほどの出来だと断言できます。
この、凄まじいまでの熱気とオーラを発するようなエロイカは、そうそう他で聞けるものではありません。
5番と7番に関しては、トータルで判断するとステレオ録音の方が優れていると言えそうです。
ひと言で言えば、モノラルの方が「軽い」演奏になっています。ただし、誤解の無いように言い添えておきますが、その「軽い」というのは、ステレオ録音の方が常軌を逸したほどの「重さ」を持っているからであって、ノーマルな人々による演奏と比べれば十分に重厚なベートーベンになっています。
特に7番に関しては、あの異常なまでの遅さと重厚さを持ったステレオ録音に違和感を感じる人ならば、かえってこの程度の方が気持ちよく聞けるのかもしれません。どちらにしても、一般的は判断基準からすれば立派な演奏です。
それからもう一つ、この時期のEMIのモノラル録音のクオリティの高さに関しては特筆しておくべきでしょう。
正直言って、初期のステレオ録音は音場を広げることに腐心しすぎて響きの薄いものがたくさんありました。そう言う下手なステレオ録音と比べれば、この時期のEMIのモノラル録音ははるかにクオリティが高かったと断言できます。
そして、彼らにすれば、モノラルによる録音スタイルを「完成」させたと言う自負があったからこそ「ステレオ録音」という新しい技術に懐疑的にならざるを得なかったのかもしれません。まさに「成功」は「失敗」への第一歩と言うことです。
とにかく、長く日の目を見なかったこれら一連のモノラル録音がパブリックドメインになることで再び日が当たるようになったことは喜ばしいことです。
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