エマヌエル・ポンセ:イ短調組曲(Poncw:Suite In A minor)
(Gt)アンドレス・セゴビア:1930年録音(Andres Segovia:Recorded on 1930)
Poncw:Suite In A minor [1.Prelude. Allemande]
Poncw:Suite In A minor [2.Gavotte]
Poncw:Suite In A minor [3.Sarabande]
Poncw:Suite In A minor [4.Gigue]
Poncw:Suite In A minor [5.Folia De Espana - Theme And Variations With Fugue]
ちょっとした悪戯
この曲は、セゴビアの依頼によって書かれました。
言うまでもなくセゴビアとポンセは大の仲良しでした。
二人は1923年、セゴビアがメキシコへ最初の演奏旅行に訪れた際に出会いました。ポンセはセゴビアのコンサートを大絶賛するレビューを執筆し、そのことに感激したセゴビアは、ポンセに「ギターのための作品を書いてほしい」と懇願します。
ピアノが専門だったポンセは、セゴビアの才能と情熱に動かされ、ポンセが1948年に亡くなるまで二人の共同作業は続きました。
ポンセが楽譜の骨格を作り、それをセゴビアがギターで最も美しく響くように「フィンガリング」を付けたり、時にはフレーズ自体を修正・改変して完成させていきました。
そんな二人の結びつきの中で面白いのが。このイ短調組曲をめぐるエピソードです。
セゴビアは当時、独奏会のプログラムがポンセの曲ばかりになってしまうことを懸念していました。また、古典的なバロック作品もレパートリーにくわえたいと考えていました。
そこで、二人はちょっとした悪戯を追いつきます。
その悪戯とは、ポンセが過去の大家のスタイルで完璧な曲を書き、セゴビアがそれを「新発見されたバロックの楽譜」(バロック期の高名なリュート奏者シルヴィウス・レオポルト・ヴァイスの未発表作品)として演奏する」というものです。
驚くべきは、そんな悪戯が見事に成功し、初演後もヴァイスの作品として長く信じられ、1980年代になってようやくポンセの真作であることが公にされました。
セゴビア自身はこの悪戯が世間にバレて、周囲から「あれはポンセの曲ですよね?」と指摘されるようになってからも、「ヴァイス作曲」と言い張りました。そして、演涯にわたってステージの上では奏会でも「ヴァイス作曲」として演奏を続けました。
それもまた、亡きポンセとのかけがえのない絆であり、リスペクトだったのでしょう。
イ短調組曲
プレリュード(Preludio)
即興的で流麗なアルペジオ(分散和音)が全体を支配する、厳かかつドラマチックな前奏曲です。特定の拍子記号に縛られない自由な形式を感じさせます。
中間部では、和音(和声)が重厚に響くセクションがあり、セジーヤ(カポタストのように指で複数の弦を押さえる技術)を用いた美しい和声進行へと展開します。
右手のスムーズなアルペジオのコントロールと、左手の「2連続プリング・オフ(弦を引っ掻いて音を出す技法)」など、高度で滑らかなフィンガリングの連動が求められます。
アルマンド(Allemande)
4分の4拍子、中庸なテンポ(モデラート~レント)で演奏されるドイツ起源の重厚な舞曲です。複数の旋律が複雑に絡み合うポリフォニー(多声)の質感を持ちます。
本来のバロック組曲では「アルマンド」の後に速い「クーラント」という舞曲が続くのが定石ですが、ポンセはあえてクーラントを省き、独自の構成にしています。
様々なポジションやコードフォームの中で、自在にプリング・オフやハンマリングを行う必要があります。各声部を独立させて聴かせるための繊細な音量バランスが鍵となります。
サラバンド(Sarabande)
3拍子のゆったりとした重厚なスペイン起源の舞曲で、組曲の中で最も深い叙情性と哀愁を湛えています。
聴きどころ: アウフタクト(弱起・拍の裏)から始まる短い音のメロディパターンが執拗に繰り返され、これが装飾音のようにも、独立した旋律のようにも聴こえる独特の陰影を生み出しています。
プリングやハンマリングの直後に、素早くかつ精密なコードチェンジ(左手の押さえ替え)を行う難所が多く、全楽章の中でも特に高い左手の柔軟性と正確性が要求される教材的な難曲です。
ガヴォット(Gavotte I & II)
2拍子の軽快で優美なフランス起源の舞曲です。組曲の中ではテクニック的なハードルが最も低く、親しみやすいメロディのため、この楽章だけが単独でアンコールなどに演奏されることも多くあります。
哀愁漂う「第1ガヴォット」のあと、中間に「ミュゼット(第2ガヴォット)」を挟みます。中間の第2ガヴォットでは、低音で同じ音が持続する「ドローン効果(バグパイプのような響き)」の上で素朴な旋律が踊ります。
セゴビアが得意とした、ギターの音色を硬くしたり甘くしたりする「音色変化」が非常に映える構成になっています。
ジーグ(Gigue)
複合拍子(12/8拍子など)による、極めて速いテンポの圧倒的な終曲です。
最初のテーマが、まるでバッハの「フーガ」のように次々と異なる声部に受け継がれていく、本格的な対位法で書かれています。
最も演奏技術が要求される最難関の楽章です。速いテンポの中で複数のメロディラインを明確に弾き分ける右手・左手の独立性と、強靭なスタミナが必要とされます。
アンドレ・セゴビアの偉大な功績と変革
セゴビアの功績は、「ギターを酒場から救い出し、カーネギーホールのような世界のトップステージへ連れて行ったこと」に集約されます。
20世紀のモダン・クラシックギターの完成
セゴビアは、楽器そのもののポテンシャルを引き上げるために、製作家や化学者と密接に協力しました。
1940年代まで、ギターの弦は羊の腸で作られた「ガット弦」でした。ガット弦は湿度の影響を受けやすく、音量も小さく、演奏中に頻繁にチューニングが必要でした。
セゴビアは、アメリカの化学会社デュポン社とギター製作家アルベルト・オーガスティンに協力し、世界初の「ナイロン製ギター弦」の開発に成功しました。
これにより、安定したピッチと、大ホールに響く力強い音響が手に入り、現代のクラシックギターの基礎が完成しました。
さらに、ギター製作家のラミレスと楽器の大型化をおこないました。
弦長を650mmから664mmへと長くし、ボディを大きく・深くしたモデルの開発を行ったのです。
これにより、ピアノやバイオリンに対抗できる「遠鳴り(ホールの一番後ろまで届く音)」を実現しました。
ハード的には、これらの開発によって、ギターは酒場を抜け出してコンサート・ホールへと向かう基礎が確立できたのです。
しかし、ハードだけは不十分で、それらを生かし切る演奏法の確立が必要でした。
「爪」を使った独創的なタッチと音色表現
何よりも必要だったのは多彩な音色のパレットでした。
セゴビアは、それまで主流だった「指の腹だけで弾く奏法」を否定し、「爪の左側で弦を捉え、指の腹へ滑らせるように弾く」独自の奏法を完成させました。
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彼は、ブリッジ寄りを弾いて金属的な音(スル・ポンティチェロ)を出したり、指板寄りを弾いて甘く柔らかい音(スル・タスト)を出したりして、「ギターは小さなオーケストラである」という言葉を体現して見せました。
彼の爪のケア方法やタッチの角度は、現代のギタリストのバイブルとなっています。
しかし、これだけでは柾不十分です。ハードと演奏法を確立しても、それを発揮するための作品が必要でした。
なぜならば、ギターは「酒場の楽器」であり、一流の作曲家がギター曲を書くことはほとんどなかったのです。
ギター作品の作曲を依頼
それでは、なければ作ろうというのがセゴビアであって、彼は自ら広告塔となり、非ギタリストの作曲家たちに「ギターのための芸術曲」を書かせました。
その作曲家は多岐にわたりました。
マヌエル・ポンセ(メキシコ)はセゴビアの無二の親友であり、「南の協奏曲」」や「フォリアによる変奏曲」など、現代でも最高峰とされるギター曲を多数遺しました。
フェデリコ・モレーノ・トローバ(スペインは叙情的な「ソナチネ」など、スペインの薫り高い作品をセゴビアのために作りました。
マリオ・カステルヌオーヴォ=テデスコ(イタリア)は「ギター協奏曲 第1番」や「プラテーロと私」を作曲し、「ギターの協奏曲」というジャンルを確立させました。
そして、イトル・ヴィラ=ロボス(ブラジル)です。
セゴビアとの交流の中で、ギター音楽の金字塔である「12の練習曲」や「5つの前奏曲」が生まれました。
そして、最後に見逃せないのは後進の育成です。セゴビアが新しい時代を切り開いたとしても、それを受け継ぐ者がいなければすべては無に帰してしまいます。
教育・アカデミズムへの進出と後進の育成
それまでギターは「独学で弾く流しの楽器」という扱いでしたが、セゴビアは音楽大学にギター科を設置させることに尽力しました。
スペインのサンティアゴ・デ・コンポステラや、イタリアのキジアーナ音楽院などで国際マスタークラスを開講して、ギターを「バイオリンやピアノと同等のアカデミックな楽器」へと押し上げました。
その成果として、ジョン・ウィリアムズ、ジュリアン・ブリーム、アリリオ・ディアスなど、20世紀後半を彩る天才ギタリストたちが彼の指導を受け、世界へ羽ばたきました。
うーん、こうしてまとめてみると、やはりセゴビアは「演奏家」という狭い世界にとどまることのなかった凄い人だったんだと、あらためて思い知らされます。
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