ベートーヴェン:ヘンデル「ユダ・マカベウス」の「見よ勇者は帰る」の主題による12の変奏曲(Beethoven:12 Variations on 'See the conqu'ring hero comes', WoO 45)
(Cell)ルートヴィヒ・ヘルシャー:(P)エリー・ナイ 1956年録音(Ludwig Hoelscher:(P)Elly Ney Recorded on 1956)
Beethoven:12 Variations on 'See the conqu'ring hero comes', WoO 45
初期から中期への移行期に存在する作品
ベートーベンの変奏曲形式の小品は1800年前後の若い時代に集中しています。
今回はチェロとピアノによる作品を取り上げましたが、これ以外にもエロイカ変奏曲に代表されるようなピアノ作品や、フィガロの結婚のテーマを用いたヴァイオリンとピアノのための作品も残しています。
この手の作品は、巷間に知れ渡った有名なメロディをテーマとして取り上げて、それを小粋に変奏して楽しんでもらうという趣向ですから、当時の一般的な人々には結構受けた形式だったようです。
実際それらの音楽は、今日聞いてみてもなかなかに面白いです。つまりは、一般受けしそうな優美なメロディと雰囲気をもちながらも、ピリッとした辛みも効いているという洒落た作品群だからです。
しかし、このような変奏曲に集中した時代を過ぎると、ベートーベンはこのようなギャラントな雰囲気を漂わせた音楽からは身を引いてしまいます。そして、私たちがベートーベンという名前から受け取るような印象の音楽を書き始めます。
彼がふたたび変奏曲形式に舞い戻ってくるのは最晩年のピアノソナタや弦楽四重奏曲においてであって、そこで展開される変奏曲の世界は若い時代のギャラントな雰囲気などは微塵もない音楽が展開されます。
そう言う意味では、この若い時代の一群の変奏曲は、ベートーベンがベートーベンになっていく過程を表現したものとなっています。
このチェロとピアのための3曲の変奏曲を見ても、ヘンデルの有名な主題による変奏曲は最も娯楽性の高い作品となっていますが、それが魔笛の主題による12の変奏曲から7つの変奏曲とたどっていくと、彼が次第にただの娯楽作品としての変奏曲形式から抜け出していこうとした軌跡が浮かび上がってきます。
とりわけ、最後の7つの変奏曲では、チェロはオブリガートとしての地位を解き放たれて、時にはピアノと対等に協奏的に演奏されます。それは、ピアノにおけるエロイカバリエーションとも似通ったものであり、単なる娯楽性から解き放たれて、緻密な構成をもとにして音楽を建造物のように仕上げていこう中期のベートーベンの姿が垣間見える作品となっています。
ヘンデルの「見よ勇者は帰る」の主題による12の変奏曲 ト長調 WoO.45
表彰式の音楽としてあまりにも有名な音楽をテーマとした変奏曲です。初版譜に「オブリガートのチェロを伴う・・・」と記されているように、基本はピアノが主役の音楽であり、そこにチェロが彩りを添えるという構成になっています。これは、当時の弦楽器とピアノのためのソナタにおいては一般的な構成であり、ベートーベンもそのような世間の常識に従ったものです。
また、この作品を作曲した当時は、彼はピアニストとしての活躍も大きな部分を占めていたので、己の名人芸を披露するという意味合いも大きかったようです。
矛盾に満ちた安らぎ
ルートヴィヒ・ヘルシャーとエリー・ナイという、ある意味では凄い組み合わせによるベートーベンのチェロソナタ全曲と3つの変奏曲の録音です。
何が凄いのかと言えば、分かる人は分かると思うのですが、ともに元ナチス党員だった過去を持っている二人による録音なのです。
ルートヴィヒ・ヘルシャーについてはすでに少しふれました。彼の場合はナチス政権下で公職に就くために「手段」として入党した雰囲気が濃厚です。戦時下のベルリンフィルにおいてフルトヴェングラーを支えた人物だったようですから、おそらく、基本的にはナチスに対して面従腹背だったのかもしれません。
しかし、エリー・ナイは異なります。
彼女は徹底した反ユダヤ主義の家庭で育ちました。何しろ、彼女の一族はユダヤは人にあらずと考える程の反ユダヤ主義者だったのです。そして、彼女は自分が正しいと信じたことは断固として押し通す生真面目さと強さを持っていましたから、その反ユダヤ主義は彼女という人間の骨格を形成していました。
ですから、11歳でケルン音楽院に進学してイシドール・ザイスのクラスで9年間学ぶのですが、ザイスがユダヤ人だとわかると、彼を心の底から軽蔑して師の元を去っていきました。
そして、ピアニストとしての活動をはじめるようになっても、コンサートであろうと録音であろうと、スタッフにユダヤ人がいないことを絶対の条件としていました。
こういう信念を持ったピアニストが反ユダヤ主義をかかげるナチスに接近するのは当然のことであり、ナチスもまた彼女の才能と名声を最大限に利用して「総統のピアニスト」に祭り上げたのです。そして、困ったことに、そう言われるだけの音楽的才能を持っていたのです。
そんなエリー・ナイは当然の事ながら戦後は演奏活動を禁止され、再び演奏活動が再開できたのは1952年のことでした。この年は、西ドイツが独立を果たし、新しく成立した政府機関を維持するためにナチス時代の官僚などを復帰させる必要に迫られて彼らの公職追放を解除した年でした。
しかし、表だった言動は控えたものの、彼女は己の反ユダヤ種的な信念は決して曲げることはなかったようで、そのため戦後の演奏活動は極めて不遇なものでした。とは言え、それは仕方のない事というか、当然とも言うべき事だったのでしょう。
ところが、心底驚いたのは、そう言う二人によって演奏されたチェロ・ソナタはこの上もなく穏やかで心安らぐ音楽だったことです。
誤解を招く言い方かもしれませんが、ベートーベンの音楽というのは何らかの緊張を聞き手に強いるものです。しかし、この二人の手になるチェロ・ソナタは穏やかで、静かで、そしてリー・ナイのピアノもまた静かで透明感に溢れているのです。
あの骨の髄までの反ユダヤ主義とこのベートーベンの音楽の安らぎに満ちた演奏が私の中ではどうしても上手く結びつかないのです。
そして、もしかしたらナチズムの真のの恐ろしさはこういう矛盾の中にこそ存在していたのかもしれません。
良き市民であり、良き父親である人物が昼間は任務に従ってユダヤ人や反体制派の人々の大量殺戮を行い、家に帰ってからは微笑みを浮かべてモーツァルトの音楽を聞いていたのです。
そんな恐ろしい矛盾がこの二人の演奏の中にも潜んでいると言えば、あまりにも穿ちすぎでしょうか。
NHKはテレビ放送70周年の企画として、1995年に放映した「映像の世紀」をまとめて深夜帯に放送しています。そのドキュメンタリーは淡々とした語りとあるがままの映像が流れるだけなのですが、それ故に見るものに人間の愚かしさを嫌というほど思い知らされます。
昨日は第5集の「人類は地獄を見た」を見ました。その時に頭の中をよぎったのがこの二人の手になるベートーベン演奏でした。
よせられたコメント 2023-05-05:大串富史 管理人様への感謝と共に。
ベートーヴェンは決して嫌いでない(ピアノソナタ等)ものの、ごめんなさい好きにはなれず(交響曲等)、バッハがせっかくまとめ上げたものを、モーツァルトらがそれ違うんじゃないか?というところで、今度はベートーヴェンが、いや違う!俺の歌を聴け!となってクラシック音楽らしきものがどうやら本格始動した模様なので、まあベートーヴェンを全否定したりはしません。この曲もまあよさげではありますし。
演奏は…うーん…文句のつけようがない(まて
でも今回はやはり、管理人様への感謝ということにさせていただきたく思います。
管理人様曰く「良き市民であり、良き父親である人物が昼間は任務に従ってユダヤ人や反体制派の人々の大量殺戮を行い、家に帰ってからは微笑みを浮かべてモーツァルトの音楽を聞いていた」というのは、やはり芸術なり音楽なり演奏なりの真実ではなかろうかと思うのです。簡単な言い方をすれば、芸術なり音楽なり演奏なりの高みは人としての高みとは無関係であるという。
そういう意味では、二度の世界大戦を通してクラシック音楽が(というかヘレニズムを旨とするいわゆる西洋文明が)それまでのエネルギーを失ってしまったのは、かえって幸いであったのでは、と思います。別の言い方をすれば、今のクラシック音楽の人気度というのが、実はこの音楽様式の本来の人気度ではなかろうかとも思うわけです。
#というか、あのモチーフが実は「ユダ・マカベウス」の「見よ勇者は帰る」の主題であったというのは初めて知りました。ヘンデルにこんな形で高みに祭り上げられた「ユダ・マカベウス」本人がこのことを知ったなら、しかも後世の人々がこれまた何の関係もない表彰式にこの曲を毎回流すことを知ったなら、ご本人はさすがに迷惑に思うだろうと心配しきりです…
管理人様がこれからも、ご自愛されながら良きお仕事をお続けになられますよう。
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