ホルスト:セント・ポール組曲(Gustav Holst:St. Paul's Suite, Op.29 No.2)
マルコム・サージェント指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 1965年1月4日~5日録音(Sir Malcolm Sargent:Royal Philharmonic Orchestra Recorded on January 4-5, 1965)
Gustav Holst:St. Paul's Suite, Op.29 No.2 [1.Jig. Vivace]
Gustav Holst:St. Paul's Suite, Op.29 No.2 [2.Ostinato. Prest]
Gustav Holst:St. Paul's Suite, Op.29 No.2 [3.Intermezzo. Andante con moto]
Gustav Holst:St. Paul's Suite, Op.29 No.2 [4.Finale (The Dargason). Allegro]
生徒想いの「音楽の先生」
この作品は、ホルストの教師としての愛情と、作曲家としての創意工夫が詰まった作品だと言えます。
ホルストは1905年から没年の1934年まで、ロンドンのセント・ポール女学院で音楽主任を務めていました。
1913年、学校に新しい音楽棟が完成すると、多忙なホルストのために防音完備の専用個室が提供されました。彼はこの配慮に深く感激し、学校のオーケストラのためにこの組曲を書き上げました。
平日は教師として多忙だったため、主に休日や休暇を利用してこの部屋で執筆されました。
第1楽章:ジグ (Jig)
イギリスの伝統舞踊をベースに、6/8拍子と9/8拍子が頻繁に入れ替わる変則的なリズムが特徴です。
活気あるユニゾンの主題で始まり、2つの旋律が対照的に現れ、最後はスピードを上げて爽快に締めくくります。
第2楽章:オスティナート (Ostinato)
「オスティナート(一定の音型の反復)」の名の通り、第2ヴァイオリンが奏でる「ミ・レ・ド・レ」という8分音符のパッセージが全編を通して鳴り続けます。
その反復の上で、第1ヴァイオリンやヴィオラのソロが自由に、どこか懐かしい旋律を歌います。
第3楽章:インターメッツォ (Intermezzo)
ピチカートの伴奏に乗って、ソロ・ヴァイオリンがオリエンタルで神秘的な旋律を奏でます。
ゆったりとした Andante con moto ですが、中間部では一転して激しく情熱的な舞曲風に変わります。最後はカルテットのように静かに消えていきます。
第4楽章:終曲(ダーガソン)(Finale)
16世紀の舞曲「ダーガソン」の旋律が延々と繰り返される中、突如として超有名曲「グリーンスリーブス」が重なって現れます。
ダーガソンは6/8拍子、グリーンスリーブスは3/4拍子で進むため、異なるリズムが複雑に絡み合う高度な構成美を楽しめます。
ホルストは、管楽器の生徒たちも一緒に演奏できるよう、後に木管楽器を追加した編成も用意しました。
まさに生徒想いの「音楽の先生」らしい配慮ですね
イギリス音楽の発展に尽くした功績は大きなものがありました
サージェントという人はイギリスの作曲家の良き理解者であり支持者でもありました。エルガー、ホルスト、ブリテン等というそれなりに認知度のある作曲家だけでなく、ウォルトンやヴォーン=ウィリアムズ、さらにはアフリカ系イギリス人のサミュエル・コールリッジ=テイラー等の作品も熱心に取り上げています。
また、合唱の指揮者としてスタートしたこともあって、合唱を伴った作品の扱いは得意としていました。
メンデルスゾーンの「エリヤ」、ヘンデルの「メサイア」という定番だけでなく、エルガーの「ゲロンティアスの夢」やウォルトンの「ベルシャザールの饗宴」などと言うレアな作品もよく取り上げています。
そして、そう言うレアではあるけれども「手の内」に入った音楽では、非常にアグレッシブな演奏を聴かせてくれます。
言葉をかえれば、自信満々に「自分の音楽」を展開してくれていて聞きごたえは十分にあります。
ところが、それが一転してベートーベンやシューベルトみたいな、いわゆるドイツ・オーストリア系の正統派の音楽になると、急に行儀良くなるのです。
例えば、1960年に録音したベートーベンの3番「エロイカ」やシューベルトの「未完成」になると、いわゆる楷書風のさらっとした音楽になってしまっています。それを趣味の良い外連味のない音楽と評することも出来るのでしょうが、こういう二つの顔を見せつけられると「内弁慶」という言葉が頭の上を過ぎらざるを得ません。
そして、クラシック音楽の世界というのは、辺境部分でどんなに素晴らしい演奏を聴かせても、ドイツ・オーストリア系の正統派の部分でそれなりの実績を残さないと、早晩その存在は忘れ去られるという「悲しい現実」に行き当たることになるのです。
そこで、ふと気づいたのはサージェントの「合唱指揮者としての顔」と「オーケストラ指揮者としての顔」が随分異なっていたと言うことです。
サージェントは、ハダースフィールド合唱協会やロイヤル・コーラル・ソサエティといったイギリス伝統のアマチュア合唱団を長年率いました。
彼はアマチュア合唱団に対しては常に優しく熱心でした。
そして、彼の華やかでカリスマ的な指導は、アマチュア歌唱者たち強くひきつけ、彼らに「自分たちは最高の音楽を作っている」という自信と誇りを持たせました。
しかし、それがプロのオーケストラを相手にすると雰囲気がガラリと変わってしまうのがサージェントという指揮者でした。
何しろ、「サージェントの下では演奏したくない」とボイコットに近い動きまで引き起こすほどに嫌われてしまっていたのです。
その背景にあったのは「スター意識」と「厳しい規律」、そして何より「不用意な発言」だったと言われています。
なかでも極めつけの「不用意な発言」が「インタビュー事件」でした。
1936年に彼が新聞のインタビューでこんな事をいってしまったのです。
オーケストラ奏者は、終身雇用を保証されるべきではない。なぜなら、生活が安定しすぎると、演奏から情熱や必死さが失われ、ただの「公務員」のような仕事になってしまうからだ
この発言は、世界恐慌の余波で生活に苦しんでいた当時の楽員たちの感情を激しく逆なでしました。
特に、サージェント自身が華やかな生活を送り、「フラッシュ・ハリー(派手なハリー)」というあだ名で社交界のスターとして振る舞っていたこともあり、楽員からは「自分は贅沢をしながら、我々にはハングリー精神を強いるのか」と猛烈なバッシングが巻き起こしてしまったのです。
また、彼の完璧主義と「上から目線」の指導も反発を招きました。
彼は楽員を「音楽を作るパートナー」というよりは、「自分のビジョンを具現化するための駒」として扱う傾向があったのです。
つまりは、アマチュアの合唱団員には熱心で優しい「導師」として振る舞う一方で、プロのオーケストラ奏者に対しては高圧的な態度を取ることが多く、その落差が軋轢を生んだのでした。
なるほど、これでは、ドイツ・オーストリア系の正統派音楽では楷書風のさらっとした音楽にならざるを得なかったのも納得です。
とはいえ、それでも、サージェントがイギリス音楽の発展に尽くした功績は大きなものがありました。
癌に冒された死の直前にサージェントがプロムスのステージに姿を見せた際、かつて彼を嫌った楽員たちも、観客と共にスタンディングオベーションで迎えました。
オーケストラ奏者にとって、彼は「鼻持ちならない上司」ではありましたが、同時に「イギリスの音楽界を格上げした功労者」であることは認めざるを得なかったのでしょう。
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