ベートーベン:交響曲第1番 ハ長調 作品21
ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団 1950年12月27日録音
Beethoven:交響曲第1番 ハ長調 作品21 「第1楽章」
Beethoven:交響曲第1番 ハ長調 作品21 「第2楽章」
Beethoven:交響曲第1番 ハ長調 作品21 「第3楽章」
Beethoven:交響曲第1番 ハ長調 作品21 「第4楽章」
栴檀は双葉より芳し・・・?
ベートーベンの不滅の9曲と言われ交響曲の中では最も影の薄い存在です。その証拠に、このサイトにおいても2番から9番まではとっくの昔にいろいろな音源がアップされているのに、何故か1番だけはこの時期まで放置されていました。今回ようやくアップされたのも、ユング君の自発的意志ではなくて、リクエストを受けたためにようやくに重い腰を上げたという体たらくです。
でも、影は薄いとは言っても「不滅の9曲」の一曲です。もしその他の凡百の作曲家がその生涯に一つでもこれだけの作品を残すことができれば、疑いもなく彼の代表作となったはずです。問題は、彼のあとに続いた弟や妹があまりにも出来が良すぎたために長兄の影がすっかり薄くなってしまったと言うことです。
この作品は第1番という事なので若書きの作品のように思われますが、時期的には彼の前期を代表する6曲の弦楽四重奏曲やピアノ協奏曲の3番などが書かれた時期に重なります。つまり、ウィーンに出てきた若き無名の作曲家ではなくて、それなりに名前も売れて有名になってきた男の筆になるものです。モーツァルトが幼い頃から交響曲を書き始めたのとは対照的に、まさに満を持して世に送り出した作品だといえます。それは同時に、ウィーンにおける自らの地位をより確固としたものにしようと言う野心もあったはずです。
その意気込みは第1楽章の冒頭における和音の扱いにもあらわれていますし、、最終楽章の主題を探るように彷徨う序奏部などは聞き手の期待をいやがうえにも高めるような効果を持っていてけれん味満点です。第3楽章のメヌエット楽章なども優雅さよりは躍動感が前面にでてきて、より奔放なスケルツォ的な性格を持っています。
基本的な音楽の作りはハイドンやモーツァルトが到達した地点にしっかりと足はすえられていますが、至る所にそこから突き抜けようとするベートーベンの姿が垣間見られる作品だといえます。
忘れ去ってしまうには惜しい録音〜ミュンシュのベートーベン
ユング君にとってミュンシュといえばその最晩年のパリ管とのコンビで録音した幻想とブラームスの1番でした。特にブラームスはまるでフルトヴェングラーを思わせるような演奏で、ブラ1大好きな若き日のユング君にとっては、それこそ擦り切れるほど聞いた録音でした。それだけに、あの吉田大明神が「世界の指揮者」の中で、ミュンシュの初来日の時の演奏を「目の前にスコアが浮かび上がってくるような明晰きわまりない演奏で驚かされた」・・・みたいなことを書いているのを発見して驚かされたのも懐かしい思い出です。
パリ管とのコンビで知っているミュンシュの姿はそう言う明晰さとは対極にあるような激情をぶつけた熱い演奏だったので、何かの間違いではないかと思ったものです。もっとも、その後ボストン時代の録音も聞くようになってそのクエスチョンは少しずつ解消されるようになったのですが、ホントにこんなにも対照的な二面性を持った指揮者は他には思い当たりません。
それは、ワルターがヨーロッパ時代とアメリカ時代で芸風を大きく変えたというのとは少し性格の違う話のように思います。ワルターの場合はヨーロッパ時代の演奏こそが彼の本質であって、アメリカ時代の男性的で剛毅な演奏は「営業上の理由」が少なくなかったように思えます。しかし、ミュンシュの場合はボストン時代によくかいま見られた明晰でクリアな演奏も彼の本質から発したものであれば、時にライブで見せた熱い激情の爆発も彼の本質であったように思えるからです。いわば、ある意味では二律背反するようなアポロ的な側面とデモーニッシュな側面がミュンシュという男の中では何の矛盾も感じず同居していたように見えます。
しかし、さらにつっこんで考えてみれば、それなりの指揮者ならば誰でもそう言う二面性は内包しているのが当然なのかもしれません。例えば、セルやライナーをその表面だけを垣間見て機能性重視だけの冷たい演奏と断じれば大きな過ちを起こすことは周知の事実です。彼らのその強固な造形性の内部でたぎるような情熱が息づいていることは、聞く耳さえあれば誰もが了解できることです。しかし、彼らは、そのその様な熱い思いを「ナマの形」でさらけ出すことは生涯良しとはしませんでした。その事を思えば、ミュンシュという人の二面性は、結局はセルやライナーほどには己を律することができなかった結果なのかもしれません。そう言えば、一部ではミュンシュの爆発したライブを高く評価する向きもあるようで、その事は決して否定するつもりはないのですが、何度も繰り返して聞くにはいささか粗雑にすぎる感も否定できません。
ミュンシュが指揮者としてキャリアを本格的にスタートさせたのは40代です。これは10代の頃に歌劇場の下積みからスタートすることの多かった同時代の指揮者とくべればあまりにも遅いスタートといわざるをえません。もちろん、オーケストラプレーヤーとしてフルトヴェングラーをはじめとして多くの指揮者から学ぶことは多かったでしょう。しかし、指揮者にとって歌劇場の下積みからたたき上げで学ぶことがいかに重要かは指摘するまでもないことです。
そう言う、下積みからのたたき上げの経験がないということで言えば、いささかアマチュア的な指揮者だったと言えばお叱りを受けるでしょうか?しかし、恣意性が至るところで顔を出すライブ録音などを聞かされると、そして、セルやライナーのようなプロ中のプロと比べれば、そう言う思いが頭をよぎる人も少なくないのではないでしょうか?
残念ながらミュンシュの評価はフランスがその国家的威信をかけた創設したパリ管を任された頃を絶頂とすると、その後の評価は下がる一方のように見えます。近年、ボストン時代の録音がまとまってリリースされましたが、残念ながら再評価の機運もあまりないようです。この辺のことも、そう言うアマチュア的な弱さが大きな原因となってはいないでしょうか?
ただし、今回ボストン時代のミュンシュをまとめて聞いてみて、明晰さを前面に押し出して、恣意性を極力抑え込んだ録音はなかなかに立派なものだと再認識されました。それは、彼が得意としたベルリオーズ等のフランス音楽だけなでなく、ベートーベンなどのドイツ系の音楽においても同様のことがいえます。
ミュンシュのベートーベンといえば9番に関しては昔から評価が高かったのですが、それ以外の作品もなかなかに立派なものです。どれもこれも造形がしっかりして、曖昧さというものが全くない明晰な演奏ばかりです。そして、ボストン響がもつどこかくすんだような響きがヨーロッパのオケを思わせるような風情があって、セルやライナーとは一線を画しています。
やはり、忘れ去ってしまうには惜しい録音です。
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