チャイコフスキー:交響曲第4番へ短調, Op.36(Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor, Op.36)
エーリッヒ・クライバー指揮 パリ音楽院管弦楽団 1949年6月録音(Erich Kleiber:Paris Conservatoire Orchestra Recorded on July 1949)
Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor, Op.36 [1.Andante sostenuto - Moderato con anima]
Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor, Op.36 [2.Andantino in modo di Canzone]
Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor, Op.36 [3.Scherzo. Pizzicato ostinato.]
Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor, Op.36 [4.Finale. Allegro con fuoco]
絶望と希望の間で揺れ動く切なさ
今さら言うまでもないことですが、チャイコフスキーの交響曲は基本的には私小説です。それ故に、彼の人生における最大のターニングポイントとも言うべき時期に作曲されたこの作品は大きな意味を持っています。
まず一つ目のターニングポイントは、フォン・メック夫人との出会いです。
もう一つは、アントニーナ・イヴァノヴナ・ミリュコーヴァなる女性との不幸きわまる結婚です。
両方ともあまりにも有名なエピソードですから詳しくはふれませんが、この二つの出来事はチャイコフスキーの人生における大きな転換点だったことは注意しておいていいでしょう。
そして、その様なごたごたの中で作曲されたのがこの第4番の交響曲です。(この時期に作曲されたもう一つの大作が「エフゲニー・オネーギン」です)
チャイコフスキーの特徴を一言で言えば、絶望と希望の間で揺れ動く切なさとでも言えましょうか。
この傾向は晩年になるにつれて色濃くなりますが、そのような特徴がはっきりとあらわれてくるのが、このターニングポイントの時期です。初期の作品がどちらかと言えば古典的な形式感を追求する方向が強かったのに対して、この転換点の時期を前後してスラブ的な憂愁が前面にでてくるようになります。そしてその変化が、印象の薄かった初期作品の限界をうち破って、チャイコフスキーらしい独自の世界を生み出していくことにつながります。
チャイコフスキーはいわゆる「五人組」に対して「西欧派」と呼ばれることがあって、両者は対立関係にあったように言われます。しかし、この転換点以降の作品を聞いてみれば、両者は驚くほど共通する点を持っていることに気づかされます。
例えば、第1楽章を特徴づける「運命の動機」は、明らかに合理主義だけでは解決できない、ロシアならではなの響きです。それ故に、これを「宿命の動機」と呼ぶ人もいます。西欧の「運命」は、ロシアでは「宿命」となるのです。
第2楽章のいびつな舞曲、いらだちと焦燥に満ちた第3楽章、そして終末楽章における馬鹿騒ぎ!!
これを同時期のブラームスの交響曲と比べてみれば、チャイコフスキーのたっている地点はブラームスよりは「五人組」の方に近いことは誰でも納得するでしょう。
それから、これはあまりふれられませんが、チャイコフスキーの作品にはロシアの社会状況も色濃く反映しているのではと私は思っています。
1861年の農奴解放令によって西欧化が進むかに思えたロシアは、その後一転して反動化していきます。解放された農奴が都市に流入して労働者へと変わっていく中で、社会主義運動が高まっていったのが反動化の引き金となったようです。
80年代はその様なロシア的不条理が前面に躍り出て、一部の進歩的知識人の幻想を木っ端微塵にうち砕いた時代です。
私がチャイコフスキーの作品から一貫して感じ取る「切なさ」は、その様なロシアと言う民族と国家の有り様を反映しているのではないでしょうか。
内なるロマンティシズム
エーリヒ・クライバーと言えば直線的でキリリと引き締まった演奏をする人というのが通り相場です。
そして、そういう評価に改めて納得させられるのが、最晩年にDECCAに残した録音です。
このDECCA録音といえば、真っ先に思い浮かぶのがベートーベンの一連の交響曲でしょうか。
ベートーヴェン:交響曲第3番 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1953年
ベートーヴェン:交響曲第3番 コンセルトヘボウ管弦楽団 1950年
ベートーヴェン:交響曲第5番 コンセルトヘボウ管弦楽団 1953年
ベートーヴェン:交響曲第6番 コンセルトヘボウ管弦楽団 1953年
ベートーヴェン:交響曲第6番 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1948年
ベートーヴェン:交響曲第7番 コンセルトヘボウ管弦楽団 1950年
それと、モーツァルトの「フィガロの結婚」やリヒャルト・シュトラウスの「ばらの騎士」あたりでしょうか。
R.シュトラウス:歌劇「ばらの騎士」全曲 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン国立歌劇場合唱団 録音:1954年
モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」全曲 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン国立歌劇場合唱団1955年
コンセルトヘボウ管弦楽団tとウィーン・フィルハーモニー管弦楽団というのもポイントが高いです。
エーリヒ・クライバーが指揮者という道を志す決定的な転機となったのは、少年時代にグスタフ・マーラーが指揮する自作の交響曲6番「悲劇的」を聴いた体験であったと伝えられています。
そして、若いころの録音を聞いてみると、なるほど彼の指揮者としての原点はマーラーだったのだと納得がいく録音が数多くあります。
例えば、このあたり・・・。
ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」 op.314
エーリヒ・クライバー指揮 シュターツカペレ・ベルリン 1923年録音
そういうことを思い浮かべながら晩年のDECCA録音を聞いてみると、彼がその生涯において、どれほど遠くまで歩いて行ったのかと感心させられます。
とはいえ、晩年になってもそういう心の内が漏れ出すこともありました。
スメタナ:「我が祖国」から「ヴィシェフラド(高い城)」
エーリヒ・クライバー指揮 ベルリン国立歌劇場管弦楽団 1954年11月録音
こういう主情的な演奏が晩年にも聞けるので、その原点は彼の心の奥深くに生き続けていたのでしょう。
ですから、エーリヒがただのザッハリヒカイトなだけの指揮者ではなかったことはよく見ておく必要があります。
このあたり、本質的にはセルと似ていたのかもしれません。
DECCA録音にはチャイコフスキーの交響曲が2曲あります。
チャイコフスキー:交響曲第4番 ヘ短調 Op.36 パリ音楽院管弦楽団 1949年
チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」 パリ音楽院管弦楽団 1953年
表面的にはザッハリヒカイトなスタイルをとっていても、その奥には溢れるほどのロマンティシズムを秘めていることが伝わってきます。
私はその内なるロマンティシズムを「音楽力」と名づけたくなります。
それを内なる原動力としてたんなるザッハリヒカイトなだけでない音楽ををつくり出す、それがエーリッヒのたどり着いた一つの到達点だったのでしょうか。
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