チャイコフスキー:交響曲第4番 ヘ短調 作品36
ドラティ指揮 ロンドン交響楽団 1960年6月17&18日録音
Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor Op.36 [1st movement]
Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor Op.36 [2nd movement]
Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor Op.36 [1rd movement]
Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor Op.36 [4th movement]
絶望と希望の間で揺れ動く切なさ
今さら言うまでもないことですが、チャイコフスキーの交響曲は基本的には私小説です。それ故に、彼の人生における最大のターニングポイントとも言うべき時期に作曲されたこの作品は大きな意味を持っています。
まず一つ目のターニングポイントは、フォン・メック夫人との出会いです。
もう一つは、アントニーナ・イヴァノヴナ・ミリュコーヴァなる女性との不幸きわまる結婚です。
両方ともあまりにも有名なエピソードですから詳しくはふれませんが、この二つの出来事はチャイコフスキーの人生における大きな転換点だったことは注意しておいていいでしょう。
そして、その様なごたごたの中で作曲されたのがこの第4番の交響曲です。(この時期に作曲されたもう一つの大作が「エフゲニー・オネーギン」です)
チャイコフスキーの特徴を一言で言えば、絶望と希望の間で揺れ動く切なさとでも言えましょうか。
この傾向は晩年になるにつれて色濃くなりますが、そのような特徴がはっきりとあらわれてくるのが、このターニングポイントの時期です。初期の作品がどちらかと言えば古典的な形式感を追求する方向が強かったのに対して、この転換点の時期を前後してスラブ的な憂愁が前面にでてくるようになります。そしてその変化が、印象の薄かった初期作品の限界をうち破って、チャイコフスキーらしい独自の世界を生み出していくことにつながります。
チャイコフスキーはいわゆる「五人組」に対して「西欧派」と呼ばれることがあって、両者は対立関係にあったように言われます。しかし、この転換点以降の作品を聞いてみれば、両者は驚くほど共通する点を持っていることに気づかされます。
例えば、第1楽章を特徴づける「運命の動機」は、明らかに合理主義だけでは解決できない、ロシアならではなの響きです。それ故に、これを「宿命の動機」と呼ぶ人もいます。西欧の「運命」は、ロシアでは「宿命」となるのです。
第2楽章のいびつな舞曲、いらだちと焦燥に満ちた第3楽章、そして終末楽章における馬鹿騒ぎ!!
これを同時期のブラームスの交響曲と比べてみれば、チャイコフスキーのたっている地点はブラームスよりは「五人組」の方に近いことは誰でも納得するでしょう。
それから、これはあまりふれられませんが、チャイコフスキーの作品にはロシアの社会状況も色濃く反映しているのではと私は思っています。
1861年の農奴解放令によって西欧化が進むかに思えたロシアは、その後一転して反動化していきます。解放された農奴が都市に流入して労働者へと変わっていく中で、社会主義運動が高まっていったのが反動化の引き金となったようです。
80年代はその様なロシア的不条理が前面に躍り出て、一部の進歩的知識人の幻想を木っ端微塵にうち砕いた時代です。
私がチャイコフスキーの作品から一貫して感じ取る「切なさ」は、その様なロシアと言う民族と国家の有り様を反映しているのではないでしょうか。
伝説の名録音?マーキュリー・レーベル
今もマーキュリーレーベルの録音は伝説です。
彼らのキャッチフレーズだった「You are there」は、決して誇大広告ではありません。
その録音の特徴は、とびきりの鮮明さと空間いっぱいに広がるダイナミックな響きの見事さにあると言えます。そして、この伝説の録音を実現したのが、録音史上最も耳の良いプロデューサーと言われたウィルマ・コザードでした。
彼女は、モノラルならば一本のマイク、ステレオ録音になってからは左右に一本ずつ追加して合計で3本というスタイルを厳格に守り続けました。いわゆるワンポイント録音という手法ですが、これでは3トラックに録音した音を2チャンネルにトラックダウンするだけですから、録音してからの調整などはほとんどできません。
適当なセッティングでも、後からいくらでも調整が可能なマルチマイク録音とは、思想が根本から違うのです。
ベストのマイクセッティングを得るためには天才的な閃きが求められます。
さらに言えば、この録音手法は演奏する側にも多大なるプレッシャーを与えます。
録音してからいかようにも料理できるマルチマイク録音と違って、ワンポイント録音の場合は演奏する側にも一切の誤魔化しを許さないからです。その意味でも、この録音で確認できるオケのクオリティには一切の誤魔化しはないのです。
さらに、コザートは厳格なワンポイント録音にこだわるだけでなく、使用するマイクにはテレフンケンの最高級のものを使い、さらには映像用の35ミリフィルムに特殊な磁気層を塗布した録音テープを使う特製の録音デッキまで用意するという徹底ぶりでした。
そして、そこまでして丁寧にすくい上げた録音データは、当然のようにいかなるリミッターやコンプレッサー、さらにフィルターなども一切使わずにそのままカッティングされました。
「初期のワンポイント録音は、その場の空気感をとらえてあまり音圧を上げずDレンジを広いまま入れるような音作りでした。・・・それらは超高級オーディオで聞けば最高にいい音でもあっても、一般リスナーには・・・迫力不足になりかねないのも事実でした。ですから、現在はどちらのユーザーにも満足してもらえるように・・・両立を心がけています。」なんてことを恥ずかしげもなく語る現在の録音エンジニアに聞かせてやりたいほどの(まあ、知ってはいるでしょうが・・・^^;)徹底ぶりなのです。
このシンプルさへの徹底が、異次元とも言えるような鮮明さととんでもないダイナミックさを実現したのです。
しかし、そんなマーキュリーレーベルも60年代に入って大手フィリップスの傘下にはいると、コザートのような採算度外視の徹底ぶりは経営陣に嫌われて追い出される羽目になります。彼女が去ってからもマーキュリーの名前は残ったのですが、その内実は「伝説」と言われたレーベルのものとは全く別物になってしまいました。
いつの時代も大手というのはつまらん存在です。
しかし、コザートが実現した異次元レベルの鮮明さは顕微鏡で毛穴の奥までのぞき込むようなものでした。ですから、その録音はオケのちょっとした荒さであっても、その荒さを白日の下にさらけ出してしまいます。
これが、実に辛いところなのです。
ドラティの録音で言えば、彼女が1949年から1960年まで音楽監督を務め、オーケストラビルダーとして鍛え上げていたミネアポリス交響楽団であっても、このコザートの録音だと荒さがどうしても耳についてしまうのです。言葉をかえれば、コザートはそのような部分についても、分かっていながらも一切の容赦も手抜きもしなかったのです。
ところが、オケがロンドン交響楽団なんかだと事情は全く変わってしまうのです。少し前に紹介したドヴォルザークのスラブ舞曲集(1958年4月録音 ミネアポリス交響楽団)では感じた荒さが、ほぼ同時期の録音である交響曲第8番(1959年 ロンドン交響楽団)ではそれほど強く感じないのです。
そのことは、同じくロンドン交響楽団と録音したチャイコフスキーの4番(1960年)や6番(1960年)、ベートーベンの5番(1962年)、6番(1962年)、7番(1963年)などにも言えます。
くるみ割り人形(1962年7月)の時にも感じたのですが、この時期のロンドン交響楽団というのはただ者ではありません。一部では、すでに落ち目になり始めていたという批評もあるのですが、この録音を聞いて落ち目と思うならばほとんどのオケはゴミ同然です。
ただし、録音的に面白いなと思うのは、そう言う荒さが、「You are there」というレーベルのキャッチフレーズを生々しく思い起こさせるという事実です。それは上手な化粧で欠点を覆い隠した偽物の美女よりはよほど美しいのです。
そして、そのことは、さすがのロンドン交響楽団をもってしても部分的には当てはまるのです。
半世紀も前に、録音という芸術がすでにこのレベルにまで達していたことは心に留めておくべきでしょう。変化は必ずしも進歩ではありませんし、時が経れば物事は前へ進むものだと考えるのは愚か者だけです。
よせられたコメント 2014-10-14:benetianfish 待ってました!と、思わず叫んでしまいました。yung 君のサイトのおかげでドラティの演奏に出会えて以来、彼のチャイコフスキーがたいそう気に入っております。ただ、この交響曲集の CD はなかなか入手困難で、Universal Music が配信する FLAC で我慢していたのですが(しかし、そのうち第3番第1楽章は途中で切れるという代物!)、とうとう yung 君のサイトでも出てまいりましたね。特に第4番は、個人的には「one of the best」だと思います(ムラヴィンスキーの演奏をまだ聴いてないので、「The best」とは言い切りませんが...)。
ドラティの演奏は、この4?6番ももちろんすばらしいと思いましたが、'65年に録音された1?3番の方が、精巧さとスペクタクル度がより高い次元で両立されているように感じられ、これら前期の交響曲を見直す良い機会を与えてくれました。と、ここまで書いて気づいたのですが、「スペクタクル度」がアップしたように感じるのは、1965年にはもうコザートが現場から去ってしまって録音方法が変わったから...?どちらにしても、この交響曲全集は忘却の彼方に追いやってしまうにはあまりにも惜しいと思います。
あと2、3年で1?3番の方もパブリック・ドメインになると思いますが、そのときは是非よろしくお願いします!
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