ベートーベン:交響曲第8番 ヘ長調 作品93
スタインバーグ指揮 ピッツバーグ交響楽団 1954年4月15日&16日録音
Beethoven:Symphony No.8 in F Op.93 [1st movement]
Beethoven:Symphony No.8 in F Op.93 [2nd movement]
Beethoven:Symphony No.8 in F Op.93 [3rd movement]
Beethoven:Symphony No.8 in F Op.93 [4th movement]
谷間に咲く花、なんて言わないでください。
初期の1番・2番をのぞけば、もっとも影が薄いのがこの8番の交響曲です。どうも大曲にはさまれると分が悪いようで、4番の交響曲にもにたようなことがいえます。
しかし、4番の方は、カルロス・クライバーによるすばらしい演奏によって、その真価が多くの人に知られるようになりました。それだけが原因とは思いませんが、最近ではけっこうな人気曲になっています。
たしかに、第一楽章の瞑想的な序奏部分から、第1主題が一気にはじけ出すところなど、もっと早くから人気が出ても不思議でない華やかな要素をもっています。
それに比べると、8番は地味なだけにますます影の薄さが目立ちます。
おまけに、交響曲の世界で8番という数字は、大曲、人気曲が多い数字です。
マーラーの8番は「千人の交響曲」というとんでもない大編成の曲です。
ブルックナーの8番についてはなんの説明もいりません。
シューベルトやドヴォルザークの8番は、ともに大変な人気曲です。
8番という数字は野球にたとえれば、3番、4番バッターに匹敵するようなスター選手が並んでいます。そんな中で、ベートーベンの8番はその番号通りの8番バッターです。これで守備位置がライトだったら最低です。
しかし、ユング君の見るところ、彼は「8番、ライト」ではなく、守備の要であるショートかセカンドを守っているようです。
確かに、野球チーム「ベートーベン」を代表するスター選手ではありませんが、玄人をうならせる渋いプレーを確実にこなす「いぶし銀」の選手であることは間違いありません。
急に話がシビアになりますが、この作品の真価は、リズム動機による交響曲の構築という命題に対する、もう一つの解答だと言う点にあります。
もちろん、第1の解答は7番の交響曲ですが、この8番もそれに劣らぬすばらしい解答となっています。ただし、7番がこの上もなく華やかな解答だったのに対して、8番は分かる人にしか分からないと言う玄人好みの作品になっているところに、両者の違いがあります。
そして、「スター指揮者」と呼ばれるような人よりは、いわゆる「玄人好みの指揮者」の方が、この曲ですばらしい演奏を聞かせてくれると言うのも興味深い事実です。
そして、そう言う人の演奏でこの8番を聞くと、決してこの曲が「小粋でしゃれた交響曲」などではなく、疑いもなく後期のベートーベンを代表する堂々たるシンフォニーであることに気づかせてくれます。
明るくて健康的な音楽
スタインバーグと言えば協奏曲の伴奏をやっている地味な指揮者というイメージがあります。そのイメージの原因となったのがミルシテインとのコンビで録音した数多くのコンチェルトでしょう。
ミルシテインは今も20世紀を代表するヴァイオリニストとして認知されていますから、それらの録音の多くは今も現役盤です。つまりは半世紀以上の時間が経過してもそれらの録音は多くの人の目に触れる機会があり、その目にふれた録音のクレジットを眺めるといつもスタインバーグ指揮、ピッツバーグ交響楽団という記述があるというわけです。
そして、不幸なことに、現役盤を眺めまして見ても「スタインバーグ指揮 ピッツバーグ交響楽団」だけで録音された演奏がほとんど存在しないのです。
結果として、スタインバーグという指揮者に「地味な伴奏指揮者」というイメージができあがってしまったわけです。
しかし、「ああ、あのミルシテインの伴奏をいつもやっていた人ね」みたいな認識がある方がまだしもましで、「スタインバーグって誰?」という反応の方が一般的かもしれません。
もしかしたら、熱心にPCオーディオに取り組んできた人なら、「知っているよ!ASIO規格を作ったドイツの会社でしょう!!」なんて言われてしまうかもしれません。実際、Googleで「スタインバーグ」と検索すれば一番にヒットするのはそのスタインバーグ社の方です。
スタインバーグという指揮者は典型的な職人タイプの指揮者でした。
いますね、こういう人。
結構いい仕事をしてきたのに、そして、元気に活躍していたときはあちこちからたくさんのお仕事が殺到していたのに、何故か亡くなってしまうと一気に認知度が下がってしまうと言うタイプです。そして、その忘れ去られた録音を久しぶりに引っ張り出して聞き直してみると、これまた不思議なことにどれもこれも「いい仕事」をしているのです。
不思議と言えば不思議、理不尽と言えば理不尽なのですが、それが「芸の世界」というものなのでしょう。
スタインバーグの音楽は基本的にはトスカニーニのスタイルなのでしょうが、あの頑固親父みたいに屈折していないのが素敵でもあり、残念でもあるのです。もしも、彼がもっと屈折していれば、セルやライナーのようになっていたかもしれません。しかし、彼はああいう変人になるには人がよすぎたみたいです。
彼が1952年から1976年まで率いたピッツバーグ響のことを「二流オーケストラ」と書いている人がいますが、それはあまりにも聞く耳がなさすぎます。四半世紀にもわたってこの職人的オーケストラビルダーに率いられたオケが二流であるはずがありません。50年代のモノラル録音を聞いても楽器間のバランス感覚は抜群で、内部の見通しのよいすっきりとした音楽に仕上げる能力を有していたことは誰でもすぐに分かるはずです。
言うまでもないことですが、当時の録音技術では後から楽器間の音量バランスを調整するなどと言うことは不可能ですから、この見通しのよい響きが実際のコンサートホールで鳴り響いていたはずです。
確かに、90年代以降のハイテクオケと比べれば精緻さには欠けるかもしれませんが、この時代の水準を考えれば見事なものです。
ただし、スタインバーグは自らが鍛え上げたこのオケをさらに変質的なまでに締め上げて、「セル&クリーブランド響」や「ライナー&シカゴ響」のようにしようとは思わなかったようです。結果として、彼の音楽にはセルやライナーのような凄みはなかったかわりに、何とも言えない明るくて健康的な直線性を獲得しました。
言葉をかえればあまりにも「脳天気」だと批判することも可能なのでしょうが(たとえばブルックナー)、ある意味ではアメリカの「黄金の50年代」に最もふさわしい音楽になっています。そして、あまりにも屈折しすぎた今という時代にそのような音楽を聞くことは一つの「癒し」でもあります。
その意味では、ベートーベンやブラームスみたいな音楽よりはヘンデルの「水上の音楽」やラヴェルの「ボレロ」「ラ・ヴァルス」みたいな音楽の方が相性がいいように思います。また、ベートーベンならば「皇帝」、ブラームスならば「ピアノ協奏曲第1番」のような外連味あふれる作品の方が好ましく思えます。
ただし、誤解の起きないように言い添えておきますは、それは決して彼のベートーベンやブラームスの交響曲がつまらないと言っているわけではありません。それらもまた、屈託のないトスカニーニのように響きます。もしかしたら、音楽の形としてはシューリヒトに近いのかもしれませんが、スタインバーグの音楽はあれほど淡彩ではありません。その意味では、トスカニーニやシューリヒトの亜流ではない、スタインバーグならではの音楽になっています。
それから、もう一つ加えておくと、ブルックナーのロマンティックやチャイコフスキーのイタリア奇想曲みたいに、「なんだこりゃ??」みたいな演奏もあります。そう言うのを聞くと、面白いと言えば面白い、なかなかに一筋縄ではいかない指揮者だったんだなとニヤリとさせられます。もちろん、そう言うのは許せない!と言う人もいるでしょうが、私は決して嫌いではありません。
なお、聞くところによるとこのコンビによる録音はテープ録音が一般的でなかった時代に「35mmマグネチックフィルム」なるものを使って録音されたこともあるそうです。映画用に作られたテープですからコスト的には10倍以上かかったそうですが、録音できる「情報量」が圧倒的に多かったために音質的なメリットは大きかったようです。
デジタルマスタリングされた状態で聞いても、50年代の初期のモノラル録音としては極上といえる音質です。
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