モーツァルト:交響曲第38番 ニ長調 「プラハ」, K.504
アンドレ・ヴァンデルノート指揮 パリ音楽院管弦楽団 1957年録音
Mozart:交響曲第38番 ニ長調 「プラハ」 K.504 「第1楽章」
Mozart:交響曲第38番 ニ長調 「プラハ」 K.504 「第2楽章」
Mozart:交響曲第38番 ニ長調 「プラハ」 K.504 「第3楽章」
複雑さの極みに成立している音楽
1783年にわずか4日で「リンツ・シンフォニー」を仕上げたモーツァルトはその後3年にもわたってこのジャンルに取り組むことはありませんでした。40年にも満たないモーツァルトの人生において3年というのは決して短い時間ではありません。その様な長いブランクの後に生み出されたのが38番のシンフォニーで、通称「プラハ」と呼ばれる作品です。
前作のリンツが単純さのなかの清明さが特徴だとすれば、このプラハはそれとは全く正反対の性格を持っています。
冒頭部分はともに長大な序奏ではじまるところは同じですが、こちらの序奏部はまるで「ドン・ジョバンニ」を連想させるような緊張感に満ちています。そして、その様な暗い緊張感を突き抜けてアレグロの主部がはじまる部分はリンツと相似形ですが、その対照はより見事であり次元の違いを感じさせます。そして、それに続くしなやかな歌に満ちたメロディが胸を打ち、それに続いていくつもの声部が複雑に絡み合いながら展開されていく様はジュピターのフィナーレを思わせるものがあります。
つまり、こちらは複雑さの極みに成り立っている作品でありながら、モーツァルトの天才がその様な複雑さを聞き手に全く感じさせないと言う希有の作品だと言うことです。
第2楽章の素晴らしい歌に満ちた音楽も、最終楽章の胸のすくような音楽も、じっくりと聴いてみると全てこの上もない複雑さの上に成り立っていながら、全くその様な複雑さを感じさせません。プラハでの初演で聴衆が熱狂的にこの作品を受け入れたというのは宜なるかなです。
伝えられた話では、熱狂的な拍手の中から「フィガロから何か一曲を!」の声が挙がったそうです。それにこたえてモーツァルトはピアノに向かい「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」を即興で12の変奏曲に仕立てて見せたそうです。もちろん、音楽はその場限りのものとして消えてしまって楽譜は残っていません。チェリが聞けば泣いて喜びそうなエピソードです。
30歳の若者にしか作れなかった音楽
ヴァンデルノートという名前を聞いてある種の「懐かしさ」を覚える人は、よほど年季の入ったクラシック音楽愛好家でしょう。なぜなら、65年には来日して、読売日響を指揮する颯爽とした姿を未だに懐かしく覚えている方もいるようですから。
もちろん私などは足元にも及ばず、ただ「知識」として知っているだけの存在です。
ベルギー人であるヴァンデルノートは、ベルギー国立管弦楽団、ベルギー王立劇場(モネ劇場)の指揮者を歴任し、さらには同郷のクリュイタンスの推薦もあってパリ音楽院管弦楽団の指揮台にもたびたび登場しました。そして、63年にはシカゴ交響楽団を指揮してアメリカデビューも果たし、彼のことをクリュイタンスの後継者と見なす人も多かったようです。
しかし、そのようなキャリアを捨て去るように、彼は67年にブラバンド管弦楽団というあまり有名とは言い難いオケの首席指揮者に就任し、その後はベルギー国内での活動に専念するようになって、世界的には姿が消え去ったような存在となってしまいました。
あれっ?、これって誰かと似ていると思い当たった方がいれば、それもまたかなりのクラシック音楽通です。そう、これってペーター・マークとそっくりです。
くわしくは、
こちら。 ・・・エライ古い文章ですが・・・。
ただ、少し違うのは、マークはそのようなドロップ・アウトによって、田舎の小さなオケを相手に言うに言われぬ素晴らし音楽の世界を作り上げてくれましたが、ヴァンデルノートの方は、その晩年に残した音楽を聞くと、かなり苦しいものになってしまっていることです。(ベルギー・フランス語放送管弦楽団を指揮したライブ録音・・・人によっては「なかったことにしたい」ような演奏らしいです)
そう言えば、彼とのコンビでモーツァルトのコンチェルトを録音したハイドシェクは、「演奏よりその後のビールにしか興味のない人物」と評していたそうです。
彼のドロップ・アウトの本当の理由は未だに「謎」らしいので、もしかしたら、マークのような深遠な理由が背景にあるのではなくて、意外と「飲んべえ」が原因だったのかもしれません。
ただし、彼が若手の指揮者としてキャリアを上っていこうとしている時代の録音には素晴らしいものがたくさんあります。
特に、今回取り上げたモーツァルトの交響曲は素晴らしい演奏です。この時、ヴァンデルノートは30歳になったばかりです。
クラシック音楽の世界というのは「シルバーシート優先」という麗しい「伝統」があって、とりわけ指揮者というのは年を重ねるほど芸に深みが出てくると信じられています。ですから、一般的には、こういう駆け出しの指揮者の音楽などというものはそれほど注目されないものです。
確かに、こういう評価の仕方は概ね正しいことが多いのですが、その反面、そう言う「若者」にしか為しえない音楽の形というものも存在することは事実です。
そう言えば、人はその一生において同じものを三回見ると言った人がいました。若いときには「発見」の喜びで見つめ、脂ののりきった壮年期にはそれを「確かめる」ように見つめ、そうして老年を迎えて「見納め」の思いで眺めるというのです。
そして、この録音はそのような若者でしか為しえないようなほとばしるような生命観に満ちあふれた音楽になっています。
演奏の基本的なスタンスは、この時代を席巻していたザッハリヒカイトな音楽作りでしょう。一見すると、彼は指揮台で何もしていないように聞こえます。しかし、聞こえてくる音楽はこの上なくしなやかで生命観にあふれていて、そこにはザッハリヒカイトという言葉から連想される素っ気なさや硬直した雰囲気などは微塵も存在しません。
とりわけ素晴らしいのは、そのような演奏のベクトルと作品の性格がベストマッチした35番「ハフナー」と36番「リンツ」です。次いで、38番「プラハ」も悪くないですし、41番の「ジュピター」も勢いがあって悪くないです。
ただし、モーツァルトの白鳥の歌と言われることもある39番は、勢いだけでは処しがたく、40番のト短調シンフォニーでは、そのデモーニッシュなテイストを持てあましているのがはっきりと感じ取れます。
ですから、全てが全て二重丸とは言いませんが、それでもこの「ハフナー」と「リンツ」の録音を残しただけでも、ヴァンデルノートの名前を記憶にとどめておく価値はあると思います。
よせられたコメント 2013-05-13:Joshua Mozartの後期では、このプラハの第1楽章が一番好きです。
後日宇野氏が絶賛するとも知らず、廉価版のシューリヒトで聴きこんだものです。(巴里オペラ座のオケを振った1960年ごろのDENON録音ですので、パブリックドメインになりかけているのでは?)
モーツァルトがまるで、ベトの悲愴第1楽章みたいにのた打ち回っている。でもなにかしら軽さもそこに感じられ、不思議な音楽に思えました。その後、クーベリック、スィトナー、クレンペラー、サヴァリッシュと聴き進めた記憶がよみがえります。このサイトでは、全曲をアップしていただいてる例の1956年(クライバー父、フィガロ録音年)ロイヤルフィルを振ったラインスドルフ、これも隅に置けない熱い名演だと思います。
ハイドシェクは、ヴァンデルノートを「演奏よりその後のビールにしか興味のない人物」と評していたそうですが、これは「おもわず身を乗り出して」聴いてしまう音楽です。一気呵成、といってもトスカニーニでもない。後期6曲アップしていただいてるので、味わって聴いていきます。スターにならなくっても、好きな音楽をこんな形で残せたヴァンデルノート、忘れがたいです。
PS カラヤンの40番がアップされてましたが、この「大スター」のMozartも好きです。厚化粧、レガートがだらしない、なんて批評はどうでもいい。「美しい」のひとこと。VPOとはジュピターも録ったはずです。ディヴェルティメントの15番のアダージョをカラヤン以上に耽美に聴かせた人はいないんじゃないでしょうか。唯一、トスカニーニが思い浮かぶくらいです。交響曲、オペラは別だと言われたら、それまでですが。
堂島のワルツ堂の店員さんと雑談していた昔の思いでがあります。
店員いわく「人間の耳にきれいに聴こえたら、それでいいんやないですか」
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