シューマン:交響曲第4番 ニ短調 Op.120
カラヤン指揮 ベルリンフィル 1957年4月録音
Schumann:交響曲第4番 ニ短調 Op.120 「第1楽章」
Schumann:交響曲第4番 ニ短調 Op.120 「第2楽章」
Schumann:交響曲第4番 ニ短調 Op.120 「第3楽章」
Schumann:交響曲第4番 ニ短調 Op.120 「第4楽章」
マーラーへとつながっていく作品なのでしょうか?
シューマンのシンフォニーというのは年代的に見ればベートーベンとブラームスの中間に位置します。ですから、交響曲の系譜がベートーベン-シューマン-ブラームスと引き継がれてきたのかと言えば、それはちょっと違うようです。
ロマン派の時代にあってはメロディとそれをより豊かに彩る和声に重点が置かれていて、そのことは交響曲のような形式とはあまり相性がよいとは言い難いものでした。そのことは、リストによる交響詩の創作にも見られるように、構築物として音楽を仕上げるよりは物語として仕上げることに向いた仕様だったといえます。
こういう書き方をすると誤解を招くかもしれませんが、シューマンの交響曲を聴いていると、それはベートーベンから受け継いだものをブラームスへと受け継いでいくような存在ではなくて、ベートーベンで行き着いた袋小路から枝分かれしていった一つの枝のような存在であり、それがリストに代表される交響詩へと成長していったと把握した方が実態に近いのではないかと思います。
とりわけこの第4番の交響曲を聴くと、それはベートーベン的な構築物よりは、交響詩の世界の方により近いことを実感させられます。
事実、シューマン自身もこの作品を当初は「交響的幻想曲」とよんでいました。
この作品は番号は4番となっていますが、作曲されたのは第1番と同じ1841年です。当初はその作曲順の通りに第2番とされていて、同じ年に初演もされています。
しかし、第1番と違って初演の評判は芳しくなく、そのためにシューマンは出版を見あわせてしまいます。そのために、5年後に作曲された交響曲が第2番と名付けられることになりました。
その後この作品はシューマン自身によって金管楽器などの扱いに手直しが加えられて、1853年にようやくにして出版されることになります。
シューマンの音楽というのはどこか内へ内へと沈み込んでいくような雰囲気があるのですが、4曲ある交響曲の中でもその様な雰囲気がもっとも色濃く表面にでているのがこの第4番の交響曲です。そして、こういう作品をフルトヴェングラーのような演奏で聞くと、「そうか、これはリストではなくてマーラーにつながっていくんだ」と気づかされたりする作品です。第3楽章から第4楽章につながっていく部分は誰かが「まるでベートーベンの運命のパロディのようだ!」と書いていましたが、そういう部分にもシューマンの狂気のようなのぞいているような気がします。
カラヤン美学の出発点を発見
57〜59年頃のカラヤン&ベルリンフィルの録音を集中して聞いています。
と言っても、聞いたのは以下の4点。
シューマン:交響曲第4番 ニ短調 Op.120
ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 Op.95 「新世界より」
ブルックナー:交響曲第8番 ハ短調
ブラームス:ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 Op.83
文句なく素晴らしいと思うのはシューマン。そして、どうしちゃったんだろう?と思わず首をひねってしまうのがドヴォルザークです。
ブラームスのピアノコンチェルトはとにかくピアノが魅力的で、カラヤンの伴奏もそのピアノの美しさを損なうことなくとてもチャーミングで結構素敵な録音に仕上がっています。(まあ、これはこの作品をアップしたときに詳しく書きましょう。)
そして、ブルックナーに関してはいろいろ賛否の意見が分かれるだろうと思います。
これらを一度に取り上げて論じるのは話題が広がりすぎますので、今回はシューマンとドヴォルザークでを俎上にあげたいと思います。
録音データを見てみるとシューマンが57年の4月で、ドヴォルザークの方は57年の11月です。
まず素直に思うことは、4月にシューマンの交響曲をこんなにも魅力的に演奏できたコンビが、その半年後にどうしてこんなにもノッペリとした新世界を聞かせるのだろう?と言う疑問です。
シューマンの交響曲ではとにかくフレージングが自然で活き活きとしています。その結果、音楽が何とも言えない躍動感に満ちていて、若さにあふれたカラヤンにふさわしい音楽に仕上がっています。それに対して、ドヴォルザークの方は、もう冒頭から一本調子のノッペリとしたフレージングで、音楽から表情というものが感じ取れません。
ところが、聞いていて興味をそそられたのはドヴォルザークの方です。
何故か?
カラヤンはここで、今までだれもしなかったような音楽を作ろうと実験している、と思ったからです。
楽器というものは、普通は人間の生理的な限界から、音が強くなったり弱くなったりするものです。
管楽器であれば、呼吸の限界がありますから、どうしても音は次第に弱くなっていきます。弦楽器もまた、ボウイングの都合で音は弱くなったり強くなったりするのが普通です。そして、その普通に起こる強弱が自然なフレージングにつながり、音楽に活気と表情を与えるものと思われていました。
シューマンの4番は、まさにこの当たり前のことを当たり前に実践した演奏で、それ故に聞き手にとっては実に気持ちよく音楽にひたることができます。
しかし、おそらくカラヤンはそう言う演奏をやっていて考えたのだと思います。
こんな演奏をやっていたのでは、俺は永遠にフルトヴェングラーを超えられない、そして、いつまでたってもドイツのトスカニーニの位置にとどまってしまう。
彼の音楽の本質は基本的にトスカニーニに近いでしょう。しかし、自然なフレージングで活き活きとした躍動感に満ちた音楽をやっているだけではいつまでたってもトスカニーニを超えられないし、それは同時にその対極にあるフルトヴェングラーという「越えなければならない壁」をいつまでたっても超えられないことを意味していたのではないでしょうか。
トスカニーニ張りの演奏ができて拍手喝采をもらえるならばそれで満足するのが普通でしょうが、カラヤンは決してそれでは満足できなかったのでしょう。その意味では、彼は偉大であり、またそれだけの野心家でもあったと言うことなのでしょう。
おそらく、彼はこう考えたのでしょう。
演奏家の都合で楽器の音に強弱がつくのを克服して、どこをとっても均等にみっちりと音がつまった状態でアンサンブルを作り上げれば、今まで誰も聞いたことがないような美しい音をオケから引き出すことができるのではないか。
確かに、そんな不自然で演奏家にとって不都合なことは誰も考えなかったことです。しかし、誰もやらなかったことをやらなければ、偉大なる先人を超えることができないのもまた事実です。
演奏家にとってはとんでもなく不都合な要求ですが、それでもカラヤンはその無理な要求をベルリンフィルに突きつけて、どこまでやれるか実験したのがドヴォルザークの演奏だったように思います。
確かに、この演奏では個々のプレーヤーは生理的な限界や演奏の自然さを捨ててまでも、均一に音を出すように要求されていることが手に取るようにうかがえます。
しかし、その結果として、音をコントロールすることが精一杯で、自然に音楽を歌わせる余裕は失っています。結果として、何だか美しげな音はしているものの、音楽の方はどこをとってもノッペリ、ペッタリした感じで、結果としては「どうしちゃっやんだろう?」というようなものになっている・・・と言うわけです。
しかし、演奏家の都合や物理的な困難を乗り越えて、とにかく音を均一に慣らしきって、その美音で音楽を完璧に構築するという「カラヤン美学」の出発点がすでに50年代の終わりに垣間見られることには驚きを感じました。
しかし、さすがに無理だと悟ったようで、たとえば、60年代初頭にはトスカニーニ張りの躍動感のあふれる音楽でベートーベンの交響曲全集を仕上げています。しかし、この試みを彼は捨てることはなかったようで、手兵であるベルリンフィルを徹底的に鍛え抜いて、70年代にはいるとついに彼の理想とする響きを手に入れることになります。カラヤン美学の完成です。
そう言う意味では、カラヤンというのは偉大だった思います。
ただし、そのアプローチによって作られる音楽が好きか嫌いかは別れるでしょう。
アンチ・カラヤンの論拠はそこにあり、逆にカラヤンを評価する人の論拠もまたそこにあります。
なるほど、この両者は永遠に交わることはないと改めて納得した次第です。
よせられたコメント 2010-06-08:m 1989年の夏ベルリンで買ったベルリンフィル100年というCD集の中にこの演奏が入っていました。 楽譜も読めず耳の悪い私には1954年のフルトヴェングラーの演奏に比べて ステレオなので聴きやすかったのですが、 やはり悪くない演奏のように思えます。 そういえばフルトヴェングラーのモノラルLPは素敵な音だったと思いますが、CDになってからなにか楽しくないのです。 どうしてかしらとずっと疑問を持ち続けています。 2021-08-16:べっくべっく 演奏家の都合で楽器の音に強弱がつくのを克服して、どこをとっても均等にみっちりと音がつまった状態でアンサンブルを作り上げれば、今まで誰も聞いたことがないような美しい音をオケから引き出すことができるのではないか。
私は、このカラヤンの考えと徹底ぶりが、後々、西ドイツから「最高のベートーヴェン解釈」と評価された所以だと考えました。ベートーヴェンを含むウィーンの古典派の音楽は、テンポ解釈が音楽の質を左右する面が大きい(この考えは名作オペラブックスのベートーヴェンのフィデリオでの演奏批評を参考にしています)ことから考えると、そう考えるのも一理あるなと思いました。ちなみに、個人的には、「最高の」というのは言い過ぎだと思います。
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