クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ベートーベン:交響曲第3番 変ホ長調 作品55「英雄」

クレンペラー指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1955年10月5〜6日&12月17日録音





Beethoven:交響曲第3番 変ホ長調 作品55「英雄」 「第1楽章」

Beethoven:交響曲第3番 変ホ長調 作品55「英雄」 「第2楽章」

Beethoven:交響曲第3番 変ホ長調 作品55「英雄」 「第3楽章」

Beethoven:交響曲第3番 変ホ長調 作品55「英雄」 「第4楽章」


音楽史における最大の奇跡

今日のコンサートプログラムにおいて「交響曲」というジャンルはそのもっとも重要なポジションを占めています。しかし、この音楽形式が誕生のはじめからそのような地位を占めていたわけではありません。
 浅学にして、その歴史を詳細につづる力はありませんが、ハイドンがその様式を確立し、モーツァルトがそれを受け継ぎ、ベートーベンが完成させたといって大きな間違いはないでしょう。

 特に重要なのが、この「エロイカ」と呼ばれるベートーベンの第3交響曲です。
 ハイリゲンシュタットの遺書とセットになって語られることが多い作品です。人生における危機的状況をくぐり抜けた一人の男が、そこで味わった人生の重みをすべて投げ込んだ音楽となっています。

 ハイドンからモーツァルト、そしてベートーベンの1,2番の交響曲を概観してみると、そこには着実な連続性をみることができます。たとえば、ベートーベンの第1交響曲を聞けば、それは疑いもなくモーツァルトのジュピターの後継者であることを誰もが納得できます。
 そして第2交響曲は1番をさらに発展させた立派な交響曲であることに異論はないでしょう。

 ところが、このエロイカが第2交響曲を継承させ発展させたものかと問われれば躊躇せざるを得ません。それほどまでに、この二つの間には大きな溝が横たわっています。

 エロイカにおいては、形式や様式というものは二次的な意味しか与えられていません。優先されているのは、そこで表現されるべき「人間的真実」であり、その目的のためにはいかなる表現方法も辞さないという確固たる姿勢が貫かれています。
 たとえば、第2楽章の中間部で鳴り響くトランペットの音は、当時の聴衆には何かの間違いとしか思えなかったようです。第1、第2というすばらしい「傑作」を書き上げたベートーベンが、どうして急にこんな「へんてこりんな音楽」を書いたのかと訝ったという話も伝わっています。

 それほどまでに、この作品は時代の常識を突き抜けていました。
 しかし、この飛躍によってこそ、交響曲がクラシック音楽における最も重要な音楽形式の一つとなりました。いや、それどことろか、クラシック音楽という芸術そのものを新しい時代へと飛躍させました。
 事物というものは着実な積み重ねと前進だけで壁を突破するのではなく、時にこのような劇的な飛躍によって新しい局面が切り開かれるものだという事を改めて確認させてくれます。

 その事を思えば、エロイカこそが交響曲というジャンルにおける最高の作品であり、それどころか、クラシック音楽という芸術分野における最高の作品であることをユング君は確信しています。それも、「One of the Best」ではなく、「The Best」であると確信しているユング君です。

忘れ去られるには惜しい一連のモノラル録音


クレンペラー&フィルハーモニア管とのベートーベンと言えば、57年〜61年にかけてステレオ録音されたシリーズを思い浮かべるのが一般的です。そして、それらがクレンペラーが残した最良のベートーベンであることも事実です。
しかし、そのステレオ録音の前に、同じコンビで3番、5番、7番だけがモノラルで録音されていたことを知る人は少ないようです。
ステレオ録音による全集が収録される前にモノラルで3曲だけ録音されていたというのは、今から考えると何とも中途半端な話です。
しかし、EMIが「ステレオ録音」に対して懐疑的だった事を思い出せば、以下のような構図は読み取れると思います。

おそらくは、EMIにとっての黄金のコンビとも言うべきクレンペラー&フィルハーモニア管によるベートーベンの交響曲全集を彼らはモノラルで録音を始めたのでしょう。55年当時、すでに「ステレオ録音」なる「怪しげな技術」もあらわれていたのですが、そんなものを彼らは歯牙にもかけなかったはずです。
しかし、時代はEMIの思惑を裏切って、録音の主流は「モノラル録音」から怪しげな「ステレオ録音」に移行していきました。EMIの録音スタッフは慌てたはずです。そこで、この全集をモノラル録音で押し切るのはさすがにまずいと判断して、途中からステレオ録音に切り替えたものと思われます。そして、時代が一気にモノラルからステレオに移行する中で、売れ筋の3番や5番がモノラルのままではまずいと判断して、再度ステレオによる録音がなされたものと思われます。
結果として55年に録音された3つのモノラル録音は実質的にお蔵入りとなり、長く忘れ去られた状態になってしまいました。
もちろん、憶測の域は出ませんが、大きくは外れていないでしょう。

しかし、あらためて一連のモノラル録音を聴き直してみると、忘れ去るには「惜しい」と思わせる魅力を持っていることに気づきます。
とりわけ、3番「エロイカ」に関しては明らかにモノラル録音の方優れているように思います。と言うか、クレンペラーによるベートーベン演奏の最良のものの一つといっていいほどの出来だと断言できます。
この、凄まじいまでの熱気とオーラを発するようなエロイカは、そうそう他で聞けるものではありません。

5番と7番に関しては、トータルで判断するとステレオ録音の方が優れていると言えそうです。
ひと言で言えば、モノラルの方が「軽い」演奏になっています。ただし、誤解の無いように言い添えておきますが、その「軽い」というのは、ステレオ録音の方が常軌を逸したほどの「重さ」を持っているからであって、ノーマルな人々による演奏と比べれば十分に重厚なベートーベンになっています。
特に7番に関しては、あの異常なまでの遅さと重厚さを持ったステレオ録音に違和感を感じる人ならば、かえってこの程度の方が気持ちよく聞けるのかもしれません。どちらにしても、一般的は判断基準からすれば立派な演奏です。

それからもう一つ、この時期のEMIのモノラル録音のクオリティの高さに関しては特筆しておくべきでしょう。
正直言って、初期のステレオ録音は音場を広げることに腐心しすぎて響きの薄いものがたくさんありました。そう言う下手なステレオ録音と比べれば、この時期のEMIのモノラル録音ははるかにクオリティが高かったと断言できます。
そして、彼らにすれば、モノラルによる録音スタイルを「完成」させたと言う自負があったからこそ「ステレオ録音」という新しい技術に懐疑的にならざるを得なかったのかもしれません。まさに「成功」は「失敗」への第一歩と言うことです。

とにかく、長く日の目を見なかったこれら一連のモノラル録音がパブリックドメインになることで再び日が当たるようになったことは喜ばしいことです。

よせられたコメント

2009-09-16:うすかげよういちろう


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