クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

リリ・ブーランジェ:古い仏教の祈り(Boulanger:Vieille Priere Bouddhique)

イーゴリ・マルケヴィチ指揮:ラムルー管弦楽団 エリーザベト・ブラッスール合唱団 (T)レイモンド・アマデ 1958年録音(Igor Markevitch:Orchestre Des Concerts Lamoureux Elisabeth Brasseur (T)Alain Fauqueur Recorded on 1958)



Boulanger:Vieille Priere Bouddhique


魂の救済

1914年から1917年にかけて作曲されました。彼女が24歳という若さで亡くなる前年の完成です。
19世紀フランスの東洋学者ヴィクトル・アンリによる翻訳テキストに基づいています。

東洋的な思想を西洋音楽の語法で表現しようとした「オリエンタリズム」の作品で、低音域の管楽器と合唱が「すべての生きとし生けるものが……」と、念仏や読経を思わせる低いトーンで、淡々と祈りを捧げます。
中盤に向かって音楽は次第に熱を帯び、全宇宙へ慈悲が広がるかのような圧倒的なクライマックスを迎えます。
リリ特有の、色彩豊かで力強い和声感覚が存分に発揮されています。

歌詞の内容は、敵や味方の区別なく、北、南、東、西、そして上下に至るまで、あらゆる存在の幸福と苦しみからの解放を願う「四無量心(慈・悲・喜・捨)」の教えを反映しています。

リリががこの曲を執筆していた時期は、第一次世界大戦の真っ只中でした。
また、リリ自身も幼少期から病弱で、常に死の影を感じながら生きていました。
そのため、この「生きとし生けるものの平安を願う」という仏教的な祈りは、当時の凄惨な社会状況や彼女自身の切実な平和への渇望と深く結びついていたと考えられます。

ドビュッシーやフォーレの影響を感じさせつつも、それらよりもさらに重厚で、時にストラヴィンスキーのような原始的な力強さを併せ持っています。
彼女は同時期に「詩篇第130番(深き淵より)」などのキリスト教的な宗教曲も手がけていますが、この「古い仏教の祈り」を併せて聴くと、彼女がいかに宗教の枠を超えた「魂の救済」を音楽に託していたかが伝わってきます。

リリ・ブーランジェの作品を世に知らしめる上で決定的な役割を果たした


マルケヴィッチは、若い頃は「作曲家」として活躍し期待もされていました。
13才の時にスイス来訪中のコルトーに自作(おそらくはピアノ組曲「結婚」)を演奏して認められ、パリ留学を勧められるのが音楽家としてのキャリアの始まりです。
そして、そのパリでナディア・ブーランジェに作曲を学ぶことになりました。
しかし、その頃から既に狷介な性格だったのか、ブーランジェの回想によると、最初の1時間が終わる頃には「生徒の半数は敬服の念を持って彼に仕え、残る半数は決して彼を許しはしなかった」そうです。

しかし、その才能は誰もが認めるところで、二十歳を迎える頃には「イーゴリ2世」とか「二人のイーゴリ」と呼ばれるようになりました。
もう一人の「イーゴリ」は「ストラヴィンスキー」のことでした。

そんなマルケヴィッチが作曲家から指揮者に転身したのは30才(1942年)の時に患った大病のためだと言われています。
果たしてそれだけが原因だったのかどうかは分かりませんが、それ以後、彼はきっぱりと作曲活動からは足を洗って指揮者稼業に専念します。

もちろん、それまでも指揮活動を行っていたのですが、そのほとんどは自作が取り上げられる演奏会においての事でした。
それでも20代前半にシェルヘンのもとでみっちりと指揮法を学び、戦後すぐの時期に「ザルツブルグ・モーツァルテウム音楽院」で指揮法の授業を受け持っていますから、それなりの自信もあったのでしょう。

マルケヴィッチは作品のテンポ設定を考えるための大前提として、その作品に含まれるもっとも短い音価の音符が明瞭に聞き取れることが必須条件だと語っていました。
つまり、作品を演奏するときには、どのような小さな音符であっても蔑ろにしてはいけないと言うことを宣言したわけです。そして、マルケヴィッチの凄いところは、その様な宣言を一つの理想論として掲げたのではなくて、まさに実際にの演奏においても徹底的に要求し続けた事です。
ですから、彼のリハーサルは過酷を極め、結果として一つのポストに長く座り続けることが出来ない人だったのです。

ところが、何処でどう間違ったのか、ラムルー管が1957年にマルケヴィチを首席指揮者にむかえたのです。ラムルー管といえば、隙あらば手を抜こうとするフランスのオケの中でも飛び切りの性悪オケでした。
彼らは何故か「猛獣使い」とも言うべきマルケヴィッチを自分たちのボスとしてむかえたのです。
そして、ラムルー管のメンバーにとって「地獄」とも言うべき日々が幕を開けることになります。

しかし、聞き手の側から見れば、「これがあのラムルー管なのか??!!!」と驚きを禁じ得ないほどの素晴らしい録音を残していくことになるのですから、ありがたい話です。
とりわけ、「マルケヴィッチ版」と呼ばれる楽譜を使って録音を開始したベートーベンの交響曲は実に素晴らしいもので、それは本来は「全集」として完結するはずでした。しかし、遂に、マルケヴィッチの厳しさに耐えきれなくなったオケのメンバー達は1961年にマルケヴィッチを追い出してしまいました。
未完に終わってしまったのは返す返すも残念なことでした。

もちろん、それ以外にも多くの録音を残してくれたのですが、リリ・ブーランジェの「誌編集」は注目に値します。

  1. 詩篇第130篇「深き淵より」

  2. 詩篇第24篇「地と、そこに満ちるものは、主のもの」

  3. 詩篇第129篇「彼らは、わたしの若い時から、たびたびわたしを苦しめた」

  4. 古い仏教の祈り

  5. ピエ・イエズ


このアルバムはおそらくは世界初録音だと思われるのですが、リリ・ブーランジェの作品を世に知らしめる上で決定的な役割を果たしました。
リリ・ブーランジェはマルケヴィッチの師でもあったナディア・ブーランジェの妹でした。ナディアは20世紀を代表する偉大なる教育者でしたが、彼女が真に情熱を注ぎ続けたのは妹リリの作品を世に広めること」でした。
ですから、この録音にはナディアが監修者として深くかかわっています。
言葉を換えれば、マルケヴィッチはナディアの代弁者として、リリ・ブーランジェの真の姿を世に示したのです。

それまでリリの作品は、若くして亡くなった薄幸の女性による「繊細な小品」というイメージで語られがちでした。
しかし、マルケヴィッチはこの録音で、彼女の音楽が持つ凄まじいまでのダイナミズムと宗教的エナジーを爆発させました。マルケヴィッチは「リリ・ブーランジェの音楽に、時代に負けない強靭な生命力を吹き込んだ最大の功労者」となったのです。

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