ワーグナー:「ニュルンベルグのマイスタージンガー」前奏曲
セル指揮 ニューヨークフィル管弦楽団 1954年1月4日録音
Wagner:ニュルンベルグのマイスタージンガー前奏曲
苦みのきいた喜劇
マイスタージンガーはワーグナーが作曲した唯一の喜劇と言うことになっています。ですから、ベックメッサー役に演技力が必要になるようで、私がウィーンで見たときもこのベックメッサー役に評判が集まっていました。しかし、面白味というものはその国と民族の文化に深く根ざしているようで、評判だというベックメッサーの演技もユング君には単なるオーバーアクションのように感じられて目障りでさえありました。ですから、日本人にとってこの作品を本当に「喜劇」として楽しむのは難しいだろうなと思った次第です。
それよりも、最終幕でマイスタージンガーたちが入場してくる場面のゾクゾクするような高揚感と、その後の圧倒的な盛り上がりに身も心も翻弄される凄さにただただ感心する方がこの作品は受容しやすいのかもしれません。
何しろ長い作品ですから、5時開演で終わったのが10時半ごろでした。ただただ長くて、おまけに「喜劇的なやりとり」は暗い場面で延々と続くので正直言ってそう言う場面は退屈してしまいます。少しは耳になじんでいる有名なアリアなんかだと遠のきかけた意識も戻るのですが、そうでない場面だとどうしてもうとうとと居眠りをしてしまいます。そして、再び意識が戻ってみても、居眠りをする前と何も変わることなく舞台の上で二人の男がやりとりしているので、これは大変なものだと心底恐れ入ったものです。
正直申し上げて、オペラという形式に慣れていない人にとって、この作品を最後まで聞き通すのはかなり敷居が高いと思います。その事は、マイスタージンガーだけでなく、トリスタンにしてもパルジファルにしてもワーグナーの楽劇では事情は全て同じようなものです。
しかし、そんな中でもこのマイスタージンガーはユング君にとっては一番聞き通すのが困難だった作品です。なぜならば、トリスタンやパルジファルは難しいことは分からなくても、音楽の流れに身を浸していると、たとえようもない陶酔感につつまれていきます。聞き手にしてみれば、その様な陶酔感につつまれているだけでもう十分だと思うことが出来ます。
また、これ以上に巨大な指輪にしても、聞いていくうちに4楽章構成の巨大なシンフォニーを聴いているような気分になることが出来ます。そう思ってくると、聞き続けるための手がかりみたいなものが自分の中に見えてきます。
ところが、このマイスタージンガーにはトリスタンのような陶酔感はありませんし、リングから感じ取れるような構成感も稀薄です。
ただ、最終幕の圧倒的な音楽の威力には正直言ってたまげました。そして、その音の威力は残念ながらオーディオを通しては感じ取ることが出来ないものでした。もう少し正確に言えば、到底オーディオというシステムの中には入りきらないほどの巨大さがこの作品にはあります。
聞き手にしてみれば、長い長い忍耐の末に、最後の最後に一気に開放されるわけで、その巨大さにこれ以上の音楽はないという思いにさせてくれます。そして、その最後の最後のクライマックス場面で「神聖ローマ帝国は露と消えても、我がドイツ芸術は永遠に不滅なり!!我らがザックス万歳!ハイル ザックス!!」と絶叫して終わるのですから、その意味では使い方を間違うと本当に怖い音楽になります。
ナチスはこの「ハイル ザックス!」の先に「第3帝国の永遠の不滅性」と「ハイル ヒトラー!!」をだぶらせたのですが、その2つが何の不整合を感じずにシームレスにつながっていく感触をその時リアルに感じてちょっと怖くなったものです。
もちろんその事はワーグナーに何の責任もない話ではありますが・・・。
吉田秀和氏を憤慨させたコンサート?
吉田秀和氏の「世界の指揮者」の中に、セルに関する興味深いエピソードがおさめられています。
それは友人からのジルベスターの行事への誘いを断ってセルのコンサートに出かけたというのです。ところが、そのコンサートというのがワーグナーのオペラの序曲や前奏曲などを寄せ集めたものばかりで、やたらに景気はいいもののどれもこれもが中途半端な音楽ばかりでウンザリしてしまったというのです。そして、おそらくは「ワーグナー管弦楽曲集」とでも言うようなレコードをリリースする予定があり、その下準備のためにこんなコンサートをやったのだろうとセルをのろい、こんな事になるのなら友人の誘いにのってジルベスターのお祭り騒ぎに出かけるべきだったというのです。
ただし、このエピソードにはオチがあって、ジルベスターの夜は誰彼かまわずに抱擁しあって、どんな美女とでもキスが出来るときいて出かけた友人たちも、そんな話は全くでたらめであり、何とも無為に大晦日の夜を過ごしてしまい、こんな時までもコンサートに出かけた吉田はえらい奴だと褒めあっていたというのです。
さて、この吉田氏を憤慨させた大晦日のコンサートの4日後に録音されたのがこの一連のワーグナーの管弦楽曲集です。(^^;実はセルの録音スタイルについては以前に少し
書いたことがあります。 さすがは、吉田大明神、いい勘をしています。
でも、演奏の方は実にセルらしい、曖昧さというものが全くないクリアなワーグナーです。ワーグナーに神秘的なものを求める向きには不評ですが、私は大好きです。
よせられたコメント 2008-06-01:セル好き テンポなどは全編上演時のように(客は本編を待っているから的に)速めで一聴して音も薄めであっさりとおもいきや、よく聴けばしっかりと完璧に彫啄が施されているという超絶アンサンブル。
あっけらかんとワーグナーを突き放しているようなところが痛快である。
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