クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

チャイコフスキー:交響曲 第6番 ロ短調, Op.74「悲愴」(Tchaikovsky:Symphony No.6 in B minor, Op.74 "Pathetique")

エーリヒ・クライバー指揮 パリ音楽院管弦楽団 1953年10月録音(Erich Kleiber:Paris Conservatoire Orchestra Recorded on October, 1953)



Tchaikovsky:Symphony No.6 in B minor, Op.74 "Pathetique" [1.Adagio - Allegro non troppo]

Tchaikovsky:Symphony No.6 in B minor, Op.74 "Pathetique" [2.Allegro con grazia]

Tchaikovsky:Symphony No.6 in B minor, Op.74 "Pathetique" [3.Allegro molto vivace]

Tchaikovsky:Symphony No.6 in B minor, Op.74 "Pathetique" [4.Adagio lamentoso]


私は旅行中に頭の中でこれを作曲しながら幾度となく泣いた。

 チャイコフスキーの後期の交響曲は全て「標題音楽」であって「絶対音楽」ではないとよく言われます。それは、根底に何らかの文学的なプログラムがあって、それに従って作曲されたというわけです。
 もちろん、このプログラムに関してはチャイコフスキー自身もいろいろなところでふれていますし、4番のようにパトロンであるメック夫人に対して懇切丁寧にそれを解説しているものもあります。
 しかし6番に関しては「プログラムはあることはあるが、公表することは希望しない」と語っています。弟のモデストも、この6番のプログラムに関する問い合わせに「彼はその秘密を墓場に持っていってしまった。」と語っていますから、あれこれの詮索は無意味なように思うのですが、いろんな人が想像をたくましくしてあれこれと語っています。

 ただ、いつも思うのですが、何のプログラムも存在しない、純粋な音響の運動体でしかないような音楽などと言うのは存在するのでしょうか。いわゆる「前衛」という愚かな試みの中には存在するのでしょうが、私はああいう存在は「音楽」の名に値しないものだと信じています。人の心の琴線にふれてくるような、音楽としての最低限の資質を維持しているもののなかで、何のプログラムも存在しないと言うような作品は存在するのでしょうか。
 例えば、ブラームスの交響曲をとりあげて、あれを「標題音楽」だと言う人はいないでしょう。では、あの作品は何のプログラムも存在しない純粋で絶対的な音響の運動体なのでしょうか?私は音楽を聞くことによって何らかのイメージや感情が呼び覚まされるのは、それらの作品の根底に潜むプログラムに触発されるからだと思うのですがいかがなものでしょうか。
 もちろんここで言っているプログラムというのは「何らかの物語」があって、それを音でなぞっているというようなレベルの話ではありません。時々いますね。「ここは小川のせせらぎをあらわしているんですよ。次のところは田舎に着いたうれしい感情の表現ですね。」というお気楽モードの解説が・・・(^^;(R.シュトラウスの一連の交響詩みたいな、そういうレベルでの優れものはあることにはありますが。あれはあれで凄いです!!!)
 
 私は、チャイコフスキーは創作にかかわって他の人よりは「正直」だっただけではないのかと思います。ただ、この6番のプログラムは極めて私小説的なものでした。それ故に彼は公表することを望まなかったのだと思います。
 「今度の交響曲にはプログラムはあるが、それは謎であるべきもので、想像する人に任せよう。このプログラムは全く主観的なものだ。私は旅行中に頭の中でこれを作曲しながら幾度となく泣いた。」
 チャイコフスキーのこの言葉に、「悲愴」のすべてが語られていると思います。

内なるロマンティシズム


エーリヒ・クライバーと言えば直線的でキリリと引き締まった演奏をする人というのが通り相場です。
そして、そういう評価に改めて納得させられるのが、最晩年にDECCAに残した録音です。

このDECCA録音といえば、真っ先に思い浮かぶのがベートーベンの一連の交響曲でしょうか。

  1. ベートーヴェン:交響曲第3番 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1953年

  2. ベートーヴェン:交響曲第3番 コンセルトヘボウ管弦楽団 1950年

  3. ベートーヴェン:交響曲第5番 コンセルトヘボウ管弦楽団 1953年

  4. ベートーヴェン:交響曲第6番 コンセルトヘボウ管弦楽団 1953年

  5. ベートーヴェン:交響曲第6番 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1948年

  6. ベートーヴェン:交響曲第7番 コンセルトヘボウ管弦楽団 1950年


それと、モーツァルトの「フィガロの結婚」やリヒャルト・シュトラウスの「ばらの騎士」あたりでしょうか。

  1. R.シュトラウス:歌劇「ばらの騎士」全曲 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン国立歌劇場合唱団 録音:1954年

  2. モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」全曲 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン国立歌劇場合唱団1955年


コンセルトヘボウ管弦楽団tとウィーン・フィルハーモニー管弦楽団というのもポイントが高いです。

エーリヒ・クライバーが指揮者という道を志す決定的な転機となったのは、少年時代にグスタフ・マーラーが指揮する自作の交響曲6番「悲劇的」を聴いた体験であったと伝えられています。
そして、若いころの録音を聞いてみると、なるほど彼の指揮者としての原点はマーラーだったのだと納得がいく録音が数多くあります。
例えば、このあたり・・・。

ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」 op.314
エーリヒ・クライバー指揮 シュターツカペレ・ベルリン 1923年録音


そういうことを思い浮かべながら晩年のDECCA録音を聞いてみると、彼がその生涯において、どれほど遠くまで歩いて行ったのかと感心させられます。
とはいえ、晩年になってもそういう心の内が漏れ出すこともありました。

スメタナ:「我が祖国」から「ヴィシェフラド(高い城)」
エーリヒ・クライバー指揮 ベルリン国立歌劇場管弦楽団 1954年11月録音


こういう主情的な演奏が晩年にも聞けるので、その原点は彼の心の奥深くに生き続けていたのでしょう。
ですから、エーリヒがただのザッハリヒカイトなだけの指揮者ではなかったことはよく見ておく必要があります。
このあたり、本質的にはセルと似ていたのかもしれません。

DECCA録音にはチャイコフスキーの交響曲が2曲あります。

  1. チャイコフスキー:交響曲第4番 ヘ短調 Op.36 パリ音楽院管弦楽団 1949年

  2. チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」 パリ音楽院管弦楽団 1953年



表面的にはザッハリヒカイトなスタイルをとっていても、その奥には溢れるほどのロマンティシズムを秘めていることが伝わってきます。
私はその内なるロマンティシズムを「音楽力」と名づけたくなります。

それを内なる原動力としてたんなるザッハリヒカイトなだけでない音楽ををつくり出す、それがエーリッヒのたどり着いた一つの到達点だったのでしょうか。

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