エルガー:セレナーデ Op.20(Elgar:Serenade for String Orchestra in E minor, Op.20)
マルコム・サージェント指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1959年6月6日録音(Sir Malcolm Sargent:The Philharmonia Orchestra Recorded on June 6, 1959)
Elgar:Serenade for String Orchestra in E minor, Op.20 [1.Allegro piacevole]
Elgar:Serenade for String Orchestra in E minor, Op.20 [2.Larghetto]
Elgar:Serenade for String Orchestra in E minor, Op.20 [3.Allegretto]
妻への結婚記念日のプレゼント

エルガーは作曲家としての地位を確立するまでは、生まれ故郷でアマチュアを相手にピアノやヴァイオリンを教えたり、指揮者を務めたりしていました。
イギリスは長く音楽の「消費国」であり、世界的に通用するような作曲家は長く登場していなかっただけに、エルガーにとっても夢と意気込みは持ちながらも雌伏の時だったことでしょう。そして、この「弦楽セレナード」は妻であるキャロライン・アリスに3回目の結婚記念日のプレゼントとして贈られたものでした。1892年5月の事でした。
妻のキャロラインはエルガーよりも8歳年上の姉さん女房であり、全く売れない作曲家を支え続けた人でもありました。
エルガーは1888年に地元のアマチュアメンバーによって構成された弦楽合奏団を指揮して「弦楽オーケストラのための3つの小品」を初演しているのですが。おそらくはその作品をもとに「弦楽セレナード」に書き直したものと考えられています。
「3つの小品」は「春の歌」(アレグロ)、「エレジー」(アダージョ)、「フィナーレ」(プレスト)で構成されていて、それは「弦楽セレナード」にも引き継がれています。
ですから、3楽章構成にはなっていますが、演奏時間は10分あまりの小さな作品です。
この「弦楽セレナード」を書いた数年後の1899年にエルガーは「エニグマ変奏曲」で大成功をおさめて一躍有名となり、1888年に第2楽章だけが演奏されただけだったこの「弦楽セレナード」も1905年に全曲が初演されました。
まさに、姉さん女房の内助の功が結実したときでした。
イギリス音楽の発展に尽くした功績は大きなものがありました
サージェントという人はイギリスの作曲家の良き理解者であり支持者でもありました。エルガー、ホルスト、ブリテン等というそれなりに認知度のある作曲家だけでなく、ウォルトンやヴォーン=ウィリアムズ、さらにはアフリカ系イギリス人のサミュエル・コールリッジ=テイラー等の作品も熱心に取り上げています。
また、合唱の指揮者としてスタートしたこともあって、合唱を伴った作品の扱いは得意としていました。
メンデルスゾーンの「エリヤ」、ヘンデルの「メサイア」という定番だけでなく、エルガーの「ゲロンティアスの夢」やウォルトンの「ベルシャザールの饗宴」などと言うレアな作品もよく取り上げています。
そして、そう言うレアではあるけれども「手の内」に入った音楽では、非常にアグレッシブな演奏を聴かせてくれます。
言葉をかえれば、自信満々に「自分の音楽」を展開してくれていて聞きごたえは十分にあります。
ところが、それが一転してベートーベンやシューベルトみたいな、いわゆるドイツ・オーストリア系の正統派の音楽になると、急に行儀良くなるのです。
例えば、1960年に録音したベートーベンの3番「エロイカ」やシューベルトの「未完成」になると、いわゆる楷書風のさらっとした音楽になってしまっています。それを趣味の良い外連味のない音楽と評することも出来るのでしょうが、こういう二つの顔を見せつけられると「内弁慶」という言葉が頭の上を過ぎらざるを得ません。
そして、クラシック音楽の世界というのは、辺境部分でどんなに素晴らしい演奏を聴かせても、ドイツ・オーストリア系の正統派の部分でそれなりの実績を残さないと、早晩その存在は忘れ去られるという「悲しい現実」に行き当たることになるのです。
そこで、ふと気づいたのはサージェントの「合唱指揮者としての顔」と「オーケストラ指揮者としての顔」が随分異なっていたと言うことです。
サージェントは、ハダースフィールド合唱協会やロイヤル・コーラル・ソサエティといったイギリス伝統のアマチュア合唱団を長年率いました。
彼はアマチュア合唱団に対しては常に優しく熱心でした。
そして、彼の華やかでカリスマ的な指導は、アマチュア歌唱者たち強くひきつけ、彼らに「自分たちは最高の音楽を作っている」という自信と誇りを持たせました。
しかし、それがプロのオーケストラを相手にすると雰囲気がガラリと変わってしまうのがサージェントという指揮者でした。
何しろ、「サージェントの下では演奏したくない」とボイコットに近い動きまで引き起こすほどに嫌われてしまっていたのです。
その背景にあったのは「スター意識」と「厳しい規律」、そして何より「不用意な発言」だったと言われています。
なかでも極めつけの「不用意な発言」が「インタビュー事件」でした。
1936年に彼が新聞のインタビューでこんな事をいってしまったのです。
オーケストラ奏者は、終身雇用を保証されるべきではない。なぜなら、生活が安定しすぎると、演奏から情熱や必死さが失われ、ただの「公務員」のような仕事になってしまうからだ
この発言は、世界恐慌の余波で生活に苦しんでいた当時の楽員たちの感情を激しく逆なでしました。
特に、サージェント自身が華やかな生活を送り、「フラッシュ・ハリー(派手なハリー)」というあだ名で社交界のスターとして振る舞っていたこともあり、楽員からは「自分は贅沢をしながら、我々にはハングリー精神を強いるのか」と猛烈なバッシングが巻き起こしてしまったのです。
また、彼の完璧主義と「上から目線」の指導も反発を招きました。
彼は楽員を「音楽を作るパートナー」というよりは、「自分のビジョンを具現化するための駒」として扱う傾向があったのです。
つまりは、アマチュアの合唱団員には熱心で優しい「導師」として振る舞う一方で、プロのオーケストラ奏者に対しては高圧的な態度を取ることが多く、その落差が軋轢を生んだのでした。
なるほど、これでは、ドイツ・オーストリア系の正統派音楽では楷書風のさらっとした音楽にならざるを得なかったのも納得です。
とはいえ、それでも、サージェントがイギリス音楽の発展に尽くした功績は大きなものがありました。
癌に冒された死の直前にサージェントががプロムスのステージに姿を見せた際、かつて彼を嫌った楽員たちも、観客と共にスタンディングオベーションで迎えました。
オーケストラ奏者にとって、彼は「鼻持ちならない上司」ではありましたが、同時に「イギリスの音楽界を格上げした功労者」であることは認めざるを得なかったのでしょう。
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