ベートーヴェン:「献堂式」序曲, Op.124(Beethoven:Die Weihe des Hauses, Op.124)
イーゴリ・マルケヴィチ指揮:ラムルー管弦楽団 1958年11月29日録音(Igor Markevitch:Concerts Lamoureux Recorded on November 29, 1958)
Beethoven:Die Weihe des Hauses, Op.124
眉間に皺を寄せたベートーベンではない楽しい音楽

「献堂式」序曲は、他の序曲と同じように劇場側からの依頼で書かれた作品であり、まあ言ってみれば機会音楽の範疇をこえるものではありません。
作曲を依頼したのはウィーンに新築されたヨーゼフシュタット劇場の支配人カール・フリードリヒ・ヘンスラーなる人物です。彼はこの新劇場のこけら落としのために2つの劇作品(「侯爵の肖像」と「献堂式」)を用意し、その内の「献堂式」音楽に付随する音楽をベートーベンに依頼したのでした。
その背景には、おそらく劇場のオープンに合わせるためだったのかもしれませんが、「献堂式」の方はかつて上演された「アテネの廃墟」を書きなおすことにしたという事情があったようです。つまりは、そのついでに音楽の方も「アテネの廃墟」を書いたベートーベンに依頼して書き直すことになったのです。
時期的に見れば、彼の最晩年の大作である「荘厳ミサ曲」や「交響曲第9番」に取り組んでいた頃なので、過去の作品の書き直しであるならばそれほどの負担にもならず、もしかしたらいい「息抜き」にでもなったのかもしれません。
そして、結果としては、この手の作品としてはベートーベン最後のものとなったことも注目しておいていいでしょう。
さらに、聞いてもらえればすぐに納得がいくと思うのですが、この作品には、当時のベートーベンがヘンデルの音楽に強い関心を抱いていて、その影響が顕著にあらわれていることです。全体的に、ヘンデルらしい祝典的な様相が濃厚で、とりわけ冒頭部分に登場するトロンボーン三本によるファンファーレなどはまるでヘンデルの音楽を聞いているようです。
そう言う意味でも、あまり聞かれる機会の少ない作品ですが、聞いてみればなかなかに面白く、眉間に皺を寄せたベートーベンではない楽しい音楽に仕上がっています。
思い切り踏み込んでのフルスイング
こういう演奏を聞かされると、あらためてベートーベンというのは160キロを超えるような剛速球をビシビシと投げ込んでくる豪腕投手なんだなと納得させられます。
ベートーベンは常に演奏者に対して全力を投入することを求めるといった人がいました。誰の言であったのかは今となっては思いだせないのですが、大いに納得させられた指摘でした。
それは、オケの技術のレベルにかかわらず、ベートーベンは全力で立ち向かうことを要求すると言うことです。もちろん、それはオケだけに限った話ではなく、ピアニストやヴァイオリニストなどにもあてはまるのでしょうが、私がその言葉を実感として最も強く感じるのはオケの場合です。
おそらく、同じような経験をした人は多いと思うのですが、例えば技術的に少なくない課題を抱えるアマチュアのオケであっても、そこに全力を注ぎ込む意志と情熱があれば、不思議なほどに感動を与えてもらうことがあります。
逆に腕利きのプロのオーケストラがルーチンワークのように演奏してしまうと、表面的にはきれいで整っていても何故かその音楽は心の中に入ってこないという経験も少なからずしています。
おそらく、それは、ベートーベンの音楽には溢れるようなエネルギーとパッションが内包されているからでしょう。
ですから、演奏する者は技術の巧拙に関わりなく、思い切り踏み込んでフルスイングすることが求められるのです。
そして、ここでのマルケヴィッチとラムルー管は、ベートーベンという剛速球に対して、恐れることなく思い切り踏み込んで、渾身の力でフルスイングしています。そして、そのバットは見事にベートーベンの「芯」をとらえて場外にまで飛ばしてしまったかのようです。
マルケヴィッチとラムルー管が録音した序曲は以下の6曲です。
- ベートーヴェン:「レオノーレ」序曲第3番, Op.72a
- ベートーヴェン:「命名祝日」序曲, Op.115
- ベートーヴェン:「コリオラン」序曲, Op.62
- ベートーヴェン:「フィデリオ」序曲,Op.72b
- ベートーヴェン:「エグモント」序曲, Op.84
- ベートーヴェン:「献堂式」序曲, Op.124
おそらくは、交響曲の全曲録音を目指す中でセッションが組まれたのでしょうが、メインディッシュの交響曲の添え物という扱いは全くしていません。
それどころか、交響曲の時に勝るとも劣らないほどの力を注ぎ込んでいます。そして、作品自体が交響曲と較べればその全体像が把握しやすいだけにベートーベンの音楽が内包するエネルギーとパッションの凄さが分かりやすく、そこに注ぎ込まれた熱量の大きさには圧倒させられます。
まあ、でも録音を終えた後のラムルー管のメンバーはへろへろになったことでしょう。
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