チャイコフスキー:交響曲第4番 ヘ短調, Op.36
ヘルマン・シェルヘン指揮 ウィーン国立歌劇場管弦楽団 1951年6月録音
Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor, Op.36 [1.Andante sostenuto - Moderato con anima]
Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor, Op.36 [2.Andantino in modo di Canzone]
Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor, Op.36 [3.Scherzo. Pizzicato ostinato.]
Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor, Op.36 [4.Finale. Allegro con fuoco]
絶望と希望の間で揺れ動く切なさ

今さら言うまでもないことですが、チャイコフスキーの交響曲は基本的には私小説です。それ故に、彼の人生における最大のターニングポイントとも言うべき時期に作曲されたこの作品は大きな意味を持っています。
まず一つ目のターニングポイントは、フォン・メック夫人との出会いです。
もう一つは、アントニーナ・イヴァノヴナ・ミリュコーヴァなる女性との不幸きわまる結婚です。
両方ともあまりにも有名なエピソードですから詳しくはふれませんが、この二つの出来事はチャイコフスキーの人生における大きな転換点だったことは注意しておいていいでしょう。
そして、その様なごたごたの中で作曲されたのがこの第4番の交響曲です。(この時期に作曲されたもう一つの大作が「エフゲニー・オネーギン」です)
チャイコフスキーの特徴を一言で言えば、絶望と希望の間で揺れ動く切なさとでも言えましょうか。
この傾向は晩年になるにつれて色濃くなりますが、そのような特徴がはっきりとあらわれてくるのが、このターニングポイントの時期です。初期の作品がどちらかと言えば古典的な形式感を追求する方向が強かったのに対して、この転換点の時期を前後してスラブ的な憂愁が前面にでてくるようになります。そしてその変化が、印象の薄かった初期作品の限界をうち破って、チャイコフスキーらしい独自の世界を生み出していくことにつながります。
チャイコフスキーはいわゆる「五人組」に対して「西欧派」と呼ばれることがあって、両者は対立関係にあったように言われます。しかし、この転換点以降の作品を聞いてみれば、両者は驚くほど共通する点を持っていることに気づかされます。
例えば、第1楽章を特徴づける「運命の動機」は、明らかに合理主義だけでは解決できない、ロシアならではなの響きです。それ故に、これを「宿命の動機」と呼ぶ人もいます。西欧の「運命」は、ロシアでは「宿命」となるのです。
第2楽章のいびつな舞曲、いらだちと焦燥に満ちた第3楽章、そして終末楽章における馬鹿騒ぎ!!
これを同時期のブラームスの交響曲と比べてみれば、チャイコフスキーのたっている地点はブラームスよりは「五人組」の方に近いことは誰でも納得するでしょう。
それから、これはあまりふれられませんが、チャイコフスキーの作品にはロシアの社会状況も色濃く反映しているのではと私は思っています。
1861年の農奴解放令によって西欧化が進むかに思えたロシアは、その後一転して反動化していきます。解放された農奴が都市に流入して労働者へと変わっていく中で、社会主義運動が高まっていったのが反動化の引き金となったようです。
80年代はその様なロシア的不条理が前面に躍り出て、一部の進歩的知識人の幻想を木っ端微塵にうち砕いた時代です。
私がチャイコフスキーの作品から一貫して感じ取る「切なさ」は、その様なロシアと言う民族と国家の有り様を反映しているのではないでしょうか。
もう一つのシェルヘンと出会えた
演奏の出始めを聞いたときには、「ああ、これもまたリムスキー=コルサコフのシェェラザードと同じ方向性だな」と思いました。やや遅めのテンポで細部の細部まで疎かにすることなく、しずしずと演奏は始まります。おそらく一部に今も根強く残っているシェルヘンの爆裂とチャイコフスキーという組み合わせから妄想される演奏とは全く真逆です。
ところが、途中から少しばかり雰囲気が変わってきます。
まず最初に気づいたのは、金管群が強奏し始めたことです。シェェラザードのアプローチと較べれば明らかにバランスを失しているのですが、まあ、それほど気になることはなくそれなりに面白く聞けます。
さらに、アレレと思ったのは、普通はあまり表に出てこない内声部を浮かび上がらせるような場面に時々出くわすのです。
ただし、それは彼の誤解のもととなったルガーノのライブのような「猛烈なスピードと過激なデュナーミク、大胆な解釈で荒れ狂う演奏」とは全く異なります。
おそらく、これがシェルヘンにとってのチャイコフスキーだったのでしょう。「高貴で美しいシェエラザード」に用いたアプローチでは、チャイコフスキーが持っているある種の泥臭さみたいなものがスポイルされると考えたのかもしれません。
結果として、他ではあまり聞くことのできない面白いチャイコフスキーに仕上がっているのですが、決してそれが「爆裂」ではなく、オーケストラは完璧にシェルヘンのもとでコントロールされています。
なるほど、ひたすら細部を疎かにするだけではない、もう一つのシェルヘンと出会えたと言うことで、これはこれで面白い録音でした。
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