ヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ ニ長調, Op.1-13
(Vn)ヨゼフ・スーク:(cembalo)スザナ・ルージィチコヴァ 1965年3月8日~9日録音
Handel:Violin Sonata in D major, Op.1-13 [1.Affettuoso]
Handel:Violin Sonata in D major, Op.1-13 [2.Allegro]
Handel:Violin Sonata in D major, Op.1-13 [3.Larghetto]
Handel:Violin Sonata in D major, Op.1-13 [4.Allegro]
ヴァイオリンという楽器がもっている歌謡性を極限までひきだしている

ヘンデルのヴァイオリン・ソナタは「作品1」とされているのですが、少々ややこしい事情をかかえていて、私も最初はいささか戸惑いました。
まず、そのややこしさの最大の原因はこの「作品1」は「トラヴェルソ,オーボエまたはヴァァイオリンと通奏低音のソナタ」と名づけられているにも関わらず、ヘンデル自身は作品に特定の楽器を指定していないことから来ています。ですから、かつてはどの楽器でもいいと思われていた時期もあったようですが、現在では作品によってはっきりとした楽器を念頭に置いて作曲されたものであることが分かっています。
ちなみに、ヴァイオリンを念頭に置いて作曲されているのははNo.3,No.10,No.11,No.12,No.13,No.14.No.15の6曲です。それ以外はトラヴェルソ用が7曲(No.1,No2.,No4.,No.5,No.7,No.9,No.11)と、オーボエ用が2曲(No.6,No.8)と言うことになります。
ですからヘンデルの作品1のヴァイオリン・ソナタは6曲と言うことになるのですが、出版された時期によってそのあたりも微妙に異なったりしてさらにややこしくなるので、それはふれないことにします。
ちなみに、ヘンデルとバッハのヴァイオリン・ソナタはこの種の作品としてはバロック時代の最後を代表する作品と言えるのですが、それは同時にこの二人の資質の違いをはっきりと私たちに教えてくれるものになっています。
まず、ヘンデルのヴァイオリン・ソナタは全てが「緩-急ー緩ー急」という教会ソナタの形式をとっています。さらに、各楽章の構成は極めてシンプルで規模も小さいものです。
それに対して、バッハのソナタはチェンバロの音符がきちんと書き込まれたスタイルのもので、さらにはチェンバロの右手と左手のそれぞれに声部を与え、そこへヴァイオリンの声部も加えて3声、もしくは時にはにヴァイオリンがに複数の声部を担当させて全体としては4声や5声になることもありますした。
それはヘンデルのシンプルさとは全く異なる世界です。そして、それ故にヘンデルはバッハよりも格下に見られてしまうのですが、それは大きな間違いです。
何故ならば、ここにはバッハにはなかったヘンデルの美質が発揮されているからです。その美質とは歌う力です。
その事によって、ヘンデルはこの一連のソナタにおいて、ヴァイオリンという楽器がもっている歌謡性を極限までひきだしています。
構築するバッハに対して歌うヘンデルの姿がはっきりと刻み込まれています。
そして、歌謡性は決して構築性にひけをとるものではないのです。
確かに、バッハのように4声、5声にもなるポリフォニックな音楽を演奏する困難は大きなものがあります。しかし、同じようにヘンデルの歌謡性をヘンデルが望んだように引き出すのもまた大変な困難が伴うのです。
聞けば分かるように、ヘンデルの歌にはどこか侵しがたい気品が備わっています。ただひたすら歌うだけでそう言う威厳が伴わなければ、それはヘンデルではないのです。
それでも、どうしてもバッハに対しては分の悪いヘンデルです。
同じ事を何度も繰り返しますが、もっと聞かれてもいいのにと思ってしまいます。
作品にとっての理想型とも言える演奏
中古レコード屋さんの300円均一コーナーでヘンデルのヴァイオリン・ソナタが4曲カップリングされているレコードを見つけ、手にとって演奏家を確認してみるとヨゼフ・スークでした。
スークの美音とヘンデルのソナタはいかにも相性が良さそうなので躊躇わずゲットしてきたのがこの一枚です。
入念にクリーニングをして針を落としてみると、盤面の状態も上々、さらに録音も優れていて演奏は申し分なく素晴らしいものだったのでまさに二重丸でした。
そこで、これがすでにパブリック・ドメインだったらいいなと思って調べてみると、どうやら75年に録音されたみたいなのです。まあ、そこまでうまい話はないだろうと思ったものの、こういう素晴らしい録音が紹介できないのはいささか残念ではありました。
しかし、法は法です。著作権を無視するわけにはいきません。
ところが、最近何が切っ掛けだったのかは忘れたのですが、ERATOのレコードをあれこれ調べる機会があり、その時に75年の録音と全く同じ顔ぶれで4曲だけ抜粋して1965年に録音されたレコードがあることが分かりました。
ありゃりゃ・・・と思って、件のレコードを取り出してきてしげしげと眺めてみると、それは75年録音のものではなくて65年に録音され67年にリリースされたレコードであることが分かりました。
なんと、まさにぎりぎりでセーフ、パブリック・ドメインの音源だったのです。
いやぁ、時にはこういう事があるんですね。
そして、この素晴らしい演奏と録音を広く紹介できるというのは実に嬉しいことです。
このスークの美しいヴァイオリンの響きと威厳を失わない歌い回しは、この作品にとっての理想型とも言える演奏であることは間違いありません。いや、自信を持ってそう言いきってしまいましょう。
また、チェンバロのスザナ・ルージィチコヴも、時にはパワフルさを求めるヘンデルの要求に十分に応えています。
実に素晴らしい一枚です。
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